最終話 - 新しい契約

「マコト、さん」

「ただいま」

もしもを考えると怖かったが、ユイは待っていてくれた。


「寝れなかった?」

ユイは頷く。

「ユイ。もう少し、起きていられる?」

「うん、大丈夫」


「突然で驚くと思うけど、君の母親と話してきた内容を聞いてほしい」

状況が分からず怯えているユイの手を握る。


伊藤は、録音した会話を再生した。

長いやり取りが終わり、洋子が非を認める言葉が流れた。



伊藤は携帯を止めて、静かに言った。

「お姉さんが亡くなったのは君のせいではなかった。

君が不幸を呼んだわけではなかった。

急には切り替えられないと思うけど…ずっと、辛かったね」


ユイは何も言わない。


しばらくして彼女は口を開いた。

「私を、自殺させるって、何だったの。私は、騙されていたの」

「彼女は自分に向けるべき言葉を、全部君に押し付けていた。騙していたというよりも、虐待そのものだったと思う」


「…母さんは、何でこんな、ひどいこと、できるの」

「自分のせいで娘を死なせてしまったことを、どうしても受け入れられなかったのだと思う。彼女は優秀で、自信に満ちている主役のような人だから」


突然、ユイは泣きながら叫んだ。

「私は、どうでもいい存在だった。死んでもいいって。ずっと辛かったのに。ひどい、ひどい、ひどい。あの苦しみは何だったの。ずっと一人で。死にそうになって。ああっ。信じられない。私は、騙されて。馬鹿だった、本当に馬鹿だった。言われるがままに信じて。姉さんが死んだのも、母さんのせいだったなんて。どんな顔して、私を責めて。何で、何で、そんなことが出来るの」


そして、彼女は感情の昂ぶるまま泣き続けた。

伊藤は何も言わず、彼女を抱きしめ続けた。



「伊藤さん」

「うん」

「ごめんね」

「どうして?」

「大変だった、よね。…何で笑ったの?」

「ユイと連絡が取れなくなった時の方が大変だったな、って思い出して」

「…その節は、失礼しました」


「いいんだよ。ユイのせいではないし、今、一緒に居られるから」

「うん」

ユイの髪を撫でる。


「あと、ありがとう。あの人と、闘ってくれて」

「大丈夫。それと、録音もあるからもう手出しはしてこないと思うよ」

「…でも、まだ怖い」

「そうだね。もし将来、どう頑張っても絶望的な状況になったら一緒に死ぬことは出来るから」

「それは、契約?」

「うん、新しい契約」



元の家に戻り、二人はゆっくりと新しい生活を始めていった。

ユイの言葉も、少しずつ戻ってきた。

母親からの干渉は今のところ無い。


伊藤が契約結婚サイトを開くことは今後無いだろう。

あの雑多な思惑が集まるサイトを懐かしく思うこともある。

しかし最高の契約相手がいる伊藤は、別の契約で心を埋める必要がない。



「ユイ、今度コウが家に遊びに来たいって。どうする?」

「うん、大丈夫。あの人は話しやすい」

「無理しなくていいんだよ」

「ううん、あと、あなたが大切にしている人だから、私もちゃんとしたい」

「そっか」



好いた女一人、友が一人。

それだけのことが、何と得難いことか。


部屋を流れる風に温かみを感じる。

いつの間にか、冬が終わろうとしていた。


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契約結婚心中 青山 葵 @luciole

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