落丁2 あの日の記憶

――――ああ、これは夢だ。


分かる。

かつて経験した、あの日の記憶だ。


黒い空、大地を埋め尽くす悪魔の大群。

月は赤く染まり、あらゆる場所から戦いの怒号が響く。


私は、走っていた。

右手には、りのある鋼の長剣・・・刀だ。


異世界の鍛造技術を使ってドワーフたちが鍛え、聖女の魔法を流し込んだ、

振れば海を割り、薙げば山を切り裂く、万物必滅ばんぶつひつめつの神なるつるぎだ。


大地を埋め尽くす悪魔たちの真ん中を私たちは無理やり突き進む。

眼前では『龍将』が大剣を振るって数十体の悪魔を一撃で吹き飛ばし、

『翆玉』の魔法によって悪魔があるいは火焔かえんに包まれて炭になり、

あるいは氷雪に巻かれて氷像と化し、あるいは雷撃に打たれて塵と消える。


右手では、私よりもずっと背の低い赤髪に褐色肌の獣人の少女。

いや、拳士けんしが拳に闘気を込めて放ち、寄ってきた悪魔を吹き飛ばし、

鋭すぎる蹴りが悪魔を切断する。

左手では、2m近い白いローブを身に纏った大柄の人間の男。

私の胴ほどもあるかと思う太い腕を振りかぶり、魔力を込めて悪魔を殴り、

もう一方の手に魔法の光弾こうだんを溜めて一気に撃ち放ち、

弓が届く範囲の敵をまとめて消し飛ばす。


後方では、その数10万をゆうに超える仲間たちが悪魔と激戦を繰り広げている。


すっ、と隣に私と同じ年ごろの少女が並んだ。

長い黒髪に茶色が混じった黒の瞳。

普段は優しいその目は、今は私たち全員の、世界の敵を見据えて凛としている。

彼女はこの世界において特別な存在だ。

彼女がこちらを見て何かを伝える。

私はそれに頷いて更に速度を上げて走る。

周囲の仲間たちは、自分たちに構うなと声を上げ、道を切り開く。


悪魔の大群を抜けて、赤い月を背負ったに向かって走る。


奴は全てを破壊した。

今度はこちらの番だ。

刀を握る右手に強く力が入り、強い殺意の宿した目でそれを見る。


隣を走る少女が私の肩を軽くたたいた。

その瞬間、肩に入った余分な力が、すっ、と抜けた気がした。

二人してほんの軽く微笑み合い、を見据える。


――――万象ばんしょうの悪魔を――――

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