第8話:邂逅(2)

 バツ也が押し黙ってからどれほどの時間がたったであろう、外から聞こえる野球部やサッカー部が整理運動をする声が、この時間が終わることを示唆していた。こういう時はどんな表情をしておくのが正解なのだろうか、あくまで余裕の表情をしていきたいが、悲しいかな、指が震えてスマホのロックすら開けない。ああ、肝心のところでなんて情けない。

「しゃーない」

 そんな重く閉ざされた彼の口は、案外簡単に開かれた。

「え?」

 と、私は完全に虚を突かれたタイミングで素っ頓狂な声を出してしまう。

「だから、脚本、書いてやるって言ってんだよ。」

「いい、の?」

「いいのも何も、お前が書けって言ってるんだろうが。それに、そんなもん出されたらどうしようもないだろ。」

 そうあくまでもけだるそうに言うバツ也、正直そこまでの効果をこの本に期待していたわけではなかったが、想像以上であったと言うほかない。他にも予防線を張っていなかったわけではないが、早々に決まって何よりである。

「へえ、そっか。」

「もっと喜ばないのかよ。」

 私の反応が気に食わないらしく、バツ也は少しむっとした顔をする。

「いや、なんていうか、私があの脚本に出れるんだっていう、実感がイマイチなくて。」

「あっそ、まあ、どうでもいいけど。」

 そのまま鞄に荷物を詰め、バツ也は図書館を立ち去ろうとし、私はそれをただ茫然と見つめる。その背中は夕焼けに照らされて周囲より一段と赤く焼けているように見えた。すると突然、バツ也が振り返る。

「あ、次、土曜に市民会館な。」

 一瞬その意味を理解しかねるが、すぐに次の打ち合わせの事だと理解する。

「なんで?ここじゃダメなの?」

 そんな私の問いに、彼はあくまでも答えず、小さくため息をつく。

「土曜、市民会館な。」

「わ、分かった・・・・。」

「うん」

 そういってバツ也は図書館を去っていった。最後の「うん」は先ほど通りけだるげで、————それでいて少し興奮しているように聞こえたのは、私の聞き間違いか、あるいは希望だったかもしれない。


 —————

「もう週末か、最近時間が過ぎるのも早いわねー。」

 月末の金曜日、いわゆるプレミアムフライデーの到来に喜ぶサラリーマンたちの特集を見ながら、ママはなんだかおばさんみたいなことを言う。

「昔はこんな制度なかったけど、今は良い時代ね。」

 サラリーマンだったことなどほとんどない専業主婦のママは、テレビを見ながら満足げにうなずく。

「そういえば、ちーちゃん、週末は誰かと遊ぶの?」

「里香たちと遊びに行ってるから。ママも友達との食事でしょ?楽しんできなよ」

 なにやら高校時代の友達とのランチだそうで、ママは年甲斐もなくはしゃいでいた。最近子供が生まれたそうで、「先輩ママとしてアドバイス~」などど嬉しそうにしていた。

「あらそう?じゃあ、ごはんの作り置きもいらないわね?」

「うん、大丈夫。」

 ロクに作り置きなんざしたことも無いのに、聞いてくる。ママの中の理想の母親通りの質問にやや辟易しながらも、私も私で模範解答を返す。

 そんなことを言っていると、突然静かな食卓に賑やかなあるとボイスが響き渡る。里香に勧められて着信音になったジャニーズの曲だ。画面を確認するとそこには

「……里香」

「あら、里香ちゃんから?」

 何の用だろう、遊びに行くというのは全くの方便だし、何なら里香は今週末ライブに行くと言っていたはずだ。なんとなく、本当になんとなくだが…嫌な予感がする。

「あら、出なくていいの?」

 ママの言葉によってハッと我に返り、自分の部屋に戻りいそいそと電話をとる。


「あ、もしもしハル?今暇?」

「うん、大丈夫だよ。」

 実際には食事の最中であったがわざわざそんな危険な選択肢は選ばない。暇でなかったとしても別に話を止める気もないであろう。

「それで、それでなんだけどさ!」

「里香、ちょっと落ち着きなって」

 里香は普段よりも少し高いテンションの里香を宥めるが、里香はそのままの変わらず高いテンションで言葉を続ける。



「明日、一緒にライブ行かない?」



 ほーら、嫌な予感、的中。

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