第12話 - 彼女の呪いを解くためにできること
伊藤は家を出ると原の名刺を出し、電話をかけた。
運良く原が居たので、取り次いでもらった。
「一週間ほど前、相沢唯と居た伊藤誠です…はい、彼女が自殺をしようとしていまして…いえ、今は落ち着いています…はい…それで突然なのですが、彼女の家に強盗が入った事件について教えていただけますか…ええ、自殺を止めるためです…はい、ありがとうございます。今から向かいます」
すぐに渋谷警察署へ向かう。
彼女の話には不自然な点が多かった。
仮設が正しければ、彼女の呪いを解けるかもしれない。
原は話せる範囲での情報を伝えてくれた。
加害者、事件の背景、ユイの姉の写真。
仮設を裏付ける材料はほぼ揃った。
しかしユイの説得は、伊藤の言葉では足りない。
母親にしか出来ない。
あの母親を、どうにかして。
正攻法では無理だろう。
携帯の充電を確認した。
頭の中で何度か会話を組み立てた後、原に教えてもらった相沢洋子の電話番号にかけた。
30分後、彼女の自宅で会うこととなった。
「夜分にすみません」
「伊藤さん、またお会いすることは無いと思っていましたよ」
「そうですね。今回で終わりにしたいと思います」
「はい、では本題に入りましょう。ユイは返していただけるのでしょうか」
「娘はモノではないと言っていたと思いますが」
「ええ、でも保護者としての務めですから」
「それは後ほど話すとして、今回伺った目的は娘さんに謝っていただく事です」
「謝る?何について?」
「彼女を自殺に追い込もうとしていることについて、です」
洋子は表情を固くする。
「…随分と話が飛躍しますわね」
「否定されないのですね」
「突拍子が無さすぎて驚いただけですよ」
「あなたほど優秀な方は驚くことなどないでしょう」
「皮肉は止めてください…なぜそのような考えになるのですか」
「ユイのお姉さん、香織さんが亡くなった後、ユイにあなたは生きている価値がない、ということを何度も言っていたそうですね。またあなたの言葉には意味がないから何も喋るなと言い続け、失語症に近い状態にした」
「…ユイが、話したの」
「ええ、彼女が狭い世界で生き続けて誰とも言葉を交わさなければ、この状況を知るのはあなた方二人だけで外に漏れることはなかったでしょう。でも、彼女は勇気を出した。過去を語り、向き合った。ただ、あなたに歪められた過去ではありましたが」
伊藤は何の感情も含めずに言う。
「香織さんを刺した強盗は、あなたの社員でした。本当の標的はあなただったのですね」
洋子が何も言わないので続ける。
「ユイのお姉さんが殺されたのは、そもそもあなたが原因だった。
犯人が家に入ることができた理由がまず気になりました。犯人は会社であなたの鍵を抜き取り、合鍵を作ったと警察が話してくれました。
犯人は家に入った時点で後戻りできなかったのでしょう。おそらく、標的が居ない事に気づいた彼女は混乱し、あなたに顔立ちが似ているユイに襲いかかった。よほど恨みが深かったのでしょう。ちなみに香織さんの写真を見せてもらいましたが、あなたの面影はありませんでした。
あなたはずっと自分の力で成功してきた。自分の賢さに誇りを持っていた。だから、自分の非を認めることができなかった。違いますか。
香織さんの傷は致命傷だったにも関わらず、救急車を呼べなかったユイを責めた。自分に似たユイを見て、あなたは不幸を招く、と言い続けた。そしてユイが自殺すれば、自分の罪を押し付けられると思った。
残念なことに、それはほとんど成功していました。ユイは、ずっと死にたかったと言っていました。
あなたを責めるつもりはありません。その権利はありませんし、自分も人を非難できるような人間ではありませんから。
ただ、ユイのために謝ってもらえますか。姉さんが死んでしまったのはあなたのせいではない、と。私が間違っていたと。
僕の言葉では駄目なのです。あなたの言葉で彼女の人生を救ってくれませんか」
洋子はため息をついた。力ある目で伊藤を見る。
「話は終わりでしょうか。すべて想像ではありませんか」
「想像であっても、事実でない証明にはなりませんよ。あと、警察の原さんを先に帰らせたことも気になっていました」
「…」
「どこの誰だか知らない男の家に行って、身の不安を覚えない女性はいないと思います。それでもあなたは同席を拒んだ。ユイに対する言動を知られたくなかったから、ですね」
「それも」
「はい、想像です。でも否定を続けるのであれば、ユイと一緒に警察に事情を話します」
洋子は思考を走らせている。伊藤は待った。
「それは私にとって望ましいことではありませんわね。しかし、ユイに謝るくらいでしたらどんな状況も受け入れます」
それほどまでに、ユイを開放したくないのか。香織の死を押し付けるために。
「僕の負けのようですね」
「あら、警察に駆け込まないのですか?」
「一時的にあなたと引き離せても、彼女の幸せには影が残り続けそうですから。最後に教えてくれませんか。僕の仮設は合っていましたか」
「そうですね。あなたには敬意を表して答えると、はい、ほとんど合っていましたよ」
「それが聞けてよかったです。では、もう会うことはないでしょう。ここで失礼します」
玄関に行き、靴を履く。
「ユイは、戻してくれるのですよね」
「いえ、呪いは解けそうですので」
玄関を開けながら、伊藤は録音中の携帯を見せた。
呆然とした洋子を後にして、帰路に着いた。
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