空の下の人形へ

阿房饅頭

空の下の人形へ

 空の下、何もない空の下。そこに人形があった。男のような女の子のような。よくわからない空色の目をした人形を「私」は拾った。

「君は誰?」

 人形は小さな体に人間のような心を持った高性能な人形だった。機械仕掛けのアダム? イヴ? そんなわけがない。こんな人形は空の下で拾うことがすぐにできてしまう。誰かが捨ててしまうのだから。とても簡単に、残酷に。

 滑らかなAIで喋る人形は空の下で泣いていた「私」に問いかけてくる。

「さて、何という名前でしょうか」

「わからないよう。そうだ、ソラにしようか」

 人形がそんなことを言ってくる。なんて頭の良い人形なんだ。機械仕掛けでありながら、見た目は黒目の少年のような少女のような姿をしていて、小さな子供でしかないのに。


「ソラね。なんかそれでいいよ」


 「私」はなんとなく、ソラという言葉の響きが気持ちよくて、ソラになった。

 川のせせらぎときれいな空と同じ青。きれいなきれいな青。


 そうして、空の下の人形とソラのやり取りが始まる。

 ただソラは帰らなくてはならない。人形は持っていくことができない。

 クオリアがある機械仕掛けの人形は持っていけないと、ソラのお母さんが言っていたからだ。とても強く。


「寂しいね。ソラ。僕はとっても寂しいよ」


 ある日、橋の下。空と川のせせらぎが見える場所で機械仕掛けの人形と話すソラのひと時。切なく響くソラの心を打つ人形の言葉。でも、ソラは首を振る。


「でも、怒られちゃうから。お母さんに。もしかしたら捨てられちゃうかもしれないんだ。だから、駄目なんだよ。本当は君と会うことさえ、秘密なんだ」

 どうして、と人形はいうのだけれども、ソラはその口をふさぐように人差し指を人形の唇に当てる。

 ソラとしてはやりたくないことだけれども、本当にやりたくないことだけれど、言わなくてはいけないことを告げる。


「私はソラで君は人形だから」


 それがどれだけ残酷かはよくわかっている。けれども、ソラはあえて伝えることにした。お母さんは怖いから。でも、ソラを愛してくれているのは本当だ。

 見上げた空はとても美しく、まるでお母さんのようだ。だから、機械仕掛けの人形と話してもいいだろう。お母さんは許してくれるだろう。空の懐のように深いお母さんなら。


 そんな幸せは続かなかった。


「*****! なぜ、そんな人形を持っている!」


 ある時、ソラを見つけた男がソラにそんなことを言ってきたのだ。

 ソラは耳をふさぎたかった。けれどもソラにはそんなものはない。

 そして、男はソラの人らしからぬ、空色の髪を掴み、言葉にならない罵声を浴びせかけてきた。

 ソラは空色の瞳を持った人形を守るためにぎゅっと人形を腕に抱え込む。


「だって、私は心を持った人形だから」

「だからこそ、心を持った戦争をしているあの国てきこくのの人形と心のつながりを見せた。隙を見せた! この国のことを教えた! それがどれだけほかの人を殺したかわからないのか! この人の体に似せた機械人形が!」

 ソラは心を持たぬ人形だった。なぜなら、心を持った人形は敵の兵器であり、裏切るための人形だから。

 髪が青く、つぎはぎだらけ。空色の瞳の心のある小さな人形とは違い、機械人形にしか見えないソラ。


 そのソラの後ろにはソラと少し違うような人形が転がっていて、無表情に無機質な顔をして、動かなくなっている。山のような、ソラすくらっぷの塊。


 その原因となっている機械仕掛けの人形は何も知らない。だって、何も知らされていないだけで、敵に情報を流す本能を渡された愚かな人間の指向性を持たされているから。

 何事もなければ、心を持った愛玩動物にでもなれる人形。けれども、今はただの道具――裏切りの人形。


 だから、こそ、人の心やさしいクオリアを持つ機械人形を作り、隙を作る。


「お前はスクラップだ! お前もだ!」

「でも、それじゃあ、憎しみしか生まない」

「わかっている! けれども今は憎しみを作らせているのはあいつらだ。その人形の国だ」


 そうして、敵国は侵略のためにソラの国の空を真っ黒にしていく。

 人形と人形ソラはスクラップにされた。


 空は青い中、ソラの慣れの果てと心のある人形の慣れの果てが見せしめのようにゴミ捨て場に捨てられた。


                *

     

 ソラを作ったお母さんである科学者はむせび泣く。ゴミ捨て場で泣き続けた。謝り続けた。申し訳ないと叫び続けた。どうしてと心の中で雄たけびを上げた。


「ごめんなさい。何で、こんなことになったの! 科学技術の発展がどれだけ世界に寄与して、あなただって、そんな一人だったのに、殺人人形にして、最後にはスクラップになるなんて! 何もできなくてごめんなさい!」


 空の下の人形への嘆きは終わらず。

 ただただ、空の下で人形たちが清掃を続けていた。科学者を見てもそれは人間であるということを認識するだけで、誰も反応しない。

 世界は便利になった。人はそれほど苦労せず、暮らすことができた。長寿化もできたし、ロボットという人形がある程度発達し、便利になった。

 最後にはクオリアを獲得したのだ。そうして、何かが壊れていったという人間もいて、宇宙に飛び出した人間もいて、世界は自由になった。


けれども、人間は人間同士で争うことはやめなかった。


でも、そうして空の下の人々は生きていく。

空は青く、何も語らず。スクラップとして人形は捨てられ、いつしか、再度利用されていく。


「今度、君が生まれたときには空の下で笑えればいいのにね」


 空の下の人形へ語る科学者が語る言葉は何とむなしいことか。

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