Beit3:ローズクイーン

 私とモーガンはタグを切ったばかりの冬物コートに身を包み、人里離れた森に立っていた。雪が降る直前のような冷たく張り詰めた空気が静けさを助長している。


「なあリンデンバウム」


「なんでしょう」


「今…… 何月だ」


「9月入ったばかりですね」


「気温は」


これに意味は無いとお互いが分かっているものの、一応スマートフォンで天気を確認し律儀に答える。


「8℃です」


 見合ってからしばしの沈黙。そしてモーガンが爆発したかのように大声をあげた。


「おっかしいだろうがよお! 寒過ぎだろ! まだギリ夏だぞふざけんな! なんでもありかよ、バイターってのは!」


 モーガンの特大の不満が白いモヤとなって可視化されている。

私はやや寒いくらいがちょうどいいのだが、軽装を好むモーガンにとっては違うらしい。


「おっかしい、から調査に来ているのでしょうが。それに9月は秋です」


「秋だとしてもおかしいわ! 温度差で俺死んじゃう!」


「はいはい。死ぬならバイターと相討ちしてください」


「リンデンバウムが気温並みにつめてぇ!」


 目の前の山の頂には巨大な黒い塊。事情を知らなければ、あれが元々は豪華な古城だったなどとは誰も思うまい。黒い塊に見えるのは見たこともないくらい太いが絡みついているせいだ。あのツタに比べれば天高くそびえる大木の方が余程スレンダーといえる。

 古城の持ち主は大富豪ターリア氏。普段は単身西へ東へ飛び回っているそうだが、二ヶ月前から自宅である古城に残してきた家族と連絡が取れず、帰宅を試みたらこの有様だったらしい。それで泣きつくように私に依頼を持ち込んだというわけだ。ついて来たがったが流石に点滴スタンドを引連れたお偉いさんを連れ出すのは忍びない。それに少々きな臭い案件だったのでできれば二人で来たかった。


「こんだけクソ目立つのにマスコミ一匹いやしねぇな」


モーガンが私の肩に寄りかかる。


「ターリア氏が言うには、大枚はたいて箝口令を敷いているそうですよ」


「それでマスコミ免除なんてただの金持ちはいいですなあ」


脱力したモーガンの重みがずっしりと肩にのしかかる。


「ただのって…… 金持ちにただのも何もないでしょう」


私が振り払ったことでモーガンは退き、サングラスをかけ直した。


「まあ、そんなことよりさ。今回は何よ?」


「ナンバー六十六、ローズクイーン。眠れる森の美女が素になっていると思われます」


今回の被害は大きな城全体。逆を言えばあそこまで成長しても”城しか”被害に遭っていない。そこから考えても素は眠れる森の美女で間違いないが、中がどうなっているかが分からないのが難点だった。

城内に糸巻きが無いことは既にターリア氏から聞いているし、娘の誕生日もまだだ。だとしたらバイターのトリガーになった可能性があるものはおのずと絞られる。もちろん中を確認するまではまだ仮説の域を出ない。

だが確かに、ターリア氏の口から漏れる娘の話はだった。


「二時間ひたすらハイキングって流石に汗だくなんだけど!?」


不満そうなモーガンの声にはっとして考え事を中断する。


「しょうがないでしょう。戦闘で壊す恐れがあるのに車は借りられないですから」


鞄一つの私が言うのもなんだが、モーガンの荷物はハイキングをするにはあまりに軽装だった。本人曰く「財布とスマホさえあればいい」らしい。そのわりには、誰かさんのサンドイッチと炭酸飲料が何故か私の鞄の中にあるのが、考えたら負けな気がするので頭から消し去った。


「その脱いだコート持たないですからね。少しは自分で持ちなさい」


モーガンが無言で脱ぎかけたコートを羽織直す。

そっと触れた太いツタは、手触りは乾燥した植物そのものでも鋼のように硬かった。何重にも絡みついているせいでツタの間から奥を覗いても城壁の欠片すら見えない。禍々しい黒い色はなんともバイターらしい。ツタには茨のそれ同様に棘があったが、なにしろ本体のツタが規格外のサイズのため、当然棘も規格外のサイズをしていた。(大きさ三十センチほどの巨大円錐形でも『棘』と呼べるのかは別として)


「見た感じ化け物ってよりただの植物っぽいし、切れそうじゃねえか?」


「植物ならチェーンソーでもなければこの規模切れませんよ」


「うっ、デスヨネー。しゃあねえ、ここまで来てムカつくが一旦帰る感じか」


「何故です。退く理由はない」


「えっ? だって今切れないって」


 黒手袋をして二本の”柄”を取り出し、鞄を例の如くモーガンに渡す。

そのただの柄は素早く振ると一瞬で刀に変わった。次の瞬間、大きな音を立ててツタが地面に落ちた。焼け焦げた雑草とカラメルが混じったようなのような独特な匂いが鼻につく。


