第32話 コンサルからの挑戦状

予習を終えた私たちは、アポの時間を待って、スピ社へやってきました。


受付を済ませると、約束の相手……リザードマンのフレデリックさんが迎えてくれました。


なんだかとっても不機嫌そうです。

ほら、尻尾がピンと張り詰めています。


フレデリックさんに会議室へと案内され、開口一番、


「この前のご提案ですがね、ナシになりましたよ」


確か、手配された部品を装置毎に振り分ける魔法と仕組みの開発を提案していたんでしたっけ。


前回の商談では「いいね」と好感触だったはず。


何がまずかったんでしょうか?


「俺たちは、SWKSを導入する方向で動き始めた。アンタらの出る幕はないよ」


SWKSとは、弊社スターバーグ製のシンセサイザー--sxの類似製品です。

開発元はバナナ社。


これは緊急事態ですね。


ロッタさんは私の紹介と、担当引き継ぎの旨を手早く伝えて、本題に入りました。


「どういった点で、SWKSに決まったんですか?」


フレデリックさんは、面倒くさそうにブツブツ答えてくれます。


「SWKSは、通信? の水晶かなんかが魔法回路を自動的にアップデートしてくれるらしいじゃないか」


それは、私は知らない機能でした。

え? sx、勝ち目なくないですか?


私が慌てていると、ロッタさんは冷静でした。


「その自動アップデート機能で、どのような運用をされるのですか?」


全く動じることなく、フレデリックさんから情報を得ようとします。


ぐらぐらぐら。


おや? 地震?


あ、ロッタさんの足が震えているだけでした。

どうやら、全身の緊張を下半身に逃して、上半身は平静を保っているようです。


なるほど、これが営業の意地、ですか。


何も知らないフレデリックさんは、相変わらず不機嫌そうにもしつつ答えてくれます。


「魔法の出力が上がったり、使える音色が増えたりするんだろ? アップデートされる毎に、俺たちの仕事もよくなっていくはずじゃねえか」


それはそうかもしれませんが、そんな「かもしれない」で導入を決めていい代物ではないでしょうに。


フレデリックさんが続けます。


「自動アップデートなんて最先端の魔法技術を持っているバナナ社の方が、未来があるってもんだろ」


なるほど。

この人、何となくで決めていますね?


ロッタさんも同じように思ったようです。

足を組んで、どうすればいいか考え始めています。


「まず、私は前回、sxをどのように運用して仕事を改善していくか、具体的な方針を提案したと思います。それがなぜ覆ってしまったのか、そこから整理させてください」


ロッタさんがノートを広げました。

慌てて私もノートを用意。


一方で、フレデリックさんは乗り気ではありません。


「んなこと、やったってお前らに丸め込まれるだけじゃねぇか」


確かに、お客さんからしてみれば、慌てて必死に食い止めようとしている営業としか見えないでしょう。

半分あっていますしね。


でも--

つい、自然と、私が口を挟んでしまいました。


「フレデリックさんは、本当にこれで良いんですか?」


フレデリックさんの茶色い顔が青みを帯びて、その後すぐ赤くなりました。


「なんだテメェこのひよこ女が。知った口が生意気なんだよアバズレ糞女」


うわ、すっごい暴言受けました。


でも、フレデリックさんったら慌てすぎですよ。

図星だって自己紹介しているようなものじゃないですか。


そこへロッタさんが助け舟を出してくれました。

さすが先輩。


「わたしも同意見です。あんなフワッとした提案で覆るなんて、職人気質のフレデリックさんなら本来ありえないはずです。私達の提案が実は曖昧なのか、実はバナナ社の提案がもっと強いのか、はたまたフレデリックさん以外の外部的な要因か」


フレデリックさんはロッタさんの勢いに押されて、大きなギョロ目をゆっくり瞑りながらため息を吐きました。

そのまま頭を抱えて、呟いていきます。


「俺は、もうどうしたら良いか分からない」


フレデリックさんは語り始めました。


「正直、現場はsx肯定派が多い。でもな、ある日突然、上から『SWKSを使えって』お達しがきてな。sxは時代遅れだの、肯定派は経営視点を持ってないだの、散々な言われようだった」


フレデリックさんはファイルの中から数枚の資料を取り出しました。


「上司がコンサルからもらったらしい。現場の技術者全員に配られた。熟考しろと」


熟考しろとお達しが出る割には、密度が薄い資料ですね。


なになに?


