第2話 ちーとの世界
私たちの人生が変わり始めたのは、それは、たったの一言からだった。
高校1年生のとき、私はちーと出会った。ちーというのはあだ名で、本名は、佐伯ちひろ(サエキ チヒロ)という名だ。ひょんなことをきっかけに仲良くなり、そこから高校2年、3年と偶然にも同じクラスになった。
高校2年に上がった頃、仲良くしていたもうひとりの友達が、中華屋『崋鴬(カオウ)』でのバイトを紹介してくれたのだ。私とちーは二つ返事でそのバイト先に入ることにしたのだ。時給も悪くないうえに、新人同士でも一緒に働けるという好条件だったからだ。入って間もない頃は、友達がいることが心強く感じ、よくシフトを合わせて入れていた。段々と職場の雰囲気にも溶け込めるようになると、お互い好きな時間に入れることが増えていった。
時は過ぎ、私たちは無事、高校を卒業した。私は、大学への進学が決まり、ちーは、なんとなく憧れていた、アパレルの販売員へ就職した。
実家暮らしの私は、電車を乗り継ぎ、一時間かけて大学へ通学することになった。新しいバイト先を見つけるのも億劫に感じた私は、実家や大学からも交通便は悪いが、居心地のいい崋鴬でバイトを継続することを決めたのだ。この店を紹介してくれた友達も、ちーも就職してしまったため、私はひとり取り残されたが、仲のいい先輩や新しく入ってきた後輩もでき、楽しく働けていた。
大学生活にも慣れてきた頃、それは崋鴬に勤務中のことだった。店長から朗報が届いた。
「ねぇ、柚羽ちゃん。ちひろちゃんから久しぶりにラインがきたんだけど、仕事やめたんだって」
店長は、普段からバイトにも優しく、暇さえあれば、雑談をしてくる。結婚していて、たまに店に奥さんが顔を出すが、中々の美人だ。店長の物腰の柔らかい性格がきっと結婚の決め手になったのだろう。
「え!嘘でしょう!まだ、半年くらいしか経ってませんよ。早過ぎませんか?あれ……、ていうか、私には連絡来てないんですけど」
私は、新規で入店してきたお客さんにちょうどビールを提供し終えたあとのことだった。店長はキッチンで料理長のアシストをしながら、お客さんが増えれば、ホールに出てきて接客をしている。今はオーダー待ちということもあって、店長はホールに出てきて私に話しかけてきたのだ。
「そうだねぇ。まぁ、楽観的な性格だから大丈夫だとは思うんだけど、心配だねぇ。でも、いい知らせがあるよ」
店長は顔を少しニヤつかせ、勿体ぶっている。私は顔を傾け、早く言ってと言わんばかりの表情を見せた。
「またうちで働かせてもらえませんか?って。もちろん、ちひろちゃんなら大歓迎って返信したよ」
「えぇ… …! 本当ですか! また一緒に働けるのは嬉しい、けどなんか複雑ですね。せっかく入社できて、それなりにやりがいの仕事を見つけたって喜んでいたので」
「うん。まぁ、彼女なりに考えることがあったんじゃないかな。ここは休憩所みたいに使ってもらっていいから、しばらくここで休んで、また新しく何かを見つけてもらえれば俺はそれでいいよ。もちろんしっかり働いてもらうけどね」
店長は笑いながら、キッチンの方へ下がっていった。その後ろ姿を横目で見ようと思った矢先に私は、新規のお客さんに呼ばれたのだった。
ひとりぼっちの23才 樹璃 @zyu_ri
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