「振り出し式水晶製ブレードです。植物なら切れないと言いましたが、バイターは別ですから」


透き通った長方形の刀身が陽の光をキラキラと反射し辺りを眩しく照らす。


「お前たまにパワーファイトだよね」


切ったツタの断面は何処までも暗く、水晶に触れたことで薄く煙が燻っていた。何も反応がない辺り、この切除は条件とさして関係が無いらしい。物理攻撃が通ることが分かったのは良い収穫だ。

とはいえ、硬いうえにこの大きさと規模だと道を文字通りいくのはあまり現実的ではない。門に辿り着けたとて、その頃にはきっとこちらの(主に私の)体力がかなり削られていることだろう。


「……仕方ありません」


二本のブレードを無理やりベルトに突き刺し鞄の中を漁る。直ぐに指先が求めていた手触りを引き当てた。自分が抱えている鞄から出てきたものにあっけにとられるモーガン。手早くそれのピンを引き抜く。一、二、三、心の中でカウントしながらツタとツタの間に投げ込んだ。最後のカウント前に耳を塞ぐ。


「五」


爆発音がして内部からツタが燃えていく。煙幕の切れ間からは城壁と思しきものが覗いていた。


「道、開きましたね」


振り返るとモーガンは目を見開いたまま固まっていた。


「⋯⋯ずっと良きビジネスパートナーでいような、リンデンバウム殿。うん、それがいい」


朽ちてボロボロのツタをくぐり城壁へと歩みを進める。ターリア氏からマスターキーは預かっているが、立派すぎることが災いし大きな正面扉はツタに開閉が阻まれていた。せめてこれが内開きなら試す価値はあったがいたし方あるまい。心の中で謝罪しながら木製の正面扉を思い切り蹴破る。バキッという鈍い音を立てて大人がかかんで通れる程度の穴が空いた。


「こりゃどう進んだらいいか分かんねぇな」


内部に入ると目の前を横切るように生えるツタが出迎えてくれた。爆竹程度の爆発力とはいえ、この手狭さでは水晶爆弾を多用もできない。城内はツタが大人しいかもしれない、なんてやはり甘い考えだった。


「恐らく今いる中庭を抜けて奥の大広間までツタが続いています。全部を切っては行けませんから、どうにか隙間をくぐりぬけていくしか無いですね」


「ワーイ。オレトッテモ、タノシミー」


懐かしのツイスターのよろしく、二人して身体を無茶苦茶に捻って太いツタ同士の隙間を通過していき、中庭を抜ける頃には『ツタ抜け』に慣れスルスルと移動できるようになっていた。幸運なことに棘が巨大すぎて、体を引き裂いてくるどころかツタ同士の隙間をどうにか大人一人が滑り込めるくらいのサイズに押し広げてくれている。このおかげで体だけでなくスーツも無事で済むのは大変ありがたい。スーツがもし無くなってしまったら―――


「いっつもスーツだけどさあ、今日くらいは俺みたいな格好の方が良かったんじゃないの?」


飛び出たツタに座り、モーガンはすっかり休憩モードだ。無言で差し出された手にサンドイッチを渡す。


「動きやすい生地で出来た特別製ですから心配には及びませんよ。モーガンも着てみますか?」


「いいいい! 絶対やだっ! 俺堅苦しい服はアレルギーなんだよ!」


自分もパウチ取りだして携帯用のスムージーを飲んだ。


「おや残念、似合うと思うのですがね」


ほぼ出番の無かったブレードをいい加減しまおうと腰から引き抜いたその時だった。


「うわ、いって! なっ、なんだあ!?」


突然ツタが動き出し、ツタの上からモーガンが地面に落ちた。引き潮のようにどんどんツタが両脇に干いていき、気づけば大広間までの道ができている。


「なんかめっちゃ罠っぽいけど、どうするよ」


モーガンは尻をさすりながらよろよろと立ち上がり、手に持った残りのサンドイッチを無理やり口に押し込んで完食する。

百年経ったわけでもキスをしたわけでも無い。それにツタがまだ残っているということは『めでたしめでたし』の前段階のアクションのはずだ。

必死に思考を巡らせている最中、直前に引き抜いた私のブレードの切っ先が手持無沙汰に足元を彷徨う。そこであることが思い当たった。


「罠じゃありませんよ、これ…… 段階が進んだんです」


「段階?」


「私のブレードですよ。眠れる森の美女では剣を引き抜いた王子が姫を助けに来るシーンがあるでしょう? 恐らく私が城内、バイターのテリトリー内でブレードを引き抜いたことで物語の段階が進んだんですよ」


