第四ルポ 水晶の都 その1 合成獣

『時の皇帝、ベルクト帝は神話の代から伝承が残る水晶の都を探さんと欲し、

 300名の精兵せいへいに命じ、都があると伝承に残る大森林を探索せしむる。

 精兵これを受け、川を渡り山を越え遂には大森林へと達したが、

 未知の病が壮士そうしを侵し、魔獣の勢いはなは苛烈かれつなり。

 帝の元に戻りしはただ一人、しかしその者も水晶の都には終ぞ達せず、

 命からがら帝都へと帰還せり。

 数日ののちに最後の精兵も死に、帝、自らの好奇のままに命を発した事、

 大いに悔やみ、これを教訓と残すため、帝国史にありのままを記すを命じた。

                        ―帝国史 第6章 第5節―』


ベルクト帝は若かりし頃は自由奔放、帝位についてからは世界各地の珍しい動物、

植物、財宝に、果ては獣人や龍の眷属けんぞくに至るまでを収集した珍しい物好きだった。

だが、自身の好奇心が多くの者を死なせたという事を酷く悔やんで、

それ以降は善政を敷いた皇帝である。


水晶の都。

それは実在するかどうかが分かっていない幻の都。

帝国史に書かれた内容は不明確な部分も多い。

この水晶の都も不明確な存在であり、ベルクト帝が子孫の代に教訓とさせるため、

意図的に記載させた創作である可能性もある。

事実、ベルクト帝の治世から長い時が経った現在に至るまで都は発見されていない。


人々はこの水晶の都は存在しないおとぎ話だと言う。

だが、私はそうは思わない。

水晶の都は絶対に世界のどこかに存在する。

なぜか?

