むさしのもち

サカモト

むさしのもち

 はじめてのデートには、ほどよい場所なんだとおしえてもらった。

 そこにはいろんなものがあるし、相手とそれを一緒に見て、あれこれと会話もできる。そうしているうちに、しだいに相手がなにが好きなのかも察知できて、ごはんも食べる場所もあるので、ふなれな町で、ごはん屋を探す必要もない。

 ああ、そうそう、神社だってあるぜ、といわれた。

 神社もあるのかい、といってしまった。

 それに行き詰まったら、おみくじをひくがいい。ともいわれた。

 そして当日になる。彼女とは駅で待ち合わせて、目的地までは歩いて向かった。

 晴れていて、涼しかった。彼女の私服を見るのは初めてで、隣を歩いているじぶんが、彼女にはひどく不釣り合いな気がして、たちまち落ち着かなくなった。なにしろ、いま着ている服のはんぶんは、まえに母親が勝手に買って来たものだった。

 彼女の方は、きっと、じぶんで服も店で選んでいる、ちょっと姫さまっぽかった。花柄のポシェットを肩にかけている。

 ポシェット、我が家にはない文化だった、ポシェットを、かける。

 なんだかもうしわけなくなってきた。彼女の服には魂がある。こっちにはない。がっこうなら、みんな制服だし、自前のセンスを露呈してないで済んでいた。でも、学校の外では制服の御加護を受けられない。

 制服を着ていないじぶんは、無防備なじぶんでしかなかった。そのため、がっこうのときのように、いきがれる余裕がない。

 そんなわけで、目的地まで動揺しながら歩く。なので会話もうまくできるはずもない。涼しいのに、汗をかいていた。

 たのしくないと思われたら、どうしよう。というか、たのしい、ってなんだっけ。どうすればいいんだっけ。

 急いで考える。あたりまえだけど、答えなんて出てきやしない。

 もし、この状態で一日過ごしたら、夕方までいろいろもたない。つよく不安になっているときだった。

 道のまんなかに、モチ。

 モチが落ちていた。

 でも、よく見るとモチじゃない。白い猫だった。丸まっている、むっちりしている猫だった。

 マンホールの上に白い猫がいる。そのマンホールには、ガンダムの絵が描いてあった。

 無意識のうちに「ねこだね」と、いった。

 すると、彼女は「ねこだね」と、いった。

 自然と立ち止まる。にんげんふたりが近づいても、モチ猫はちらりと見てきただけで、まったくにげない。

「ふてぶてしいね」

 彼女がいった。

「そういう品種のねこかな」と、返す。

「そういう品種って」

「こんな世界だ、もしかすると、ふてぶてしい性格の猫の品種があるのかもしれないし」

「ああ、なるほど」

 彼女は納得してくれた。こういう返しに、納得してくれるひとなので、ずっと気になっていた人でもある。なので妙に安心した。

「マンホールのうえにいるけど」と、彼女がいった。「なんで、マンホールのうえにいるのかね、あ、そっか、冷たくて気持ちいいのかな、マンホールのうえ」

「でも、ガンダムは熱い作品だよ」

「それは認めよう」

 彼女がうなずく。そのうなずきの、なんと、心強いうなずきであることか。

 それから、ふたりして笑ってしまった。なんだこのやりとりは、と、同時に気づいたらしい。

 モチ猫は道を人類にあげる気はなさそうだった。そこで、ふたりしてねこへ一礼して、マンホールをかわして、目的地へ向かうことにした。遠のいてから振り返ると、まだマンホールの上にいる。やはり、モチが道に落ちているように見える。

 それから、ねこがきっかけで、会話もうそみたいにはずむようになった。

 目的地へ到着して、ひとりしきり見て回る。そして、お互いの好きなものの情報を交換しあった。ただ、ふとした瞬間、あのモチ猫の話にもなった。あいつは、あの猫のふてぶてしさったら、なんだろう、きっと、あそこあたりのボス猫に違いない、とか。親の顔が見てみたい、まあ、猫の顔だろうけど、とか。

 戯れるに戯れた。

 そして、時間はあっという間に過ぎて、そろそろ帰ろうとして、最後に思い出したように、おみくじを引いた。吉と吉だった。

 家に帰るため、駅へ向かう。やがて、あのマンホールまでやってきた。

 モチはまだ落ちていた。近づくと、モチ猫があのガンダムの絵の横に寝転んでいる。

「まだいるよ」と、彼女がいう。

「もしかして、ふたりにしか見えない猫なのか」と、問いかけた。

「猫は家の一番いい場所にいるらしい」

 彼女がその情報を投げてきた。「ここは家じゃないよ」と、返す。

「ねえ、今度来たときも、まだこの猫、ここにいたりして」

 可能性を口にして、彼女が笑っていった。

「知りたいから、一緒にまた来よう」

 未来の提案をすると、彼女は「そうだね」と、答えてくれた。

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