「そんなことある!? でも、それだと娘のロゼッタ嬢にキスすればこのデカブツは消えるかもだぜ」


「同意も無しにキスするわけ無いでしょう。いつも通り核を探し出して破壊しますよ」


今回は同意の有無以前の問題だし、私だってキスするモノくらい選びたい。


「見当はついてんの?」


「残念ながらさっばりです」


嘘だ。見当はついている。そして私はできればその見当が外れていて欲しかった。

広間までの道はそれはもう静かなものだった。物陰から様子を伺うように細いツタの先がチロチロと動いていたが、こちらに何かするでもなくただ私達の歩みを見守るだけ。意図の分からぬ動きは不気味だったし、何よりその動きが先日のリコリスキャンディーを思わせて心底不愉快だった。天井に突き刺さった元子供たちが脳裏によぎる。


―――罪人に誰かを救うなんて高尚なこと出来るわけないだろう? なあ、■■


性別の分からぬ、ざらりとした砂のような声。思い出したそれに思わず小さく舌打ちをする。

するとふと、風に乗り薔薇の匂いがした。


「奥の広間の方ですね」


「この前のお菓子の家といい、積極的な子が多いこと」


モーガンが拳銃を抜く。


「隠れられるよりマシです。我々にとっても大事な飯のタネですから」


正面玄関と同様に大きく立派な奥の広間の扉は、全面複雑に入り組んだツタに覆われていた。近づくとパズルを解くようにするするとツタがハケていく。

あからさまなお誘いに不気味さを覚えつつ、ドラゴンの装飾が周りにされたいかにも高級そうなドアノブに手をかけた。

音もなく、大きさの割にいやに呆気なくドアが開く。


「うっ!」


反射的にモーガンが手で口を覆って顔を背ける。たまらず私もハンカチで口を覆った。それほどまでにきつい、人に吐き気を催させるレベルの濃く重く甘い薔薇の匂いが室内に充満していたのだ。《光》と一緒に。

広間の中央にはツタで作られた天蓋によりアップグレードされたベッド。そのベッドから地面を這い放射状に伸びたツタが室内を余すとこなく覆っている。ツタや葉が黒いせいで、部屋は至る所に紅い薔薇が宙に浮いているような異様な空間だった。

もしかしなくても匂いの原因はこれだろう。そして、その強烈な匂いの隙間からロゼッタ嬢の臭いがした。


「あのベッドにロゼッタさんが眠っているとして、他の奴らは一体どこ行ったんだよ」


バイターの匂いのせいでモーガンはロゼッタ嬢の様子に気づいていないらしい。

足元の葉に触れる。ツタとは違いまるで本物の葉のような感触がなんとも不気味だ。花もこうなのだろうか。


「誰も居ませんよ」


「はあ? そんな訳ないだろ。こんだけでかい屋敷だぞ? 使用人の10人や20人」


「だからもう居ないんですよ。ロゼッタ嬢も、誰も」


 ターリア氏の話はずっと違和感があった。ロゼッタ嬢の現在の歳は18歳とのことだったが、話に出てくる姿はそれより幼い印象を受けたのだ。そして、話の中で「絵葉書には毎度返事が来るんだ」と見せられた返事の束は僅かな空白期間を経てからは筆跡がバラバラ。宿に戻ってから調べると、地元紙へ『街の有力者の娘』として僅かながら出ていたのが突然ぱたりと無くなっていた。

そして、案の定絵葉書の空白期間はその地元紙から消えたタイミングと一致していた。


「今回のバイター発生原因は、ロゼッタ嬢が死んだことです」


「あ……?」


不幸なことに仮説は合っていた。

部屋の中心、ロゼッタ嬢の横たわるベッドへと歩み寄る。


「正確には発生の大元と言うべきでしょうか。娘の死を受け入れきれずにターリア氏が葉書を送り続けたことで、ここに『死体永き眠りとターリア氏の希望』というトリガーが揃ってしまった」


死体は元は保護ケースに入っていたのだろう。バイターの根元になったことで保護ケースは粉々になっており、そのせいか、それとも元々だったのか、死体はミイラ化していた。周囲に散らばる紙片から保護ケースの上にターリア氏の葉書が置かれていたことが分かる。


