“逃走”スキルで超速レベルアップ! 最弱のスライムから逃げて最強を目指します!
みずがめ
本編
この世には“レベル”という概念がある。
単純に言えば、その者の能力の値だ。強さや技術力などの大まかな値を、“レベル”という数値で表していた。
レベルが高い奴ほど優秀だ。それは世界の常識で、子供でも知っている真実である。
「モンスターを倒したぜ! よしっ、レベルが上がったぞ!」
冒険者がモンスターを倒したと喜んでいる。だが重要なのはモンスターを倒したこと自体ではなく、自身のレベルが上がったことだろう。
レベルを上げる方法はいくつかあるが、モンスターを倒すことが一番効率が良かったりする。
そういう理由で、冒険者はモンスターを討伐する依頼を好んで受ける。金をもらえて強くなれるのであれば、人気職になるのも当然だ。
もちろん危険はある。強いモンスターを倒せばレベルが上がりやすいが、その分ケガをしたり、運が悪ければ命を落としてしまうリスクが増える。自分の実力を測り間違えてはならない。
「うおおおおおおおおりゃあぁぁぁぁぁーーっ!!」
俺は走っていた。駆け抜けていた。正確に言えば逃げていた。
俺を追いかけていた敵は遥か後方。振り返ってもその姿は視認できない。完全に逃げ切ったはずだ。
『“逃走”に成功しました! “レベル”が上がりました!』
頭の中に響くのは神のお告げだ。ここでようやく安心して走るスピードを緩められる。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。へへっ、これでまた最強に近づいたぜ……」
歩きながら息を整える。足に疲労はあるが、もう一度くらいなら逃げられるだろう。
──俺のレベルの上げ方は特殊だ。
普通はモンスターを倒さなければ経験値を得られない。しかも強いモンスターでないとレベルを上げるための経験値がなかなか稼げないのだ。
しかし、俺の場合は普通とは真逆だ。
人はそれぞれ神から“スキル”という固有の能力を与えられる。それは戦闘に役立つものであったり、生産に関わるものだったり、日常をちょっとだけ豊かにするものであったりと様々だ。
俺に与えられたスキルは“逃走”だった。
最初はモンスターから逃げやすくなるだけの、大したことのないスキルかと思った。でも違っていたのだ。モンスターから逃げることにはなんの役にも立たないが、モンスターから逃げることによってその恩恵が受けられる“スキル”だったのだ。
モンスターから逃げる。ただそれだけでレベルを上げられるのが“逃走”スキルのすごいところである。
戦わずして強くなれる。しかもこのスキルでの経験値にはモンスターの強さは求められていない。
どういうことかと言えば、ドラゴンのような強力なモンスターから逃げて得られた経験値と、スライムのような弱小モンスターから逃げた結果で得られる経験値がまったく同じなのである。
つまり、危険を冒すことなく、弱いモンスターから逃げているだけで、俺のレベルはどんどん上がっていくのだ。
「ステータスオープン! ふむふむ、今ので俺のレベルは80になったか……。順調に最強に近づいているぜ」
お手軽にレベルを上げて、俺は人間の限界値と言われているレベル99を超える。この“逃走”スキルなら可能なはずだ。
人の限界を超えれば、俺に敵う者はいなくなるだろう。そうなれば俺が最強だ。最強になれば、無双して金も地位も名誉も、すべてを手に入れられるだろう。
「よーし! 今日中にまた一つレベルを上げてやるか!」
逃げれば逃げるほど、レベルアップという成果が表れる。
簡単に最強が手に入るのだ。これでやる気にならない男はいない。再び逃げてレベルアップするために、俺は次のモンスターを探すのであった。
※ ※ ※
「あいつまたモンスターから逃げ回っていたんだってよ」
「最弱のスライム相手にも逃げるだけなんだってな。冒険者の面汚しだぜ」
「オイ! 腰抜けが冒険者を名乗ってんじゃねえぞ!」
冒険者ギルド兼酒場。依頼達成の報告に訪れると、酔っぱらいどもに心ない言葉を浴びせられた。
「あの、お気になさらないでくださいね?」
「わかってますよ。はい、これ依頼されてた薬草です」
優しくて美人な受付嬢が気遣ってくれる。心に沁みた。俺の癒やしはあなただけですよ。
今は俺がなぜモンスターから逃げているか理解できないだろう。だがしかし、俺の目的に気づいたころにはもう遅い。その時にはすでに最強に至っている。