その方がロマンがあるからである。


帝国には四方に大森林と呼ばれる森が存在している。

帝都を中心にして、北にペロネーの森。

北東から南東にかけてエルブンの森。

西部にメレイの森。

そして南西部にダグゼンの森。

それぞれ大森林と呼ばれるに値する巨大な森だ。


そこで私は考察した。


西のメレイの森は隣国との境界にあり開発も進んでいる。

昔から西方のカレザント国との交易路であり、森の東、帝国側には山が無い。

この森は候補から除外できる。


北のペロネーの森は帝都との間に山があり、川も流れている。

しかし、川はそれほど大きくなく、山も迂回出来る。

可能性を完全に消すことは出来ないが、他と比べると可能性は低いだろう。


東のエルブンの森。ここは条件に合致する。

東方の大河川ナベル川があり、森との境にはルガルテ山脈が立ちはだかっている。

だが、森の名にある通り、エルブンの住処だ。

エルブンは森の人、長耳で魔法が得意な種族。

彼らは森の中の事をよく知っている。

かつての帝国東方征伐によって森の中央を貫く東方交易路が作られ、

時代がくだるごとにエルブンとの融和が進み、現在は良好な関係だ。

過去はともかく、現代においては積極的な交流が行われている。

それでいて水晶の都の事を一言も話さない、とう事は考えにくいだろう。

より原初的なエルブンであるアルーヴの領域なら、その限りではないかもしれない。

ただ、その場合は帝国史にエルブンの事が書かれるはずだ。


そして、南西部のダグゼンの森。ここも条件に合致する。

南西部には急流イゼリア川があり、ジュゼ山脈が峰を連ねている。

ジュゼ山脈はダグゼンの森をぐるりと囲っている。

山脈に囲われた地域で魔獣も多く、完全に未開の地域と言えるだろう。

しかしながら、かつてジュゼ山脈を攻略した冒険貴族アントレジャ男爵はその著書に

『山から見ゆる大森林』とは書き入れているものの、そこから水晶の都を見た、

とは書いていない。


このそれぞれの森の内容から、一番可能性が高いのは、

南西部のダグゼンの森だと結論付けた。

生い茂る森が都を覆いつくしていたなら、山から都を発見する事は出来ないだろう。

人が入っていない森なら、未知の遺跡があったとしてもおかしくはない。

あくまで可能性でしかないが、その可能性にかけてみようと思ったのだ。


私は現在、うっそうと茂る森の中を木々を避けながら進んでいる。

ジュゼ山脈の麓にある帝国領南西部の村に一泊したのちに山を越え、

森の中へと分けった。

道などと言うものはなく、完全に森の中だ。

少々蒸し暑く、歩き続ける事で汗がほほを伝う。

時折ときおり、背の高い木に登って周囲を見渡す。

今の所、はるか遠くに見えるジュゼ山脈の影と一面の緑しか発見できていない。


コンパスを取り出して大体の方角を確認して、南西へ進んでいく。

森の中のどこに都があるかは分からないが、山の頂から見渡すことが出来ない範囲、

大森林の南西部に存在する可能性が一番高いだろう、と考えている。

何故なら、水晶の都には大鐘楼だいしょうろうがある、と、

神話の中では描かれているからだ。

森の中に埋もれたとしても、大鐘楼が無事なら森から突き出ているそれが見える。

冒険貴族の異名を持つ男爵が、それを見つけて探しに行かないわけが無い。

だからこそ、南西を目指すのだ。


もし、大鐘楼が崩落していた場合は、この仮定が崩壊するが、それはその時だ。


ガサガサと藪を抜けていると、ふと鼻孔に何かの臭いが漂ってきた。

焦げ臭い・・・?

そのまま進んでいくと、木々がぎ倒されている場所に出た。

木々は破壊痕に対して左方向に薙がれた形で真っすぐ、一直線に倒れており、

所々ぶすぶすとくすぶり、焦げ臭さが漂っている。

その痕跡をたどっていくと、歩みを進めていくにしたがって焦げが酷くなっていく。

その終点には、元が何だったか分からないほどに焼け焦げた何かが転がっていた。

私と比べると5倍ほどの大きさだろうか、真っ黒になっているからよく分からない。

周囲の木々は四方八方に向かって倒れている。


この大きさの存在を倒せるとは、炎を使えるなら翼竜のたぐいだろうか。

だが、地面はえぐれておらず、上方からの攻撃では無いようだ。

これほど大きな生物をこんな状態にしたのは、いったい何者だろうか。

そう考えて痕跡を調べていたところ―――


グオオォォォッ!


後ろから猛獣の咆哮が響く。振り向くとは居た。


獅子の頭に山羊やぎの胴体、蛇の尾に頭部のたてがみから2本の山羊の角が覗く。

大地を掴む前足は獅子。大地を蹴る後ろ脚は山羊。

後ろの焼け焦げた何かと同等程度の巨大な体躯。

合成獣キマイラだ。


合成獣キマイラの口の端から、ごおっ、と炎が漏れる。

これはマズイ・・・!

すぐに走り出し、黒焦げの何かの脇を抜けて背後の森に入る。

木々を軽やかな足取りでかわしながら走る。


ドォンッ!


背後で大きな音が響く。

木々を薙ぎ、焦がし、風を纏い、私目掛けて飛んでくる。

火炎弾だ。

そこいらの魔獣が放つ火炎弾とは全く比べ物にならない、

木々をも飲み込むほど大きいそれは、真っすぐに私に向かってくる。


木々を飲み込みながらも、火炎弾は速度を落とさずに追ってくる―――!

走る速度を上げようにも木々が邪魔で思うように走れない。

段々と熱気が背後から迫ってくる。

横に飛び退くか・・・?

いや、ダメだ。さっきの破壊痕はかいこんを見る限り、

周囲を巻き込んで破壊している。

少しばかり横に飛び退いても、火炎弾が纏う風の威力に負けて炎に引き寄せられる。

だが、地面は抉れていなかった、穴のような場所ならば・・・。


「!」


視線を前に向けると、少しばかり距離はあるが窪んでいる地形になっているようだ。

あそこなら火炎弾をやり過ごせるだろう。

その窪み目掛けて全力で駆ける。


火炎弾が至近しきんまで迫ってくる―――!

間に合え―――!


ドガァァァンッ!


