第3話 ひょんなところに

「杏介ー!私先に行くからねー!!」


「おお。気をつけてな、姉ちゃん。」


杏介と姉のえりかは訳あって二人暮らしをしている。


えりかは今年で21歳の大学生。今年高3になった杏介の3歳年上である。


【推奨出発時間まで、10分を切りました。本日は整髪の時間を省略する事をお勧めします。】


「うるっせえ!ロックンローラーが前髪垂らしてちゃカッコつかねえだろうが!!」


これが小野家の日常。


都心からは少し離れたところに建つ、何の変哲もない一戸建て住宅。


そこで杏介とえりかは二人で暮らしているのであった。




***




先日の台風の爪痕なのか、落ち葉が散らばるコンクリートの坂道を杏介はゆっくり、あたりを見渡しながら上っていく。


「あーあ、なんかその辺に世界の秘密でも落ちてねえかな。」


「あるわけねえだろ、バカタレ。」


自分で思っていたよりも杏介の独り言は大きかったようだ。


少し先の校門のあたりから、低い男性の声が聞こえてきた。


「オーウェルか。はあ。校門前でタバコとか何考えてんだよ。」


「洒落たあだなつけんじゃねえよ。ジョージ・オーウェルとかいつの時代の話してやがんだ。」


歳の頃は30代後半ぐらいだろうか。


締まった体つきだがボサボサの髪に伸びた髭、ジャージ姿で無表情のまま紫煙をくゆらせるその様子は、どこからどう見ても教育者とは思えない。


しかしこれで生徒・保護者から絶大な信頼を寄せられているのだから、不思議なものだ。


「急がないと遅刻だぞ。俺もこの一本を吸い終わったら教室に向かう。」


「へっ、お陰でゆっくり教室向かっても遅刻にはなんねえ事がわかったよ。じゃあな、駒セン。」


杏介の態度は明らかに行き過ぎであったが、その男の無表情は崩れない。


タバコの煙を大きく吸い込み、空に向かってゆっくり吐くと、杏介の後ろ姿を見ながら小さな声で言った。


「……世界の秘密はそんな所に落ちていないよ、小野……」




***




「なあなあ、杏介!」


「痛てっ!桐斗、お前なにしやがる!?」


放課後の教室。


同級生たちは受験勉強に追われて慌ただしく出ていく者も多い中、高卒で働き始める予定の杏介の元へ、すでに推薦で進学先が決まっている桐斗が突如現れて力強く肩を組んできた。


受験を控えたこのクラスで、元々疎まれている杏介と進学先が決定している桐斗。


周囲の視線が刺さる。


「そんな怒んなよー。お前にまで邪険にされたら、流石の俺でもメンタル持たないぞー?」


「お前力強えんだから手加減しろよ!肩組まれただけで意識飛びそうになるってどういう事だよ!!」


どんどんヒートアップしていく杏介。


「まあいいだろ、マイブラザー。しかしここは空気が淀んでんな。」


そう言いながら、大きな瞳を細くしながら周囲をぐるっと見渡した。


流石は生徒会長。それだけで、先ほどまでの刺々しかった雰囲気が柔らかくなったと杏介も感じざるを得なかった。


「で、なんだよ?」


しかしそんな事をありのまま伝えられるほど器用なタイプではない杏介は、強引に話を戻した。


「あ、そうそう。急な話なんだけど、一緒に卒業旅行行かね?」


「あ?」

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