勇者を求めて

第3話

さて、魔族としての能力と地位を取り戻したクレイバーが手始めにしたことは、この国の王に喧嘩を売ることであった……ありていにいれば戦争である。

 

そもそもがこの国は小国である。

大きな大陸の東の端に位置しており、国民の数は四百万人程度、主要産業は農業で国内が潤う程度の安定した生産量はあるが輸出を産業の柱として立てられるほど潤ってはいない。

軍備はあるが、当然他国に侵攻するほどの余力はなく、他国からの侵攻を食い止めるにも心もとない程度。

 

だからこの国は、自国の安全を守るために魔国との同盟を求めた。

クレイバーとガストンの婚約はそのための政略的なものであり、同時に不可侵条約であったはずなのだが……


「此度の一件、これは宣戦布告であると受け取った」


開口一番、クレイバーはそう言った。

彼女の側近と、この国の重鎮を集めての、会談の席でのことだった。

 

急遽魔国から呼び寄せられたクレイバーの側近は四人、いずれも体格良く頭にツノを生やした魔族であるのだから、たった四人とはいえど十分に威圧感がある。

対するこの国の重鎮は高位貴族が20人ほど。


その先頭に立って頭を下げているのが、この国の王であるハヌマーン=レイゼル二世だ。


「どうかこの通り、怒りを収めてはいただけぬだろうか、メイデル嬢」


「ふん、それは妾を人の身として留め置くためにお主らが与えた偽りの身分、その名で呼ぶでない」


「こ、これは重ねて御無礼を……」


「まあ良い、名前などさしたる問題ではない故にな、それより問題なのは、妾につけたあの首輪、あれについてはいかように償ってくれるつもりであろうか?」

 

クレイバーが付けられていた銀の首輪、あれは『婚約宣誓の首輪』ではなく、『封魔の首輪』と呼ばれるものであった。

魔族であるクレイバーの能力を封じ込め、人の姿にとどめておくマジックアイテムだ。


「アレのおかげで魔国ともろくに連絡すら取れなんだ、これは監禁にあたるのではないかの?」


「そんな、そんなことは、決して!」


「ふふ、まあ、それに関しては『国民に余計な恐怖を与えないために人間として暮らす』という、そちらの条件を飲んだこちらにも非がある、収めておこう。しかし、妾がこの国で受けた迫害の数々、これは看過できぬな」


「迫害など……」


「おや、シラを切る気かえ? 学園内で妾がお主の息子及びその取り巻きにどのような扱いを受けていたか、把握していたのであろう?」


「ぐぅ……」

 

この会談、建前は魔国とこの国の和平の道を探るものであるが、すでに勝負は決まっているも同然。


「此度は愚息の不祥事ということで、どうか、どうか収めてはいただけないでしょうかっ!」

 

王冠など投げ出し、床に這いつくばって額を擦り付けて懇願する王に対し、クレイバーはしかし、椅子にふんぞりかえったままで冷たい視線を投げた。


「その愚息にきちんとした教育を施さなかった罪は、お主にあるのではないか?」


「教育は、受けさせようとしてはおりました」


「『受けさせよう』と『受けさせた』ではかなりの違いがあるのだが? あやつ、妾との婚約がどのような意味を持つものであるのかすら知らぬ様子であったぞ」


「それはっ、何度も聞かせようとしたのですが、そのたびにあいつが、逃げ回るから……」


「もう結構、一国の王が言い訳などするでない、みっともないことこの上ないわ」

 

クレイバーは椅子から立ち上がって、その場にいならぶ人間たちを見回した。


「王族が無礼者であれば、それにつく臣下も無礼者……か」

 

今まで黙って座っていたもののうち、何人かがびくりと肩を震わせた。クレイバーはそれを見逃さない。


「お主、その懐に隠したものを見せてみよ」


「な、なんのことでございましょう」


「とぼけるでない、なんぞ武具を隠しているであろう」


「それは、あまりに言いがかりでは!」


「ふん、まあ良かろう、ここで無理に懐に手を入れるようなことをすればこちらの非になる、それが政治の世界での駆け引きというものであるからな。しかし、こちらはキチンと礼を尽くしておるのだが?」

 

クレイバーが目配せすると、隣に座っていた彼女の忠臣、イエークが静かに立ち上がった。

いかにも文官という風情の、眼鏡をかけた細身の男である。

頭に二本のツノは生えているが、温和そうな顔立ちと体格の貧弱さから、立ち上がっても人間に威圧感を与えるようなことは全くなかった。

 

その彼が片腕を上げ、袖を軽く引き下げて手首を見せる。

そこには銀の腕輪がはまっていた。

クレイバーがはめられていた封魔の首輪に似ている。


「我々魔族は武器を持たずとも魔力で戦えてしまうのでな、公式な場に出る時は、こうして自らの魔力を封じておる、ましてここは和平を望んでの席、武器や武力を持ち込まぬのは最低限の礼儀であろう?」

 

クレイバーの笑みは鷹揚であった。

今まで這いつくばっていた王は、それを好機と見て立ち上がった。


「魔力を封じた魔族など、人間とさほど変わらん、怖れるな、討て、討てぇい!」

 

それを合図に、今までおとなしく座っていた高位貴族たちが椅子を蹴り倒して立ち上がった。

誰もが懐に隠していた刃を手に、クレイバーめがけて切り掛かる。

 

