第4話 不可視の導火線
「卒業旅行?」
「そ。これから会える日も減るんだから、思い出作ろうぜ?」
それ自体は素晴らしい提案なのだが、受験直前でささくれだった教室内で声のトーンも変えずにこの話題を出すあたり、やはりこの友人は生まれつきの強者だな、と杏介は再認識する。
「良いけど、いつ行くんだ?」
「ん~、明日?」
「はあ!!???」
あまりにも突拍子のない桐斗の提案に、思わず大声を出してしまう。
周囲からの視線を感じて杏介は慌てて口を押え、声を潜めて桐斗をたしなめる。
「急すぎだろ。なんで明日なんだよ。」
「理由はいくつかあるぞ。1つめは、明日から大型連休に入る事。なんせ今年は11連休だからな。2つめは、年度末だとどこに行くにも同じような奴らで混み合う事。ただ、俺にとっては3つめがデカい。何かわかるか?」
桐斗はこういうところがある。
頭が良いからなのか、相手の想像力を試すような事を好むのだ。
「知るかよ。早く話せ。」
「はあ。杏介は面白味に欠けるな。まあいいか。なんと!明日からなら、林檎ちゃんが一緒についてきてくれるんだ!!」
「は?林檎?」
ガタッ!!
林檎、というフレーズが出たあたりで、クラスメイトの杏介たちへの関心がより強くなった。
「ねえ、今林檎ちゃんの名前出てなかった?」
「出てた出てた!そういえば、中田君達って林檎ちゃんと仲良かったよね?」
「え、もしかしてさっき言ってた旅行って…」
ざわつき程度だったのが、徐々に熱を帯びていく。
「さて桐斗!そろそろ明日の詳細詰めないとな!」
「お。ようやくその気になってくれたか?」
「よし、行くぞ!」
「あ、ちょっと待てよ!!」
一方的に言い放って教室を出ていく杏介に、慌てて付き従う桐斗。
教室を出てからも早歩きで進んでいく杏介に桐斗は追いすがるが、わき目も振らずに下足に履き替えた杏介は、そのまま校舎から出ていく。
そのまま校門から出て行ってしまいそうな勢いであったが、突如桐斗の方を振り返ったかと思うと、杏介はいきなり桐斗の制服の襟元を掴んで校舎裏へとずんずん歩んでいった。
「きょ、杏介、くるしい…」
「…お前、どういうつもりだ?」
ようやく歩みを止めた杏介の声は、桐斗ですらほとんど聞いた事のない程にドスのきいたトーンだった。
「それは…」
「あんなとこで林檎の名前だしたらどうなるかぐらいわかんねえのか?あ?」
杏介と付き合いの長い桐斗でも、このスイッチの入った杏介には太刀打ちできない。
素直に表情を変え、両手を上げて降参した。
「悪かった。軽率だった。」
「俺に謝ってもしょうがねえだろ。ったく、お前は賢いくせに頭悪いよな。」
「ハハッ、そう言ってくれるのは杏介だけだよ。」
誰がどう見ても悪口を言われたにもかかわらず、桐斗はなぜか嬉しそうにしていた。
「褒めてねえよ。」
「人によって喜ぶポイントは様々って事だよ。」
「…まあいい。で?林檎も忙しいんじゃねえのか?良くアポ取れたな。」
「だから、人によって喜ぶポイントは様々なんだよ。」
意味深な桐斗の言葉に首を傾げつつ、杏介は脳内で姉のゆりかにどう旅行の事を切り出すかをシミュレーションし始めるのであった。
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