「おい、あんま不用意に近づかない方がいんじゃねえの? それとも何、キスするとか?」


「笑えないですよそれ」


私の後ろから覗き込むようなかたちでモーガンが死体を確認する。


「まさか彼女が核なんてことは無いだろ?」


「バイターを動かせば分かりますよ。構えて」


ロゼッタ嬢の瞼を無理やりこじ開ける。殆ど瞼全体が崩れ去るようにして白く濁った眼球があらわになった。

薄く地鳴りのような音が響き、二人とも後ずさりする。物語の最終段階である『お姫様が目を覚ます』を再現すればにバイターが消えるのではと思ったが、流石に虫が良すぎたようだ。


「もし神様がいたら地獄行きだなお前」


「その時はあなたの指示だと言いますから大丈夫です」


全てのツタが部屋の中央へと集約していくせいで、地面が動いているのかと錯覚してしまう。

ツタは巨大なボールのようになったかと思うと、一瞬で全ての物を薙ぎ倒し部屋いっぱいの大きさにまで膨れ上がった。壁とツタの間で押しつぶされそうになりながらなんとか耐える。腕の中には反射的にかばったモーガンがいるのだ。潰されるわけにはいかない。


「ぐっ……!?」


ツタの力が強まり直感的に潰されることを覚悟した時、部屋の壁が破壊されモーガンごと外側へと倒れ込んだ。ツタが城全体を破壊しているのか轟音が響いている。


「大丈夫ですか!?」


「おかげさまでな」


暴風のような風圧に顔を上げると、頭上には巨大なドラゴンがいた。

あまりにも非日常の光景で脳の処理が追い付かない。慌ててモーガンを助け起こしブレードを構えなおした。


「さっきのツタの塊があれになったようですね」


三階部分まであるはずなのに、今二階にいるはずの我々が空を飛んでいるドラゴンもどきをくっきり補足できている時点で外の状況もお察しだ。


「流石に俺らがどうこうできる規模超えてるだろ」


「そこをどうにかするのが我々の仕事ですよ」


モーガンと協力しつつ、這い出るようにぽっかりと開いた大穴から屋上へと出る。

外の状況把握がしたかったのだが、やはり悲惨な状態だった。壊滅的な外壁の中で生き残っているのは塔が一つ。


「こんな豆鉄砲じゃ小枝一個だって破壊できないぜ」


モーガンが上空で旋回を続けるドラゴンもどきを指差す。


「なら他にできることをするまでですよ」


ブレードを再びベルトに挿し、鞄の中を漁る。取り出したのはワイヤー付きのフック発射装置だ。


「お前の鞄メリーポピンズみてえだな。何なら入ってないんだよ」


「少なくともサンドイッチはもう入ってませんね」


一度館を出て塔に移動するのは時間がかかりすぎる。

塔の丈夫そうなところに狙いを定めてフックを撃ち、もう片方を剥き出しになった三階の柱めがけて投げて巻き付けた。引っ張って確認したが強度は問題無さそうだ。

手際良くの折り畳み式ハンドルを引っかける。


「モーガンはここにいてください。必要になったら援護を頼みます」


コートを脱いでモーガンに預ける。


「えっ、でも」


「モーガンにしか頼めないんです」


「まあ、俺ほどの人間が援護にいるとなればリンデンバウムも心強いだろうしな」


モーガンが一瞬引きつった顔をした気がしたが気のせいだろうか。

ハンドルを使ってワイヤーを滑り下り、窓を蹴破って塔の内部へ侵入する。


「ちょっと切ったか」


指で頬の傷を拭って立ち上がり、上への階段を登る。さっきドラゴンもどきのお腹の辺りに光る物があった。恐らくそれが今回の核だ。

ここで疑問なのが物語の段階について。本来の順番は姫が眠りにつき、城が茨に覆われ、王子が助けにやってきて、ドラゴンと戦い、姫を開放、という流れだ。ドラゴンがおらず膠着(するであろう)状態だったのを動かすためには致し方なかったとはいえ、先に姫であるロゼッタ嬢を起こしてしまったことがどんな結果を生むのか正直不安だ。