最強になった俺に、額を地面に擦りつけて許しを請う奴らの未来が見えるようだ。これまで俺を馬鹿にした連中の顔は全員覚えている。くくく、覚えていろよ……俺はやられたことを根に持つくらい記憶力がいいんだ。俺を馬鹿にした一三五人は絶対に許さねえ。
「あの、なんだかすごく悪い顔をされていますが……どうかされましたか?」
「ハハッ。なんでもありませんよ」
「ひっ……」
笑顔を見せたのに、受付嬢に怯えられてしまった。解せぬ。
※ ※ ※
俺の“逃走”のスキルにはデメリットが一つだけある。
それはモンスターから逃げることに失敗した時、俺の“逃走”スキルが消えてしまうことだ。
失敗とは逃走以外の行動をしたことも含まれる。うっかりモンスターと“戦闘”でも行えば、俺はスキルを失ってしまう。
だから相手が誰であろうと俺は逃げる。たとえ最弱のモンスターであろうとも逃げ続けてみせる。後ろ指さされて笑われようとも、逃げ切ってやるのだ。
逃げている限り、俺はスキルによって大量の経験値を稼ぐことができるのだ。最強になるまでは、この“逃走”スキルを失うわけにはいかなかった。
「わーはっはっはっはっはっはっはーっ!! スライムはとろいから逃げやすくて助かるぜ!」
最弱モンスターの大本命であるスライム。そんなスライムを前にしてケツまくって逃げる。冒険者として恥でしかない。最強の道の前では恥くらいいくらかいても気にならないがな。
『“逃走”に成功しました。レベルが上がりました』
軽快な神のお告げに拳を握る。最強にまた一歩近づいた。
恥をさらそうとも、簡単にレベルが上がるのだからやめられない。しかも相手がスライムでもレベルが上がる。楽勝すぎた。
「もっと楽にレベルを上げるために……スライムの巣ってところに行ってみっか」
スライムの巣。大量のスライムが生息している危険区域である。
「スライムを弱いと侮ってはいけません。一匹一匹はそれほど力はないかもしれませんが、数が多いと合体して強力なスライムになるのです。とても危険なのでスライムの巣に近づいてはいけませんよ」
と、受付嬢が言ってたっけ。
しかし強いと言っても戦えばの話だ。レベル80オーバーの俺なら逃げることくらい楽勝だろう。
むしろ数の多さを求めている。モンスターの数が多ければ多いほど、“逃走”スキルから得られる経験値は莫大なものになるからな。
「動きがのろいスライムなら、いくら集まっても俺を捉えることなんかできないぜ」
高レベルになった自信を胸に、俺はスライムの巣に足を踏み入れた。
正直、俺は調子に乗っていた。そして焦りもあった。一刻も早く最強になりたかったから。
※ ※ ※
うっそうとした森の中。俺は全力で駆けていた。
湿気が多く、地面がぬるぬるしている。足場が悪い上に、木々のせいで視界もすこぶる悪かった。
「うおっ!? あ、危ねえ……」
突然茂みからスライムに襲われた。間一髪ジャンプしてかわす。
着地して、ぬめりのある地面に足を取られそうになる。けれどなんとか体勢を立て直して走った。
振り返らなくても後ろから大量のスライムに追われている気配を感じられた。すでに数を数えられないほどだ。スライムの巣とはよく言ったもので、これほどの大量のスライムを目にしたのは初めてだった。
スライムの大群に追われている俺。思った以上に振り切れなくてピンチではあるが、逃げ切ることができればどれだけレベルが上がるだろうかと胸を躍らせた。
もしかしたら、このスライムの大群から逃げ切るだけで、目標のレベル100超えに達するかもしれない。
「はぁっ、はぁっ……。絶対に逃走に成功してやる……っ」
息を切らせながらも、絶対に止まるつもりはなかった。
普通に戦って経験値を稼ぐだけではレベル100超えは不可能だ。俺のスキルなら不可能を可能にできる。
人間の限界を超える強さを手に入れる。そこまでやって、やっと救えるものがあるんだ。
「うおっ!? ぬおっ!? やべっ! ふおおおおっ!!」
見通しの悪い森の中。何度もスライムに奇襲された。
それでも数々の攻撃をかわし切り、なんとかスライムから逃げていた。
つーかここはスライムしかいないな。スライムの大群にモンスターが食い尽くされたという話は案外本当なのかもしれない。後方の大群を思えば俺自身、嘘とは口にできなかった。
「も……もう……諦めやがれ……よ……っ」
やばいっ。息が切れてきた。高レベルの俺が逃げ切れないだと?
