最終話 組んだ手を離さない

 この場にいる全員が理解していた……、そのため、回りくどい理由付けや、世界のためだ、なんて建前や体裁を保つための言葉は不要だった――素直に言えばいい。


 ――と。



「お前はなにを差し出す」


「この世界だ」



 そのセリフは、打倒アフリマンを志している者が聞けば、非難を浴びせる暴挙だっただろう……、だが、ジオは構わなかった。

 文句があるならここ――異国まで出向いて交渉すればいい……、声を上げるだけなら誰でもできる。結果に満足しなければ『お前』がどうにかすればいい……。

 立ち上がらない、手も上げない奴が、自分が満足する結果を得られると思うなよ……っ。


 命を懸けてここまできた。

 辿り着いただけでも奇跡に近い……、辿り着いたからと言って思い通りになるわけでもなく、悪魔に殺される結果だって当然ながらあったわけだ……。

 分かっていながらジオは挑戦をした――手を伸ばした。


 ネムランドを奪われたままではいられなかったから。


「……、世界をどうしようが、俺たちは受け入れる。支配しようが壊そうが、作り変えようが、勝手にすればいい。……ネムがいない世界なんか、俺にとっちゃあどうでもいいからな」


「ジオくん……」


「アンジェリカには埋められねえ穴だ」


 まるで――異国の穴のように。


「だからこの世界を差し出す……その代わり、ネムを返せ――アフリマン!!」


「ああ、分かった」


 力強く足を踏み出したジオが、ずる、と滑ったように上半身が傾いた。


「……は?」


「なんだ? 不満か? ……お前の交渉に、『分かった』と言ったのだが?」


「え、まあ、うん……でも、いいのか? そんなあっさりと……?」


「世界をくれるなら、ネムくらい渡してやるさ」


 ジオにとっては、ネムランドも世界も同じくらい重たいものだったが……、アフリマンにとっては、世界の方が倍以上も重たいものだったらしい……。

 どちらかと言えば「え?」と思ったのはアフリマンの方だっただろう――世界が安過ぎる。


 ネムランドは、世界に自身悪魔の姿を降ろすだけの媒体である。ネムランドでなければいけないわけではなく、一度、冥府が開き、こうして外に脱出できたアフリマンは、既に媒体を必要とせず、『0』から作った体で世界に足を着けることができる……。


 支配者として、作り変えることも、大災害を引き起こすことも可能だ。


 世界さえ手に入ってしまえば、あとはどうだっていい……――もっと言えば、ジオが世界を差し出さなくとも、既に手中にあったわけだが――、ただ、『それじゃあつまらない』と思ったからこそ、交渉の末の契約という形で世界を貰ったのだ。


「悪魔との契約だ――ジオ」


「あたしも」


 手を挙げたのはアンジェリカだった。彼女の暴走を制止しようとしたが、それよりも早くアンジェリカがジオの口を人差し指で塞いだ。


「共犯者になるって、言ったじゃん」


「お前……、意味、分かってんのか? ……世界を売った俺と共犯ってことは、お前も世界最大の反逆者になるってことなんだぞッッ!?!?」


「うん、ジオくんの隣にいられるなら、それでいい――それがいいのかも」


 吊り橋効果? だっけ? と、アンジェリカが首を傾げながら。


 その効果はあるだろう……、ただし、戻ってきたネムランドも同じく共犯者だが。


「……だとすると、なんだか、なにも変わっていないような……?」


「だったらお前が共犯者になることはないだろ……」


「ジオくんとネム社長がどんどん仲良くなっていくのを蚊帳の外で見るのは嫌だから……、せめて内側にいたい……それくらい、いいでしょ?」


 自身に向けられる好意を知っている以上は、アンジェリカの『せめて』という言葉には弱い。

 受け入れないことを自覚している以上、強く当たるべきだが、彼女のこともまた、悲しい顔をさせたくはなかったのだ……。


 甘いな、と思いながらも、冷徹に徹し切れていなかった。

 ……共犯者、という関係性に惹かれたというのもある。


 きっとネムランドはジオを許さないだろう――、そこにアンジェリカが『いる』のと『いない』のとでは、雰囲気ががらりと変わる。


 ……ネムランドとの間を繋いでもらいたい……、そういう企みもあったりはするが――単純な感情もある。アンジェリカとも、離れたくなかっただけだ。


 短期間だが濃い毎日を送ったのだ……、愛着が湧いている。


 ネムランドとは違う、愛がある。


「……勝手にしろよ」


「うん、勝手にそばにいるね」



「――我(私)はお前たちに、『世界に大災害が起こる』ことを教える。起きるというか、我(私)が大災害を起こすのだがな……――これは契約だ」


「……分かった、けど……俺たちに教えてどうするんだ?」


 契約、とは言うが――、アフリマンが得をする、というわけではない気がするが……。


 悪魔は笑みを見せ、「そうでもないぞ」と言った。



「――回避してみろ。

 お前たち、そして人間、土竜族、翼王族がどう力を合わせ、右往左往しながら大災害を食い止めるのか、見てやる――。

 我(私)を退屈させるなよ。三種族で魅せるエンターテインメントだ……、悪魔を楽しませてみろ、これがお前が払った、代償だ」



 世界の支配者は悪魔であり、脅威は大災害――、


 三種族が力を合わせて回避なり、食い止めるなりしながら、アフリマンを倒すか、封印するか……、とにかく、どうにかして世界の平和を取り戻す――。


 それこそが、アフリマンを楽しませるエンターテインメントになってしまっている……、それを知るのはジオ、アンジェリカ――そしてネムランドだ。



 公には言えないだろう……世界を差し出した、なんて――。


 ごめんじゃ済まない独断専行だ。


 だから、三人しか知らない、三人が、墓まで持っていく――。


 切っても切れない共犯の縁が、ここに生まれた。……生まれてしまったのだった。



 


 ―― 完 ――


 BAD/END=HAPPY/END

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地元のアンジェリカ/二人の新米『サンタクロース』 渡貫とゐち @josho

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