今まで鷹揚だったクレイバーの笑みが崩れ、口の両端が頬を裂くほど大きくつりあがった邪悪な笑みに変わった。


「ボニー」

 

名を呼ばれた忠臣その2、筋肉隆々とした大男が素早く動いてクレイバーを庇うように立ちはだかる。


「ふん!」

 

彼は片手を大きく振って、まるで羽虫を払うかのような所作で暴漢どもを薙ぎ倒した。


「あーあ、やっちゃったね」

 

温和な顔をしていたイエークがかちゃりと音を立てて封魔の腕輪を外す。


「つまり君たちは和平交渉に応じる気はないと、そういうことでいいんだよね?」


「ヒイッ!」

 

逃げ出そうと床を這う貴族の鼻先に、編上げサンダルを履いた色っぽい足がドンと立ちはだかる。


「ええ〜、王様置いて逃げちゃうの〜? ちょっとちゅーぎしん? 足りなくない?」

 

口を閉じてさえいればクール系美女戦士、忠臣その3のアリマ。

 

その後ろに隠れるようにしてこの騒動を怖々のぞいているのが忠臣その4、ウエル。

背丈も、あどけないぷくぷくほっぺも、少し短い手足も、全てがあどけない少年にしか見えない彼、実は発明家である。


「アリマ、ねえ、僕も戦った方がいい?」


「だめ、あんたは隠れてなさいよ、発明品を何も持ち込めなかったんだから、今のあんたは役立たずでしょ」


「ひどい、確かに役立たずだけどさ」

 

そして冷たい声で告げるクレイバー。


「話し合いはここまでである、あとは……せいぜい死ぬ気でかかってくるが良いぞ」

 

たった五人ではあるが、かつては戦闘に特化した一個師団七千人を全滅させたこともある最凶チームだ。

お遊び程度の剣技しか習ったことがない貴族の二十人や三十人、なんの敵でもない。

 

あっという間にその場を制圧し、王の首を切り落とした五人は、血飛沫と肉塊で汚れ切った会議室の真ん中で拳をごつんと合わせた。


「何年も魔力を封じられていたと聞いたので心配したのですが、さすがは我があるじ、腕は少しも鈍っておりませんね」


「あったりまえじゃん、クレイバー様にとっては肩慣らしじゃんね、こんなの」


「ともかく、お帰りなさいです、クレイバー様」


「あるじ、帰ってきた、嬉しい」

 

仲間たちの歓迎を受けたクレイバーは、頬についた返り血をグイッと拭って微笑んだ。


「すまぬ、待たせたな」

 

それは少女のようにくったくない、心からの笑みであった。

しかし無邪気な笑みは一瞬で。


「さて、これからのことを話そう、まずはこの国を完全に制圧し、我が掌中に収める」

 

キリリと表情を引き締めた主人の前に、忠臣1234もピシッと背筋を正した。


「具体的には? 人間どもは皆殺しですか?」

 

と聞いたのはイエーク。


「いや、選ばせてやろう、我が庇護下に入りたいという者は、民として迎え入れてやるが良い」


「魔族が王なんて嫌だって言った人は殺しちゃえばいいんだね!」

 

可愛い顔で、はしゃいだ声を上げたのはウエル。


「さよう、そこに慈悲はいらぬ、容赦無く刈り取れ」

 

無口なボニーは何も言わない。クレイバーの方から声をかける。


「お主は魔国に戻り、私の軍門に降りたいという輩を集めよ」


「うん」


「そして、アリマ、お主には、その、特殊任務っていうか……」

 

今まで堂々とした態度だったクレイバーが顔を赤らめ、もじもじと身を揺すった。


「ちょっと人探しを……な、頼みたくて……な」


「え、やだ、なになに、めっちゃ恋バナの匂いするんですけどぉ!」


「ここここここいいいいいいい! っではないぞ! 断じて!」


「ええ〜、じゃあ誰を探すんですかぁ?」


「勇者だ! 我が因縁の宿敵である勇者、その記憶と魂を受け継いだものが、この地のどこかにいるはず、その所在を明かしてほしいのだ!」


「恋じゃん、しかもストーカー?」


「だからっ! 恋じゃないっていうておろう!」


「はいはい、因縁のアレなのよね、ま、りょーかいでっす!」

 

イエークがクイっと眼鏡をあげる。


「で、その後はどうするんです?」


「決まっておろう、この国を領土とし、ここを足がかりに父を討つ。王位を簒奪し、妾が新しい魔王となるのだ」


「それは、やはり、『母君のこと』を恨んで……」

 

クレイバーは答えない。ただ無言であった。

イエークは己の主人の頑固さを知っているがゆえ、それ以上追求するようなことはなかった。


「まあ、構いませんよ、私はあなたについてゆくと決めておりますからね、例え行き先が地獄でも」


「やっだ〜、そんなん、あたしもついていくしぃ!」


「僕も〜!」


「ふむ」

 

仲間たちの声に満足そうにうなづいて、クレイバーは屍を踏んで歩き出した。


「では、始めようか、妾の国、神聖魔国の建国を!」


「「「「はい!」」」」

 

仲間たちの声に背を押されるように、クレイバーは顔を上げた。

その顔は自分を長年苦しめてきた婚姻から解き放たれたせいなのか、晴れ渡る空のように明るいものであった。

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アースガンドロ戦記 〜それいけ魔王ちゃん!〜 矢田川怪狸 @masukakinisuto

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