走っても走っても、変わらずスライムの大群が追ってきやがる。振り切ろうとやってはいるのだが、視界の悪い森を生かした奇襲が俺の足を鈍らせてくるため上手くいかなかった。
まずい……。息をするのも苦しい。足が重くなってきてスピードが緩んできた。
このままでは追いつかれてしまう。命の危機以上に、スキルの消失が怖かった。追いつかれた瞬間、逃走に失敗したとみなされてスキルを消失してしまう。
そうなれば、俺が最強になるのは不可能になってしまう……。
「お、追いつかれてたまるかぁーーーーっ!!」
最後の力を振り絞り、俺は逃走した。
結果、体力がなくなった俺は、スライムの大群に囲まれてしまった。
四方六方八方。どこを向いてもスライムしかいなかった。ゼリー状の物体が隙間なく俺を包囲する。
もう逃げられない……。覚悟を決めて戦うしか道はない……か。
「はぁ……はぁ……はぁ……おえっ」
走りすぎたせいか吐き気に襲われる。ここで吐いても同情されるどころか、一斉に襲ってくる隙を作るだけだろう。
戦う……。相手がいくら多くてもスライムだ。駆け出し冒険者だって余裕で片づけられる。高レベルの俺なら苦戦することはないはずだ。
でも、戦えばスキルがなくなってしまう……。激しいジレンマに襲われた。
「すみません!! 俺は戦えません!!」
気づけば膝をつき、頭を地面に擦りつけていた。伝説の冒険者が最後の手段としていたとされる“土下座”を試みた。
モンスターに命乞いなんて馬鹿げている。それでも、俺は自分のスキルを諦め切れなかった。
「許してください!! 俺は君達を傷つけたくないんです!!」
必死だった。プライドをかなぐり捨ててでも、俺は自分のスキルを守りたかった。
けれど、そんなものがモンスターに通用するはずがない。
数えきれないほどのスライムが戸惑ったかのように波打った。俺に情けをかけてくれるのか? と、一瞬思ったが、そんなわけがない。
スライムは互いに密着し、交じり合い一つの形を成す。
受付嬢が言っていた。スライム同士が合体すると、とんでもなく強いスライムになってしまうのだ。その強さは名のある冒険者が束になっても倒せないほどなのだとか。
やばい……。スキルどころの話じゃない。高レベルとはいえ、実戦経験のない俺が一人だけ。こ、殺される……。
合体したスライムが巨大になっていく。そして光を放った。きっと光が収まる時、とんでもなく強いスライムがその姿を見せるのだろう。
俺は絶望した。体力の底が尽きたのと緊張の糸が切れてしまったのだろう。意識が暗転する。
「傷つけたくない、か……。ふふっ、人間にそこまで思われたのは初めて……」
意識を手放してしまった俺は死ぬしかないだろう。絶望しておかしくなったのか、最後に青髪をなびかせる美少女を見た気がした。
『“逃走”に失敗しました。“スキル”が消失します』
そして、無慈悲な神のお告げが、俺の頭の中で響いた。
※ ※ ※
目が覚めると、青髪の美少女が俺の顔を覗き込んでいた。
「あっ、起きた」
「はい?」
見知らぬ少女を前にして疑問しか出てこない。えーっと、今ってどういう状況だっけ?
「あなた三日も寝ていたのよ? 人間ってよく眠るのね」
「んん?」
三日も寝ていた? なんでそんなに熟睡していたんだ? 何か疲れることでもしていただろうか?
それに後頭部の柔らかい感触が気になる。なんだかとても良い感触だ。丁度いい柔らかさというか……。もう少し頭を預けておこう。
「えっと、君は誰かな?」
俺は後頭部の感触を気にしていない振りをした。だって、せっかくの美味しい状況を自分から手放したくはなかったのだ。
「私はずっとあなたを追いかけていたスライムよ。あなた、私がこの姿になった途端意識を失うんですもの。びっくりしちゃった」
人懐っこい笑顔を見せる青髪の美少女。可愛らしい笑顔なのに、俺はそれどころじゃなかった。
スライム? この娘が? でも、意識を失う前に見たのは、紛れもなく目の前の美少女だったような……。
そういえば聞いたことがある。疑似餌で油断させて襲ってくるモンスターがいるって話。
青髪の美少女。男なら無防備にほいほい近づいてしまうだろう。それほどの美少女。ぶっちゃけ俺の好みだ!
つまり、俺はスライムに食い殺される直前ってことか……。
「そうか、スライムか……。で、俺をどうするつもりだ?」
「もちろん、あなたのペットにしてもらうの」
「……は?」
予想した答えと違い過ぎて俺は固まってしまった。
ペット? 俺は何を聞き違えたんだ? ペ……ペ、ペ……ペ? ダメだ、それっぽい答えが思いつかない。
困惑する俺を、青髪娘がじっと見つめている。なんだか、仲間になりたそうにこっちを見ているように感じた。
「じゃあ……お、俺の仲間になるか?」
自覚はないが、きっと俺はかなり混乱している。でも、モンスターに食われるよりはマシなはずだ。見た目美少女に「慈悲はいらねえ! さっさと俺を食ってみろ!」と言うのも男としてかなりやばい気もするしな。
「うんっ! 私、あなたのペットになる!」
青髪娘は笑った。だからペットってなんだよ!? よくわからんが、スライム娘に気に入られたってことだけはわかった。
こうして、俺は“逃走”スキルを失った代わりに、可愛らしいスライム娘を手に入れたのであった。
『“テイム”に成功しました! 新しい“スキル”が追加されました!』
“逃走”スキルで超速レベルアップ! 最弱のスライムから逃げて最強を目指します! みずがめ @mizugame218
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