屋上に着くなりモーガンに電話を掛ける。


『なんだ? もう俺の助けが必要になった?』


「ええ。だから電話をしました」


『あら…… 意外に素直なのね。んで、何して欲しいの』


「あのデカブツを怒らせてください」


『はいぃ?』


「怒らせてそちらに下りてくるように仕向けてください。私がここから飛び乗って核を破壊します」


『は!? ここからって…… え、まさかそこから!? 馬鹿かお前!?』


どうやらモーガンが屋上の私の姿を捉えたようだ。私からはモーガンは見えないのだが、一応合図するように軽く手を上げる。


「大丈夫です。貴方のところへ辿り着く前に私が対処しますから」


『そういう問題じゃ!』


通話をハンズフリーに切り替える。


「合図したら何でもいいのでそちらに引き付けてください」


『チッ、死んだらぶん殴るぞ脳筋野郎』


「……。 準備は良いですか」


『いつでもどうぞ』


返事は少し不機嫌に聞こえた。旋回の動きを慎重に確認しその時を待つ。


「今です!」


銃声と共にドラゴンもどきの下腹部の薔薇が爆ぜる。咆哮のようなノイズのような声が響き、ドラゴンもどきが高度を下げた。タイミングを逃さぬようすかさずジャンプをし、尾の付け根辺りにブレードを突き立てる。

再び響く声。予想通りモーガンの方へは行かず、私を振り落とすために高度を上げるよう舵を切った。


「大人しく振り落とされるなんて思わないでくださいよっ!」


ピッケルのようにブレードを突き立てつつ徐々に核の方へと進んでいく。突き刺すたびにドラゴンもどきの体はあらゆる方向へ大きく揺れ、空中に投げ出されそうになる。


『よお、メリーポピンズ。鞄の中身ちょっと借りるぜ』


モーガンの声が聞こえたかと思うと、ドラゴンもどきの核が閃光を放った。

巨体が空中分解のように崩れていく。落下地点がちょうどさっき私が撃ったワイヤーの真上だったおかげで、それに掴まって地面にたたきつけられるのを回避できた。モーガンのことだ。これも計算してくれていたのだろう。


「上出来ですねバート殿」


ワイヤーを滑り降りて来たモーガンに体をキャッチされ、今度は私が守られる形で塔の中に転がり込んだ。


「『お前なあっ! お前っ……』」


モーガンは続く言葉を飲み込み、私の体に頭をもたげて深いため息をつく。ハンズフリーをつけっぱなしのせいで声がエコーがかっていた。

モーガンからバイターの匂いはしないし、通話口でそれらしい声や音も無かった。呪いに関しては無事杞憂に終わったようだ。


「モーガン?」


「『……俺は援護なんてガラじゃないからよ』」


そう言って通話を切ると、私の目の前に紐にぶら下がった何かを差し出してきた。


「リンデンバウムの方を援護にしてやった」


よく見ると紐ではなくワイヤーだ。そしてぶら下がっているのは両手に余りそうな程の巨大なバイターの核。

予備のワイヤー付きフックを使ったのか。


「私が援護で心強かったでしょう?」


「ぬかせ」


核から金属製のフックを引っこ抜くと布にくるんで鞄に仕舞う。密閉袋に入りきらないサイズなんていつぶりだろうか。鑑定してみないと詳しいことは言えないが、ざっと半年分の生活費くらいにはなるはずだ。

 改めて塔を出てから確認すると、城の状態は酷いものだった。ベーリングの四つ角に位置していた塔は一つを残してベーリングごと瓦礫に。城本体も我々がいた部屋の辺りを中心にほぼ全壊。隣接の別棟二つもガラスが割れていたり壁にひびが入っている。きっと思い出が詰まった場所だろうし、なるべく綺麗な状態で渡してあげたかった。

 

***



 帰りの飛行機の中手記を更新する。モーガンはアイマスクをして離陸直後からぐっすり眠っていおり、飛行機が苦手な私はそれが羨ましかった。


「彼に毛布を。風邪でもひかれたら困りますから」


「かしこまりました」


 結論から言うと事後報告は案外あっさりしたものだった。

報告書と一緒にロゼッタ嬢が抱えていた『眠れる森の美女』の本を手渡すと、ターリア氏はただ一言「ありがとう」とだけ呟いて泣いていた。暴れることも、ロゼッタ嬢の死を再否定することもなく、ただ静かに噛みしめるような涙を流していた。


「彼も、終わらせたかったのかもしれませんね……」


 多少年月があったとはいえ、あれだけのサイズのバイターになるには相当な量の《光》がいる。前回の事件が後味の悪いトリガーだったのもあって、今回は悲しいがより一層綺麗なトリガーに感じられた。

 後に警察の知人伝手で聞いた話によると、城からは失踪届が出ていた従業員達が無傷で発見されたらしい。どういうわけか全身麻酔のような状態で、時間はかかるが命に別状は無いそうだ。ターリア氏にとってそれがせめてもの救いになるといいのだが。

 この日私は初めて飛行機でぐっすりと眠り、懐かしい夢を見た。夢の内容は思い出せなくても、懐かしくてあったかい感覚だけで私には十二分の幸福だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

SとN 花晨深槻 @seloli

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