結局愛が無いと人は生きていけないってハナシ

もかふ

結局愛が無いと人は生きていけないってハナシ

 なんのことはない退屈な18年だった。退屈なことに気づいていなかっただけで、退屈な18年だった。僕はそのなんのことはない18年の、特に直近の3年間の退屈を思い返しつつ、駅のベンチに座っている。高校3年、3月の夕暮れ。いつも教室に少しだけ残る僕にとって何も珍しくない、オレンジの刺すありきたりな夕暮れ。暗転したスマートフォンには校則に忠実な髪型の僕が写っていた。


 かねてよりずっとクラスの日陰者として生きてきた。陽の当たらないところにいたというだけで学生生活は割と楽しんだ方だと思う。楽しんだ方だと思っていた。夏は生ぬるい風が頬を撫で、冬は冷気がただ肌を刺す日陰。なんのことはなく、僕は全部を諦めてそこで退屈を謳歌した。何度も日向の太陽を夢見ながら、僕は結局太陽の眩しさから目を覆っていた。

 僕は校則を破る勇気もないから、日向に行くのをやめた。僕は素直になる勇気もないから、斜に構えて日向に興味を持たないふりをした。僕は嫌われる勇気もないから、陽の光に嫌われない道を選んだ。

 好きな子がいた。当然美少女だ。美少女だから好きだった。退屈な人間が退屈な理由で人を好きになっただけの話。だから結局好きなだけで終わった。僕は人の心を奪うような勇気を持ち合わせていなかった。当たり前。結局僕は僕の中の臆病の奴隷だった。それでも、退屈を退屈だと思わない僕にとって、退屈というぬるま湯は心地よかった。


 電車が通過した。いつのまにか陽が落ちている。視界の端に、ファミレスにでも溜まっていたのであろう集団が写っている。ふと、ボーっとそれを見て、すぐに目を離した。ああ、僕はどれだけ後悔しても臆病の縄にがんじがらめにされて動けない烏なんだろう。飛ぼうと思えばいつでもその縄を解き放って飛べるのに、臆病が故に動けない。バーカ。バーカ。繰り返し呟いた。お前に起死回生なんてないよ。卑屈に呟いた。


 ああ、告白すれば良かった! この気持ちをブン投げてしまえばよかった! ブン投げてしまえばいいのさ。そんなことにも気付けない僕に反吐が出るね。でも僕の羽は縄で繋がれているから。僕はその縄に引かれるように立ち上がって、視界の端にいる好きな子がの元へ足を出した。どうせ高校生の僕の命はあと3日だ。今死ぬのも3日後に死ぬのも変わりはしない。僕を縛る縄は僕にそう語りかけた。


 訝しげな視線の槍が僕の動きを鈍らせる。陽が落ちてしまえば日陰も日向も無いと自分に言い聞かせる。僕はまっすぐ歩みを進める。僕の異様な姿に誰もが後ずさる。肌に苔でも生えてたかな。僕はそのまま好きな子の前に立って口を朧げに動かした。僕には勇気がないから。


 だから、僕は彼女を線路に突き飛ばした。初めから糸人形だっただけだ。僕には恥を背負う勇気なんてない。臆病者は臆病者。僕は好きな人にどうでもいい以上の悪感情を抱かせたくなかった。電車が通り過ぎる。唖然とする人々を見ることもなく立っている。なんのことはない退屈な18年が終わった。なんのことはない退屈な日々はこれからも続く。形が変わろうと続く。僕の翼の腕は器用じゃないから縄なんて解けない。だから、僕は日陰で、誰にも気づかれずに壊死していくだけなんだ。




 

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結局愛が無いと人は生きていけないってハナシ もかふ @hayakae

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