第3話リンシャ・オズレイの記憶

 夢か現実か、自分が誰かもはっきりしない感覚に

 イツキは戸惑う。


 自分は誰なのか。

 ここはどこなのか。

 はっきりしない。


 ふと目の前から声がした。


『どうしたの? リンシャ』


 俯く視線を上げると、そこには食事を嗜む女性の姿があった。


 ——これは……?


『お母さま……』


 ——これは、誰の記憶だ?


『お母さま、私、7歳を迎えるのが怖いです』


 イツキは、これがであるとすぐに理解した。


『心配ないわ、リンシャ。

 お前は私とあの人の娘だもの』


 そのとは、『リンシャ』という名前の少女だということも。


 これはリンシャが6歳の頃の記憶。


 彼女の祖国『ラドミラ公国』は魔術師の国。


 そこでは7歳を迎えると魔法適正試験が行われる。

 水晶に手をかざした際、魔力の性質に応じて色が変化するというものだ。


 魔法適正があるものは国立学校に迎えられ、その能力に応じて個人に爵位が与えられる。

 しかし適正がなければ、貴族としての道はない。

 庶民として一生を終えるか、貴族になれるかの分岐点。


『お母様、もしも私に魔法の適正がなかったら……』


(それでも私は今のように愛して頂けるのでしょうか?)


 リンシャはそんな不安を抱えていた。


 魔法適正はその8割が遺伝で決まる。

 ゆえに庶民の子どもは魔法の才に恵まれず、貴族の子は優秀な魔術師となる。

 リンシャの一家、オズレイ家は例外なく上級貴族の爵位を与えられる優秀な魔術師の血筋であった。


 だが逆に、それが彼女にとってプレッシャーになっていた。


『貴方に魔法の才能がないなんて、そんなわけないでしょう? そんなことあり得ないわ』


 そんな母の言葉がリンシャには毒だった。


 ※※※


『そんな……』


 これはリンシャが7歳になった時の記憶。


 聖堂にて魔法適正試験が行われた。


『リンシャ・オズレイ、魔法の才なし』


 手をかざした水晶に変化は起きなかった。

 リンシャは貴族になれなかった。


 ※※※


『一体どうなっている!?

 私とお前の子ではないのか!?』


 リンシャの父は母を激しく責め立てた。


 あり得ない。

 優秀な血を継いでいる自分の子どもに、魔法適正がないなんて。


 ゆえにリンシャの父はこう結論づけた。


 ——これは自分の子ではない。


『お前は何がしたいんだ!

 私とあの人の関係をめちゃくちゃにした悪魔め!』


 リンシャの母は自分の娘が水晶に魔力を込めなかったのだと思った。


 娘は言っていた。

『もしも自分に魔法適正がなかったら』と。

 そのもしもを演じたのだ。


 私はいつも『お前ならできる』と諭した。

 私はお前を信じていたのに。

 母として、信じてあげていたのに。

 それを裏切られた。


 きっとお前は、裏切られた私の顔が見たかっただけなんでしょう?

 私の愛情を裏切って、その様子を見て悦に浸っていたんでしょう?

 恩を仇で返すのが、そんなに気持ち良いの?

 嗚呼、この娘は気持ち悪い。


 ゆえにリンシャの母はこう結論づけた。


 ——これは自分の腹から生まれ出た悪魔だ。


 こうしてリンシャの家庭は崩壊した。

 温室育ちの彼女に、1人で生きていくことは不可能だった。


 窮地に陥った彼女に手を差し伸べたのは、異国、ルナリス王国のスパイだった。


『魔法の才能がない我らは弱者か? 奴らは強者か?』


『それは違う。神に与えられた能力を自分のものだと言い張るのは強さじゃない』


『本当の強さを身につけないか?』


 ルナリス王国。

 そこは魔法適正がない者が創り上げた国。

 不遇な扱いを受ける、才無き者には救いの手を差し伸べる、それがルナリス王国の在り方だった。

 ゆえに組織力が高く、軍事においても急激な成長を見せていた。


 ※※※


 これはリンシャが8歳の時の記憶。


 王国に拾われたリンシャは孤児院で暮らしていた。

 朝夜は食事の準備、洗濯、院内の清掃など家事全般をさせられ、昼間は小規模の剣術学校で指導を受けた。


 決して楽な暮らしではなかったが、リンシャに不安や不満はなかった。

 神が決めた能力ではなく、己の意志で身につけた力が己の運命を切り開く。

 王国はリンシャにとって居心地が良かった。


 ※※※


『リンシャ・オズレイ。

 貴方に【白銀騎士】の称号を与えます』


 これはリンシャが16歳の時の記憶。


 14歳という若さでルナリス騎士団に所属し、【赤銅騎士】の称号を与えられた彼女は、それからわずか2年で【白銀騎士】へと昇級した。


 ※※※


『貴方はこの男が本当に魔王だと思う?』


 これは数分前の記憶。


『私は言い伝えなんかより、自分の目で見たものを信じるべきだと思う』


 リンシャの視界には拘束されたイツキの姿があった。

 そこでようやく、イツキは彼女と面識があったことに気付いた。


 自分を酷い目に合わせた軍隊の一員であることは事実だが、

 彼女が自分を救おうとしてくれたこともまた事実だった。


 ——お前は俺を助けようとしてくれたんだな。


 ※※※


 そして現在——。


「大丈夫か? リンシャ」


 イツキは本来初対面のはずの女剣士を心配する。

 リンシャはその身をイツキに預けるように意識を失っていた。


「ここはどこだ?」


 ブロンド髪の女剣士を抱えるように地面に寝かせ、イツキは周囲を見渡す。

 見覚えがある。

 ここは初めてこの世界に来た時にいた場所だ。


 そうだ、ここは——。


「ヴァロームの棺……」


 自分はここを知っている。

 魔王ヴァロームが封印されていた棺。

 ルナリス王国付近の地下遺跡だ。


「リンシャ、これはお前の記憶なのか」


 イツキは眠り姫に問いかけた。

 返事は期待していなかったが、タイミングよく彼女はその瞳を薄く開け、微笑んだ。

 

「貴方、無事だったんだね」


 それが、イツキがこの世界に来て初めて聞いた言葉だった。

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