火炎弾が炸裂する。

周囲の木々をなぎ倒し、瞬時に炭化させて粉々に粉砕する。

猛烈な爆風が広がり、着弾地点だけではなく周囲にも破壊が広がる。


その光景を私は窪地くぼちの中から見ていた。

なんとか間に合った。

ほっ、と胸を撫で下ろす。

次の瞬間、すっ、と何かの影に入った。


おや、なんだろう。

そう思い、上を見上げる。


グルルルル・・・


低く唸りを上げる巨大な獅子の顔が目の前に有った。


「うおっ!」


思わず驚き声が上がる。

獅子は口を開き、私をかみ砕かんと頭を振り下ろす。


「!!!」


咄嗟に飛び退き、受け身を取りつつ転がって合成獣キマイラから距離を取る。

目の前の獅子の眼はギラリと鋭い光を見せて、私を狙っている。

こうなってはやり過ごすのは無理だ。

左腰の短剣を抜く。

剣を持った右手を後ろにして体を斜めにし、左手を体の前に構えて戦闘態勢を取る。

次の瞬間、合成獣キマイラが飛び掛かってきた。


ガオォォッ!!


大きな咆哮と共に全身で勢いをつけ、大地を蹴る。

巨体が信じられないほどの速さで突っ込んでくる。

右前足が大きく振りかぶられる。


来る!


その一撃を喰らえば、剣で受けたとしても体がバラバラにされるだろう。

受けるのはダメだ。

前足の一撃が来るよりも早く、体勢を低くし、

振り下ろされる前足を潜り抜けるようにして合成獣キマイラの右側面へと回り込む。

短剣を持つ右手を引き絞り、キマイラの首目掛けて渾身の片手突きを打ち込む。


ズドッ!


肉を貫く感触が右手に伝わる。

かなり深くまで刺し込み、全体重をかけてそのまま下方向へ切り抜く!

ズバッ、と剣が合成獣キマイラの体を切り裂き、鮮血が噴き出る。

血を被らないように大きく距離を取り、様子を見る。


グオオオ!


咆哮を上げて、合成獣キマイラはよろめいた。

が、倒れない。

普通の生物ならまず間違いなく絶命する一撃だ。

合成獣キマイラの生命力は、そんな常識を易々と超えてきた。


オオオオッッッ!


今まで、獲物を狩るだけの姿勢だった合成獣キマイラの雰囲気が変わった。

目の前の存在を『自身を殺す可能性がある敵』と認識し、

危機を感じた事による生存本能からの全力発揮だ。

体中の毛が逆立ち、今まで黄土色おうどいろだった体毛が色を変えていく。

たてがみ赤褐色せきかっしょくに、他の体毛は黒に、尾の蛇は紫に。

誇り高いとも言える姿だった合成獣キマイラは、何とも禍々まがまがしい姿へと変貌へんぼうする。


グルルルル・・・


唸り声は先ほどと似ている、が、その姿勢は全く違う。

先ほどは四足で立っていただけだった。

今は前足を折り、頭を下げて前傾姿勢を取り、

尾の蛇が威嚇いかくの声を上げてこちらを牽制けんせいしている。

私は再び戦闘態勢を取り直し、合成獣キマイラに向きなおす。


シャァァッ!


尾の蛇の体が想像以上に伸び、私に噛みつきにかかる。

その鋭い牙を右手に持った短剣で受け止める。

蛇はがっちりと短剣に噛みついて離れない。


グオオォォォッ!


尾に動きを止められた私の腹部に目掛けて、今度は獅子の牙が迫る。

このまま食いつかれれば一瞬で体は真っ二つだ。


「ふっ!」


その場で飛び上がり、噛みつきに来た獅子の顔に左手をつき、前方へ飛ぶ。

着地点は合成獣キマイラの背中。

空中にあるうちに短剣を左手に持ち替える。

すとっ、と背に乗り、右手で腰に装備した手斧を掴む。


ズドッ・・・


ぎちっと詰まった肉をつ感触が右手に伝わる。

左手に感じていた圧力が無くなる。

びっ、と短剣を払い、噛みついた状態で脱力した尾の蛇を振り払う。


ギャオオォォッ!


尾を切られた痛みに合成獣キマイラが鳴く。

背に乗った私を振り払おうと暴れ始めた。

弾き飛ばされる前に自分から背を蹴って飛び退き、着地して右手の手斧を腰に戻す。


グオオォォォ!


合成獣キマイラの咆哮が響くと同時に口元から火炎が噴き出る。

先程の火炎弾よりもおそらくは高温、灼熱の弾丸だ。

この距離では避ける事も出来ない。


「すぅっ―――」


一息軽く吸って右手に持ち替えた短剣に魔力を巡らせる。

心臓から肩、肩から腕、腕から手、手から剣へと。

魔力を通わせた剣に火炎の魔法をまとわせる。


ガオッッ!!!!


