第9話:地下

「明日、ライブ行かない!?」

まるでついさっきまで走っていたかのような高いテンションで里香は話しかけてくる。

「ちょっと里香、落ち着いて。」


そう言うと自分が興奮していることを客観視したのか電話越しに深く深呼吸する声が聞こえる。その深呼吸が次第に落ち着いて小さくなっていくのに対し、私は焦りにより呼吸が少し乱れかけるのをゆっくりと抑えていた。


「あの、私明日お母さんとライブ行く予定だったじゃん。」

「うん、そういえばそんなこと言ってたね。」

正直里香のライブ相手が母親だったというのは完全に初耳であった。



「実はお母さんが昨日急に体調崩しちゃって、それでライブのチケット一枚余っちゃったんだよね。」



確かに里香は母親とは非常に仲がいいらしい。里香とお母さんは服の趣味も合うらしく、二人で一緒に服を買いに行ったりもするらしい。昔「お母さんが私と趣味が似てて、実質友達みたいなもんなんだよねー」などと言っていた覚えがある。正直、うらやましい限りだ。



「それで千春も海斗推しでしょ?だからせっかく行くなら同担の千春がいいなって思って~。」

実際のところ私は海斗推しでも何でもない。里香の勧めでこのグループの曲を

聞くようになったが、その実海斗推しと言っているのも里香と同じことを言っておけば、特に詳しいことを知らなくても里香から発せられる情報で適当に意見を合わせられるから、他の人を推してしまえば自分なりの意見を持たなければならない。そう考えた末の海斗推しであったが……正直今回に関しては裏目に出たとしか言いようがない。」ここは何と答えたものか…。私の中でバツ也との約束なんかよりも里香との今後が大事にしろと私の中で囁く天使と自分のやりたい方向に進むべきだと語る悪魔がせめぎあう。いや、天使が里香側につくというのもなんとも私らしい話な気がする。いやいや今はそんなことを考えている場合じゃない、でもなぁ、でもなぁ…と考えていると少しイライラしたような語調で里香が話しかけてくる。



「で、集合駅前でいい?多分ライブ会場の近くだと混むしさ」


まるで私が来ることが確定しているかのような里香の言い草に、いつもはなんとなく流していたそのトーンに少しだけ、反発してやりたいという気持ちがむくりと湧いてくる。私の後ろに立っている私が、無言で、しかし呆れのような諦めのような眼で私を見ているような気がした、「何だ、所詮その程度の覚悟か」。私が、バツ也の声でそう言った。

普通に考えて里香を取るかバツ也を取るかなんて決まりきってる。クラスの中心の里香とセミのバツ也。私の今後の生活に関わってくるのがどっちか何て分かり切ってる。


「普通に考えて?だからお前は甘いんだよ」


私の中の私(バツ也?)がそう語りかけてくる。結局今の生活を捨てられないんだろ?、と。

(「いいよいいよ、お前がそんなだったらむしろこっちも気が楽だ。元々大して乗り気でもなかったし。」)


「うるさいなあ……」


「は?千春、今なんか言った?」

どうやら心の声が思わず漏れていたらしい、でももう関係ない。元々うんざりしてたんだ、里香のご機嫌取りも、ママの見栄に付き合うのも。私は一つ大きな息を吸い込んだ。








~~~~~~



土曜、私が来ていたのはライブ会場ではなく市民会館。

周りにいるのは今を時めくアイドルとキラキラしたファンではなく、ゲートボールを楽しむ先の長くなさそうなおじいちゃん達と見るからにじめっとした雰囲気を醸し出す私達。私は昨日の電話を思い出し一つため息をつく。


「今日は随分と暗いな。」

「うるさい、ちょっと自己嫌悪になってんの。」

「そうか、学校であんな無理してんだから外ではそのくらいの方がバランス取れていいと思うぞ。」

「何それ、馬鹿にしてんの。」


そうじゃないけど、とぽそりと言い、バツ也はいつもの何か後ろめたい事がある様な表情でどこかへスタスタと歩き出してしまう。


「ちょ、ちょっとどこ行くの!」

少し焦った私の言葉に、バツ也は顔だけこちらを向く。

「どこって、駅だけど。」

「駅?なんで」

てっきり市民会館の裏とか人目のつかない場所で、私が死ぬ文章について話し合うのかとでも思っていた私は完全に虚を突かれてしまう。

しかし彼は何をいまさらと言った表情で語った。


「何って、シチュエーション選びにだよ、お前の死に場所の」


その言い方に全て見透かされるような気がして、体の内側がじんわりと嫌な熱を持ち始めたように感じた。











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死ニタガリと書キタガリ 尾乃ミノリ @fuminated-4807

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