世界の秘密

イブキ

第1話 これを愛と呼ぶのなら

嘘吐き...


♢現在


寂れたビルの屋上。


街の端の方にあるこのビルは、昔から廃墟になっていて、子供たちが親に内緒で遊び場として利用していた。


それは僕も例外ではなかった。


夜中にこっそり抜け出して、このビルから見る街の夜景が僕は好きだった。


夜空を見上げると綺麗な月が浮かんでいた。


死ぬにはぴったりだ。


落下防止柵を超え屋上の縁に立つ。


街を見下ろす。


クリスマスイブともあって、街はイルミネーションで光り輝いている。


自分がいなくても何一つ変わらない街並みに思わず涙がこぼれる。


「ほんとにそれでいいの?」


柵の向こうにいる君が聞いてきた。


君にはすべて見透かされていそうで怖かった。


月を見に行こう、と君を誘ったことを今更になって後悔した。


「何が?」


あえてとぼけてみる。


後ろは振り返らない。


君には泣いているところを見られたくないから。


君は僕の質問を無視して話し始めた。


「だって、こんなに月が綺麗な日なのにもったいなくない?」


君は直接的には言わなかった。


それが優しさからなのか、それとも恐怖からなのかは分からなかった。


でもきっと後者なんだろうな、なんて思った。


僕は流れる涙をぬぐい、君の方に振り返る。


「もう決めたことだから」


自分に言い聞かせるように言う。


君は少しの沈黙の後、諦めたように笑った。


「だったら私も一緒に死んであげようか?」


「...」


「どうせ向こうに逝ったら一人ぼっちでしょ」


「...君らしいね」


君は「してあげる」という言い方を好まない。


そういう所にたまらなく優しさを感じる。


「ありがとね」


そう言って、空を仰いだ。


君の泣き顔を見たくなかったから。


君は言った。


「月が綺麗ですね」


♢未来


あの日から4年たった。


1度は完全に封鎖されたこのビルも今では、あの時のようにただの廃れたビルとして存在しているだけだった。


屋上の縁に立って街を見下ろす。


街はイルミネーションで光り輝いていた。


それがここに存在していることを必死に主張しているように見えて、悲しくなった。


そんな街があなたと重なって見えた。


あなたはよく言っていた。


「誰かに必要とされる人間になりたい」と。


私はあなたを必要としていたのに。


あなたはよく言っていた。


「自分が嫌い」と。


あなたのことが好きな私も嫌いなのだろうか。


あなたはあの日言った。


「君らしいね」と。


だったら、その代わりにずっとそばにいて欲しかった。


あなたは最後答えなかった。


それはきっとあなたなりの優しさなんだと思った。


いや、多分呪いなのかもしれない。


あなたのせいで死ねなくなってしまった。


♢過去


神様は嫌いだ。


存在自体を否定するつもりはないが、自分が抗うことのできない存在がいるというのが気に食わない。


そんなひねくれた考えをした自分の話を、君はいつも「あなたらしいね」と言って、話を聞いてくれた。


それがなんとなくうれしかった。


だから僕は「自分」らしく生きようと神様に誓った。


そして、その代わりに願った。


もし、これが愛と呼ぶのなら、


愛と呼んでいいのなら、


ずっと君のそばにいさせてください。


♢現在


目を閉じて、街を背に飛び降りる。


今日、僕はこの世界から飛び降りた。


最後の反抗だ。


この世界に僕を作りやがったあいつへの。


そして、この世界に僕を作ってくれたあいつへの。


一瞬夜空が目に映った。


僕は後悔した。


君に言えなかったことを。


「僕には月が見えなかったよ」と。



















































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世界の秘密 イブキ @ibuki2003

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