ドンッ、という音を立てて、合成獣キマイラ口腔こうくうから超高温の火炎弾が放たれる。

私の剣が纏った炎の色は青白く、目の前に迫る火炎弾とは全く違う。

魔法を纏わせた剣を構え、火炎弾を斬りにかかる。


ズッ・・・


斬った音はしない。感覚だけが切断した事を理解させる。

剣を振りぬいた勢いそのままに合成獣キマイラに向かって走る。

相手は完全に体勢が崩れており、咄嗟には動けない。

縦に一刀両断された火炎弾は後方の森林に着弾して爆発し、木々が吹き飛ぶ。

飛び上がりその爆風に乗る。

空中で右手の剣を逆手に持ち替え、左手をその柄頭つかがしらに添える。


「はあっ!」


青白い火炎を纏った剣を渾身の力を込めて合成獣キマイラの眉間に突き刺す。

骨を砕く一瞬の硬い感触とずるりと柔らかい部分に入る感触が手に伝う。

根元まで刃を差し込み、剣が纏った炎を放出させる。

青白い炎が合成獣キマイラ脳髄のうずいを一瞬で炭化させる。

両目・鼻・口といった開口部から炎が漏れ出る。


ズズゥゥン・・・


合成獣キマイラは断末魔すら上げることなく、

その場に倒れ二度と動かなくなった。

それを確認して短剣をさやにしまう。


「ふう・・・。」


とりあえず問題なく倒すことは出来た、だが少々疲れた。

幸い、アレが暴れてくれたおかげで周りの樹木は倒れて弾かれ、

平地になった部分もある。

今日はこのままここで野営をすることにしよう。

これまた幸いにして、目の前に巨大な食料もある。



野営をする場所を囲むように周囲6ヶ所に頭に魔石のついた杭を打つ。

おおよそ手のひらと同じ位の長さで、親指位の太さの荷物にならないものだ。

だが、この杭はとても優れものだ。

これが囲む場所は、大抵の魔獣は踏み込むことが出来ず、

その内部の音も存在も認識することが出来ない。

魔獣が存在する地域で野営する場合には、ほぼ必須と言ってもいい道具だ。

―――魔獣のド真ん中で野営する私のような人間が他にいるならば、だが。


周囲の木々の中で炭化せずに火炎で乾燥した木を選んで、手斧で小さく割る。

薪を作り、火を付け、調理道具を準備する。

と言っても、小さめの鉄の取っ手が付いた浅鍋スキレットだけしかない。

合成獣キマイラから切り取った各部位の肉に軽く塩を振り、焼いていく。

じゅわぁ、っと良い焼き音が鳴り、肉に火が通っていく。

良い頃合いになった肉から口に運ぶ。


「んん~・・・・、お腹の肉はちょっと渋いなぁ・・・。」


おそらくは魔力の元である臓器から影響を受けて変質しているのだろう。

これはどうにもならない、捨てよう。


「お、もも肉は食べられそう。」


前足の肉も齧ってみたが、こっちは臭みが強くてダメだった。

だが後ろ脚は十分食べられる。

・・・と言っても、独特の臭みはあるのだが。


「おおお?ここが一番美味しいのは予想外過ぎる。」


尾の蛇の肉は少し硬めだが上質な鶏肉のような味で中々美味しい。

さばく時に毒腺どくせんに注意する必要はあったが、

これなら今日は腹を満たして寝られそうだ。


ひとしきり食べて、人心地ひとごこちついた。

皮の水筒から水を少しだけ飲んで、木を割って作った簡易なベッドに腰掛ける。

星が満ちる夜空を見上げつつ、明日の事を考える。


―――明日はもうちょっと平和な方がいいなぁ。


そんなことを思いながら、今日の出来事を魔法の本へと記す。

このルポは誰かの興味をく内容になっているだろうか。

なっていたとしても、この場所には近づかないでほしいものだ。

ひとしきり書き込んで、ぱたん、と本を閉じる。


そろそろ寝ることにしよう。

まぶたをゆっくりと閉じて、私は眠りの中へと落ちていった。

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