第33話 キーマンから信頼を得よう!
キーマン--スピ社のこの状況を「まずい」と経営陣に言える人は、往々にしてフレデリックさんの上司です。
しかし、フレデリックさんが今のままそれを上司に伝えても、現状が変わらないでしょう。
それだけで変わるようなら--そのくらい現場から経営陣までの風通しが良い会社なら、こんなにコロっとコンサルに踊らされるはずがありません。
フレデリックさんはチョークを持ちながら、合点承知と腕をまくりました。
「味方を増やすためのプレゼン資料を作るんだろ?」
ロッタさんもチョークを持っています。
「そうです! ただし、ゴールはそうですが、プレゼンテーション力が必要というよりも、フレデリックさんの熱意と、私たちから言える根本的な課題、それから目に見える数値が重要です。極端な話、経営陣も頷くようなのが理想ですね」
フレデリックさんは肩をすくめました。
「んなこと言っても、あの足頭どもが何言ったら笑ってくれるのか、俺なら分かんねえぞ」
この人、機嫌が良いとちょっとオーバーリアクションでウザいですね。
「ちょっと堂々巡りですが、そのためにやはり上司を味方に付けるんです。熱意を伝えて、上司の目線で『でもこれじゃ上に届かない、何とかしたい!』と思わせれば第一関門突破です」
フレデリックさんはとりあえず納得したようです。
「さて、そうは言っても何から考えたら良いものやら」
と、そこへロッタさんが紙資料を広げました。
「前にお渡しした提案資料です。これ自体も整理し直したいですが、とっかかりとしては良いかと」
「ああ、あの部品の自動振り分け、か」
手配された部品を装置毎に振り分ける仕組み、でしたっけ?
実はあんまり想像できていないんですよね。
お、ありがたいことに、フレデリックさんが再確認を始めてくれました。
「作業場全域に『Dark Connection』を鳴らして、場が魔法に馴染んだところで、部品名に合わせて『Dark Connection』のアレンジを鳴らす。振り分け先の装置ではそのアレンジの裏メロを鳴らしておいて、一つの曲が完成する。そしたら自動的に部品が装置のところに転がっていくわけだ」
ロッタさんが補足します。
「各装置の裏メロはオルゴールで十分ですが、『Dark Connection』は多様なアレンジが必要です」
フレデリックさんが、今度は弊社のパンフレットを見ました。
「それで、アンタらのシンセサイザーの出番ってわけだ」
絵2人のおかげでだいぶ分りました。
最後の、sxを使う人だけ練度が求められますが、総合するとかなり作業が楽になるはずです。
と、ロッテさんが補足です。
「将来的には自動組み付けまでやれると良いのですが、まず現実的に目指すのは自動振り分けだと思います」
自動組み付けですか。
確かにそこまでいけばかなり手間が減らせますね。
「さて」
と、ロッタさんが提案資料を閉じました。
「提案が負けている今、重要なのはその中身ではありません。なぜ自動振り分けをやるのか、弊社がどういう活動のもとで提案したのか、今後御社とどういう取り組みをしていこうとしているか、それらに対するフレデリックさんの考え、この論理立てが重要になります」
おお、ロッタさん、熱が入ったますね。
フレデリックさんも気合を入れてチョークを赤青白の三色を手にしました。
「よっしゃ、俺は何をしたらいい?」
それに対するロッタさん。
「本当はちゃんと資料を用意したいのですが、スピード優先で、わたしの頭の中のことを黒板に一気に描きます。フレデリックさんは、それを見て分からないところを聞いてください」
ロッタさんは喋りながら超スピードで黒板を埋めていきます。
このスピード……今考えているんじゃなくて、普段から思っていることをそのままアウトプットしてますね。
実はロッタさんスーパー営業マンですかね。
フレデリックさんが、一つ一つ質問していきます。
「なぜ、部品の自動振り分けに、今回着目したのか……これは……ロッタさん、いつの間に製品開発から流通までの全肯定で社員と商談してたのか……」
「商談ってほどではないですよ。ヒヤリングです。作業時間の感覚のヒヤリングと、工程ひとつひとつを実際に計測していました」
「計測については、やってくれているのを把握していたさ。俺はてっきり、装置の魔法適用テストに時間がかかっているとばかり」
「部品の振り分け時にミスが多かったのが、テストに時間がかかっている原因でした。そしてその原因は、部品に埋め込まれている魔法の微妙な違いを識別するのに、魔法使いの熟練度に依存していたからです」
「今思うと、昔はテストなんてすぐだった。魔法技術の高度化と、人材不足の波がこういう形で現れるんだな。分かってみれば簡単なことだった。でも、何が課題ってちゃんと測ったりして観察しないと、分かんないものなんだな」
「計測だけでは、課題は分からないんですよ。なぜテストに時間がかかっていると感じるのか、ヒヤリングが重要でした。本当はもっと深い議論ができる関係が望ましいです。そのための提案でもあったのですが」
「もっと深い議論ができる関係……っていうのは、俺以外とも商談して、シンセサイザーをもっと売っていける関係ってことか?」