スピ社の株価の推移と、競合企業の動向についてが最初の2枚。


馬車業界全体が馬レス化や運転魔法使いレス化を目指していますと。

そのために、コントラ・バスの技術をもっと低コストで一般馬車に載せられる開発が盛んです。

実際、十年以内にはコントラ・バスを劇的に軽量化したエレキ・バスは、高額かつ本当に小人が一人乗るくらいしかできませんが、実用化されています。普及は時間の問題でしょう。

一方で、そもそも目的地まで運転することなく自動で連れて行ってくれる夢のシステムが自動運転馬車。

馬レス化と組み合わせたものが自動運転。

さらには転移魔法の省エネ化も研究が進められています。


このように、馬車の在り方はもう数年で大きく変化することが予想されています。


スピ社が担う安全という領域は、上記の欠かせないものでありながら、上記のように多岐に渡っています。


そして、スピ社意外にもシートベルトやエアバッグなどの、安全を提供するメーカーは数多く、スピ社を取り巻く環境は激しさを増すばかり。


しかし、スピ社はシヴァ社についていくのがやっとの状態。

それは現場も実感した通り。


このままでは競争から振り落とされますよ。


といった内容が前半でした。


後半のページは、バナナ社の宣伝みたいなものです。

バナナ社が先進企業のコンサルを数多く受け取っていることや、SWKSの自動アップデートをはじめとした未来感ある機能紹介。急にカラー印刷なのはカネの匂いがします。


ロッタさんも顔をしかめました。

「自動アップデートやサブスクリプション、楽譜管理システム。確かに今までにない真新しい機能が盛りだくさんで、ワクワク感を感じる演出ですね」


フレデリックさんは、私たちから資料を回収しながら力無く笑いました。

「何がワクワクだって話だ、まったく。経営陣が踊らされているだけ。現場は着いていくのが必死だ」


ひとしきり笑った後、フレデリックさんはトーンを落として、

「だが、逆らえない」


俯いて、言いました。


フレデリックさんは困り果てているようでした。


それに対して、ロッタさんは、もうきんちょうの震えはとっくに治っているようでした。


「これは、わたしの落ち度ですね」


ロッタさんがノートに簡単な絵を描いていきます。


「弊社が目指しているのは至極単純なものです。困ったことがあったら相談してもらえる関係、ただそれだけです。人道的にも、ビジネスの質と量的にも、それが最適だと考えています」


ロッタさんが描いたのは、単純な絵でした。


かわいいフレデリックさんのイラストが『困った!』とセリフを吐き、それに対してロッタさんが『こうやって良くしていきましょう!』と割り込んでいる、漫画調のイラストです。


ロッタさんの注釈に、『毎年数千社の魔法産業従事者と議論』『30年間の技術を蓄積』というものが添えられていました。


「まだそのような関係を築けていないことや、まだ関係を築けていないのに提案を押し付けてしまっていたこと、これがフレデリックさんのストレスの根本原因です」


フレデリックさんは、ロッタさんの意図をつかみかねているようで、リザードマン特有の分厚い瞼をバチクリさせていました。


「で、つまりどういうことだ?」


ロッタさんは身を乗り出しました。


「経営陣を説得しましょう! 一緒に会社を変えていきましょう!」


ロッタさんのノートには『打倒コンサル!』と書いてありました。


フレデリックさんも納得されたようです。

本当にやりたいのはこれだった、とスッキリした顔をしています。


「というわけで、まずはキーマンと接触します!」

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