第4話復活転移〈リスポーン〉

 目を覚ましたリンシャは辺りを見回す。


「ここって……」


「ヴァロームの遺跡」


 イツキはリンシャに答えた。


「俺にとっては惨殺されたっていう苦い思い出しかない場所だな」


 イツキには元々、その時の記憶はなかった。

 それはリンシャを通じて得た記憶だ。


「って、貴方喋れたの!?」


 リンシャは驚く。

 イツキが今使っている言葉は、日本語ではなくこの世界の言語である。

 彼はリンシャの記憶から、言語という知識を習得していた。

 ゆえに、母国語のように話せる訳ではなかったが、熟達した第二言語として難なく使用できていた。


「多分俺、今お前の知ってることなら全部知ってる気がする」


 リンシャは頭にハテナを浮かべている。

 イツキは自分でも常識外のことを言っていると思った。


「貴方が何を言ってるのか分からないけど、話が通じるなら聞きたかったことがあるの」


「ああ、何となく分かるよ」


「貴方は本当に世界を混沌に導く魔王なの?」


「俺は——」


 魔王じゃない。

 そう返そうとした時、それまで居ないと思っていた第三者が介入した。


「やはり、貴方様が6人目の魔王なのですね」


 その声は柔らかく落ち着いた女性のものだった。

 地下遺跡は暗く、設置された周囲の松明がなければ何も見えなかっただろう。

 イツキとリンシャの2人はその光に照らされ、互いを視認出来ていた。


「魔王様、貴方をお待ちしておりました」


 突如として暗闇から現れたその女性は、まさに修道女のような格好をしていた。

 その容姿は、綺麗な銀髪で左眼が隠され、ミステリアスな雰囲気を漂わせていた。

 歳はイツキとさして変わらないように見えた。


「お召し物をご用意しております」


 そう言って、シスターは地面に膝をつき、衣服を持った両手をイツキの前に差し出した。


 イツキは今の自分の格好を再確認するように視線を落とす。

 幸い、男として大事な部分は布一枚に隠されていたが、それだけだった。


「あ、ありがとう……。でも俺、魔王じゃ——」


 イツキが気恥ずかしさを感じていると、リンシャが割って入った。


「ちょっと貴方、どこの国の人間?

 珍しい格好をしてるみたいだけど」


 リンシャは剣の柄を握り敵意を向ける。


「お、おいリンシャ、落ち着けよ!

 敵じゃないみたいだし!」


 イツキは焦りながらリンシャを止める。

 

「剣を向けるのですか?」


 修道女は尚も落ち着いていた。


「私は魔王様の特異な力を、この身を持って知りたいだけに過ぎないのです」


 修道女はイツキのことを魔王だと認識しているようだった。

 外見だけでも普通の人間なのに、なぜそんな誤解をするのか、とイツキは思いつつ、彼女の話を聞いた。


「魔王様ご自身がそれを拒まれるのなら、潔くこの身を引きましょう。ですが、付き添いのお方の言葉などに、耳を貸す道理はございません」


「ちょ、ちょっと!」


 修道女は恐れることなく剣柄を握ったままのリンシャを振り払う。


「申し遅れました。私はヴィナ・カトラーヴァ。神に支える身でありながら、神の探究者として世界中を旅しております。魔王様のその御力を一度この身を持って体験させて頂きたく——」


 かしこまった態度の彼女に、イツキはようやく誤解を解こうと彼女の話に口を挟む。


「期待してもらってるとこ悪いんだけど、俺、魔王じゃないんだよな……」


 その言葉を聞いても、修道女の態度は変わらなかった。


「呼び名など何でも良いのです。

 貴方様が、今ここにこうして現れた。それこそが、私が求めていた『六極の魔王』の御力の証なのですから」


「チカラ……?」


 イツキは何のことを言っているのか分からなかった。

 リンシャの記憶を合わせても、それらしい情報はない。

 リンシャから得られた『六極の魔王』に関しての知識といえば、世界を混沌に陥れるという御伽話程度だ。


 修道女は待ち望んでいたかのようにその言葉を告げた。


「——空間転移テレポート


「て、てれぽーと?」


「はい、遠く離れた場所へと一瞬にして移動する。

 まさに神の御技です!」


 テレポート、

 瞬間移動?