フレデリックさん、ビジネスの話になるとちょっと歯切れが悪いですね。
やっぱり、売りつけられることを警戒しているのは変わらないようです。
それに対してロッタさん。
「ビジネスとして、sxが売れ続けるのは大事ではあるのですが、それは長い目で見ているので今は気にしていないです」
本当か〜? っとフレデリックさんは腕を組みました。
「sxは楽器店も卸しています。そちらは基本、やはり売ることが目的です。一方で弊社はメーカーです。基本的にはsxを始めとするシンセサイザーの開発が主です。私たち営業部もその一環で、sxの使い方、運用の仕方、価値を開発しているのです」
これは、初めてのお客さん相手に良くやっている説明ですね。
私も、研修中に何度か唱えました。
「それは前にも聞いたけど、丸め込まれているみたいであんまり納得ができていないんだ」
「金目当てだったら、そもそも別の商品を持ってきますよ。カタログいっぱいこさえて」
「そうかぁ?」
フレデリックさんはこの筋では納得されないようですね。
ここまで親しげな関係を築いているように見えても、その実この調子なのは……気を引き締めないといけませんね
「では別の観点で。自動振り分けをキッカケに、私共が今後どう活動しようと思っているか。先にこちらを整理しましょう」
隣の黒板には、ロッタさんの壮大な計画が描き殴られていました。
フレデリックさんがメモを取ります。
「自動振り方は俺主導でチームを引っ張る、とあるが、そのサポートもしてもらえるのか?」
「もちろんです。資料の作成から、メンバのお声がけ、魔法使いさんとの打ち合わせも当然私たちが一緒です」
「それは心強い」
「こちらとしても、組み付けチームの皆さんとコンタクトを取れるのがメリットです。いっしょに良くしていく、その信頼を得て、『全行程でスターバーグ社と相談したい』と思ってもらえれば、こちらの目論見として大成功です」
おや、思ったより早くさっきの話に戻ってましたね。
現場に広く入り込んで、シンセサイザーをもっと売りつけてくる気だろ、と言われてしまうとうまく返せません。
半分は正解なのですから。
「アンタらが俺たち現場の相談に乗ってくれるってのは、正直もう分かったよ。でも、アンタらのメリットが理解できない。結局は売りたいんだろ、って思っちまう。だからまだ信用できないんだ」
これがフレデリックさんの本心なのでしょう。
だから、変なコンサルとの間で揺れていたり、私たちを突き放すようなことを言ったりしていたのでしょう。
そして、私たちが何者なのか、そもそもとして一番重要な点で、難しい点なのです。
ロッタさんは、これをどう返すのか。
私にも勉強させてください。
ロッタさんは少し迷ってから、口にしました。
「ファビオちゃん、答えられる?」
うわーん!?
こっち来たん!?
私だって分からないものを、どう答えればいいんですか?
しかも重要局面!
二人ともこっちを見ています。
うわーん!
やるしかない!
「フレデリックさんが仰るビジネスの観点で言いますと……私達は年間一万台の売り上げ台数を目指しています」
フレデリックさんは無言です。
最後まで聞いてくれるようです。
「今、弊社の売り上げ台数は年間いくつか、ご想像できますか?」
自然と、フレデリックさんに問いかけるやり方になっていました。
この方が印象に残るんですよね。
研修で学びました。
「ぜんぜん分からんな。9000台か?」
「2000台くらいです」
「おいおい、ずいぶん足りないじゃないか」
「そうです。今のやり方ではまったく通用しません」
ここで私やロッタさんが一台や二台を強引に売りつけたところで、まったくもって目標には届かないのです。
「年間一万台売るには、こと御社のような大手については、使って下さる企業さんそれぞれに、100台や200台シンセサイザーが必要となる土壌を作らなくてはなりません」
フレデリックさんは、椅子に深く座ってくつろぎ始めました。
「で、その土壌を育てるってのは?」
「業務の課題を捉えて、都度シンセサイザーで解決できるものは解決しつつ、企業活動そのものを拡大していくのです」
「投資ってことか……」
フレデリックさんはメモを取っています。
ロッタさんは、要点をまとめたものを黒板に書いていました。
フレデリックさんがノートに目を通しながら、
「や、納得したよ。それに、投資と言えば部長や経営陣にも分かってもらえるんじゃないか?」
ロッタさんの書いた黒板のメモを見て、フレデリックさんの中ではようやく納得のいく論理が繋がったようです。
こうして、商談? の場は一時解散となり、私とロッタさんは支社に戻ることになりました。
その日の夕方、手紙がさっそくフレデリックさんから届きました。
直属の上司を仲間にできたとのことです。
いやー、ホント、最初のフレデリックさんの敵対心へどうしたもんかと不安で不安でたまりませんでしたが、ヌルッと何とかなりそうでよかったです。
ロッタさんと手紙を共有して、一人で頭の中で祝杯をあげようとしたところで、ロッタさんから。
「で、これで引き継ぎで、次からはあんた一人で行ってもらうからね」
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