13 Solution

 十月に入って蝉は鳴かなくなったが、京都は残暑が続いていた。


「みっちゃん、おめでとう!」


 アイ探偵事務所の扉をミツルが開けた途端、待ち構えていたカズがクラッカーを三つまとめて鳴らした。

 派手な音が事務所内に鳴り響き、紙テープが飛ぶ。


「うわっ!」


 予想していなかった出迎えに、満は思わずのけぞった。


「おめでとうって!?」

タカハシロウさん、釈放されたんですよね。おめでとうございます」


 エイが笑顔を浮かべて告げる。


「あ、あぁ! 今朝釈放されたところなんだが、情報が早いな」


 満は今朝高橋が拘留されているシン署まで家族の代理で弁護士と一緒に迎えに行き、様々な手続きを手伝って自宅まで送ってきたところだった。

 アイ探偵事務所には午後に顔を出すとだけ伝えてあった。

 イワリク殺害事件に関して、高橋の容疑は晴れた。

 K大学医学部大学院の学生が、何者かに岩田陸の殺害を依頼したと警察に語り、十日ほどの裏付け捜査によって高橋は嫌疑不十分となったのだ。

 メディアでは高橋に対する誤認逮捕と、大学院生が殺害を依頼した相手、そして岩田陸という人物の恐喝行為について連日報道している。

 10008ヨロズヤの名前はまだメディアでは伝えられていないが、ネット上では実行犯として10008の名前を挙げている者もいる。

 大学院生は都警察に出頭したわけではなく、下京区にある百貨店で万引きをして捕まった。そこで万引きの動機を聞かれ、様々な日々のストレスが重なって万引きを繰り返していたという話から岩田に万引きの現場を盗撮されて脅されていたこと、金銭を要求されたが支払えないためにSNSで助けを求めるメッセージを投稿したところ都市伝説として名前を聞いたことがある存在から殺人を請け負うという連絡があったこと、岩田は死んだが今度は殺人を依頼した相手から料金を請求されたが支払えず、どうすれば良いかわからずに一人で悩んでいるうちに万引きをしてしまっていたのだ、と語ったらしい。

 満に大学院生が逮捕されたことを報せてくれたのは、警察学校時代の同期で現在は新都署の刑事部にいる巡査部長だった。満のアパートまでビールとつまみを手土産に押しかけてきて、ちょっと変な奴を逮捕したんだけどさぁ、と酔った勢いを装ってべらべらと喋ったのだ。この巡査部長は大学院生のことを「新手のSNS詐欺にひっかかった奴」と言っていた。

 確かに、都市伝説として語られる存在がSNS上に現れても、それはかたりだと考えるのがほとんどだ。

 大学院生は最初窃盗犯として逮捕されたが、いったん保釈された。ところが二日後になって任意同行で新都署に呼ばれ、四ツ坂マンション殺人事件の関係者として事情を聴かれることになったのだ。

 都警察が10008を実在の犯罪組織として認知したのかは不明だが、大学院生の証言により高橋吾郎は犯人ではなくなった。

 ただ、事件が大きく動いたのは大学院生の証言だけではないはずだ。

 都警察の捜査本部でなにがあったのかは、満の知るところではない。


「ひとまずは、みっちゃんの目的は達成されたね」

「目的?」

「高橋さんが無実だってことを都警にわからせるってこと」


 一哉に言われて、満は数秒迷ったものの頷いた。

 高橋が四ツ坂マンション殺人事件の犯人として逮捕されたという現実は変わらないし、失職して無収入となり、他にも様々なものを失っている。

 それでも、高橋が岩田陸を殺していないことを都警察に認めさせるという退職時の目的を、満は成し遂げることができたのだ。


「満さんのおかげで、アイの目的も達成されました」


 英知は市松人形のアイに黒い魔女の帽子をかぶせながら告げた。

 どうやらハロウィン仕様のようだが、着物姿の童女に魔女の帽子という英知のセンスが満には理解できなかった。


「アイの目的?」

「10008に対する最初の挨拶、もしくは宣戦布告です」

「なんだ、それは? 10008に喧嘩でもふっかけるのか?」

「そんなものです」


 英知は魔女の帽子の角度をなんども変えながら答える。


「なんのために?」


 満が尋ねると、英知は黙って微笑んだ。


「なんでかは知らないけどさ」


 一哉が相変わらずあっけらかんとした口調で告げる。


「アイがそうしたいって言うんだから、助手の僕たちは手伝うだけだよ」

「AIには意志はないはずでは?」

「AIには意志はないけど、アイには目的があるんだよ。多分!」

「……言ってることがまったくわからへんのやけど」


 満は思わず独り言を声に出して呟いてしまった。


「打倒、10008!」


 一哉がやけに高いテンションで叫ぶ。


「ま、これからも助手としてよろしくお願いしますね。満さん」

「一緒に頑張ろう! みっちゃん!」


 英知と一哉が口々に告げる。


「あ……はい。よろしく」


 AI探偵に目的や目標があること自体が信じられなかったが、満は二人の有無を言わせぬ態度に気圧されつつ頷いた。


「あ、ところでこの事務所の所長ってまだ会ったことがないんだが」


 本格的にアイ探偵事務所で働くなら挨拶が必要だろう、と満は思った。ここに出入りするようになって一ヶ月になるが、まだ所長に会ったことがなかった。


「所長? めったに事務所に顔を出さないよ。僕もウェブ面接で話しただけで、直接会ったことはないんだ」


 一哉がさらりと答える。


「は?」

「所長は小笠原諸島の父島で農業をしています。兼業で探偵事務所の所長をしているんです」


 英知が補足説明する。


「……兼業?」

「小笠原でコーヒーとバナナの農園をやってるんだ。時々コーヒーとバナナを送ってくれるよ」


 兼業で探偵事務所の所長が務まるものだろうか、と満は首を傾げたが、考えるのは止めにした。

 アイ探偵事務所のかなめは、AI探偵のアイなのだから。

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AI探偵アイの挨拶 紫藤市 @shidoichi

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