「そうだ、俺たち、気づいたらここにいたよな?」


 イツキはリンシャに問う。


「う、うん。そうだね」


「お前が俺をここに連れてきた訳じゃないよな?」


「むしろ私が聞きたいくらい」


 イツキはこれまでに起きた出来事を整理する。


 まず最初、イツキの肉体はルナリス王国の兵の手によって幾度となく殺され、その度に復活を繰り返した。場所はここ、『ヴァロームの棺前』。

 次に、牢獄の中で、イツキは脱水症状で死の淵に追い込まれた。

 そして、死んだと思っていたイツキは、再びここ『ヴァロームの棺前』で意識を取り戻した。


 ——復活転移リスポーンか。


 イツキは自分に起きていることを理解した。


 リスポーン地点は『ヴァロームの棺前』。

 修道女の言っていることは正しかった。

 イツキには、空間を転移する力が宿っていた。

 だが、そのためにはイツキの肉体が死を迎える必要がある。


 修道女自身がそれを認識しているかは分からない。

 しかし、万が一彼女がそれを知っていた場合、自分の願望を叶えるためにイツキを”殺す”ことは十分考えられた。


「テレポートなんて、ある訳ないだろ、ハハ……」


 修道女の銀髪から覗く無気力な視線がリンシャへと向いた。


「その女には許したのですよね?」


「な、なんなのよ……」


 不気味な視線に、リンシャは狼狽える。


「私がこの女よりも使えることを証明すれば、私も魔王様に相応しいと認めて頂けるでしょうか?」


 修道女は両手を修道服の中へ潜り込ませ、


「——速度上昇ヘイスト


 小さく呪文を唱えた。


 ヘイストは体感時間を10%増加させる支援魔法の一種。

 現実世界の10秒が、対象者にとっての11秒になる。

 その結果、魔法バフを付与された彼女の移動速度は1.1倍となった。


「恨まないでくださいね、付き添いのお方」


「急になんなのっ!」


 警戒を怠っていたリンシャは、焦るように抜刀する。

 修道女の右手と左手、それぞれに握られていたのは、瞬時に修道服から取り出した銀色の短剣ダガーだった。


 女は俊敏な動きでリンシャへの距離を詰め、そして——。


「ひゃひっ!」


 ……転んだ。


 修道女はリンシャへと斬りかかるあと一歩のところで、残念にも修道服の裾を踏み、バランスを崩し、転んでいた。


「えっと、大丈夫?」


 リンシャは呆れ混じりに修道女の身を案じる。

 修道女はその顔面を地面へと強く打ち付け、鼻から血を流していた。


「や、やりますね、付き添いのお方」


「いや、私何もしてないんだけど……」


 そのやり取りを見ていたイツキは、修道女がさほど脅威ではないと認識した。

 そして、テレポートのトリガーが『死』であることも、彼女は分かっていないだろうと。

 そのことを踏まえて、イツキは答えを出した。


「分かったよ、えっと、シスターさん——」


「ヴィナとお呼びください」


「ヴィナ、君は俺の敵じゃないってことでいいんだよな?」


「はい、もちろんです、神の御力を持つ貴方様」


「俺の力……テレポートはそう簡単に使えるものじゃないんだ。もし君がテレポートを体験したいなら、俺の仲間にならないか?」


「仲間……」


「俺と一緒にいたら、この力を使う時がくるかもしれない。君にも好都合だろ?」


「はい……」


「ご、ごめん、嫌だったかな」


「申し訳ございません。

 あまりの嬉しさについ涙が……」


 ヴィナは涙を流していた。


 それを見ていたリンシャは、自分は一体何を見せられているのだろうかと思った。

 そしてそれと同時に、イツキへの問いの答えがまだ得られていないことを思い出し、そのことを問い正した。


「あのさ、結局貴方は魔王なの? 魔王じゃないの?」


「俺は魔王じゃ……

 いや、多分俺は魔王なんだろうな」


 イツキは答えた。

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六極の魔王 〜元ひきこもり大学生、生きるために一から魔法を学びます〜 傷月維章 @Kizutsuki_Isho

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