第36話 これが剣光砲だ
「なあ、シリル。お前、本当に大丈夫か?」
「なにが?」
「いや、だってよ……あんだけ尊敬していた父親に酷いこと言われた直後だぜ。それで戦えんのかよ。オレっちから見てもアイリンは強敵だ」
決勝戦の直前。
パルの言葉でボクは考え込む。
「そう言えばボク、父上のこと尊敬してたんだっけ。忘れてたよ」
「おいおい! あんだけ父上、父上って毎日言ってたくせにそれかよ! まあ、引きずるより百倍いいけどよ。じゃあ、アイリンとの戦いに集中できるんだな?」
「うん。それしか考えてなかったよ。アイリンお姉ちゃんは強い。恰好よかった。あの人と全力で戦えば、もっと色んなものが見えてくる気がするんだ」
「すげぇ気合い入ってるな。よっしゃっ! 行ってこい!」
パルに背中を叩いてもらってから、リングに上がる。
すでにアイリンお姉ちゃんが待っていた。
「待ちわびましたよ」
「ごめん。けど試合開始はまだだよ?」
「シリルくんと戦える日を待っていました。それがなぜか分かりますか?」
戦う。
相手を蹴落とす。出し抜く。傷つける。どう考えたって敵対行動だ。
けれどアイリンお姉ちゃんは、ボクを嫌っているから戦いたいんじゃない。
かつてボクは無人島でアイリンお姉ちゃんを助けた。
あのときは全く自覚してなかったけど、きっと圧倒的な強さに見えたと思う。
アイリンお姉ちゃんは、強くなるためにずっと頑張ってきた。同年代ではトップクラスに強いという自負があった。
そこにボクというよく分からない奴が現われた。
ボクはただアイリンお姉ちゃんが好きなだけだった。
アイリンお姉ちゃんもボクを好きだと思う。けれど、それだけじゃない。
自分より強い年下の子供。それがなんの自覚もなく「ボクなんて弱い」「ボクなにかしちゃった?」と間抜けなことを言う。
腹が立つことも多かったはずだ。
アイリンお姉ちゃんのボクに対する感情は、とても一言で表せるものじゃないと思う。
それがどんなものなのか、子供であり他人であるボクが理解するのは難しい。
その感情に決着をつけるために『シリルと戦う』という儀式が必要なんだろう。
ボクが父上と戦う必要があったように。
「分かる、なんて軽々しく言えないよ。けど、この試合が楽しみだった。アイリンお姉ちゃんがボクと戦うためになにをしてきたのか。どんな技を使ってくるのか。それを知りたい」
「いい答えです。排除するためではなく、競い合うための戦いもあります。そう。私は剣光砲の使い手と競い合うつもりです。今の私には、その実力があると自負しています」
そう語るアイリンお姉ちゃんの瞳はもの凄かった。
炎のように熱くて、氷のように鋭い。
ボクだけを見ている。
こんなにも誰かに想いをぶつけられたのは初めてだ。その相手がアイリンお姉ちゃん――なぜだか気持ちが高ぶってくる。
心臓がバクバクとうるさい。
「ええっと……こういう戦いの前に言うべきセリフを知ってるんだけど……自分で口にするのは恥ずかしいな……でも、言ったほうが盛り上がるよね」
ボクは深呼吸し、気持ちを落ち着け、アイリンお姉ちゃんを見つめながら口を開く。
「どこからでもかかってこい」
試合開始。その瞬間。
リング全体から無数の氷の柱が生えた。
真っ白なもの。空気のように透明度が高いもの。光を屈折させて景色を歪めるもの――。
いけない。惑わされてしまう。
アイリンお姉ちゃんの姿は見えるけど、だからこそ位置を特定できない。
ならば気配を読むんだ。
呼吸音。間接音。体温による大気のわずかな揺らぎ。動作による風。
情報はいくらでもある。
「っ!」
背後から風切り音。
ボクは前方に転がって回避。
立ち上がって後ろを見れば、氷のハンマーを振り抜いたばかりのアイリンお姉ちゃんがいた。
いたんだけど、こうして目に映っているのに、気配が妙に薄い。
以前、アイリンお姉ちゃんが真後ろにいたのに気づけず、フェリシアさんと一緒に驚いたのを思い出す。
どうしてこんなにも存在感が薄いんだ?
普段となにが違う?
アイリンお姉ちゃんはまた氷の森に隠れてしまう。
そして今度は、あちこちから気配がする。まるでアイリンお姉ちゃんが薄く広がったみたいだ。
触れられていないのに、触れられていると錯覚してしまう。
ボクの中で、思い出が蘇る。
アイリンお姉ちゃんには何度も抱きしめてもらった。昨日も一昨日も同じベッドで眠った。
だから分かる。
このリングの上に薄く広がっているのは、アイリンお姉ちゃんの体温だ。
それで気配があちこちからするんだ。
体温……熱……。
氷と炎の魔法を使って、気配を消したり増やしたりしているのか!?
視覚に頼れず、気配も誤魔化されている。
この状況はマズい。
だからこちらから状況を変えてやる。
十二本の光剣を形成。
ボクの周りをグルリと取り囲ませる。
それらに炎属性を付与。
灼熱の剣を四方八方に発射。
全ての氷を粉砕し、溶かし尽くす。
のみならず、気温を上昇させて、アイリンお姉ちゃんの隠密を妨害するのがボクの意図。
リング全体が見えるようになった。
けど相手の姿がない。
気配は……上!
「反応が遅いですよ」
アイリンお姉ちゃんがそう呟いた。
刹那の時間だったから、ボクの幻聴かもしれない。けれど、こっちの動きが遅いのは事実だった。
巨大な氷が、ボクの視界一杯に広がった。
誇張じゃない。
本当に端から端まで氷で埋め尽くされた。
明らかにリングより大きい。
逃げ場がない。
それが落ちてきた。自由落下を超える速度。爆発的な加速。きっと実際に爆発して加速している。
ボクは光剣を十二本も放ったばかり。
再び作り出すにはわずかに時間が足りない。
使えるのは手にある一本だけ。
迎え撃つ……否、それでは競り負ける。
こっちから攻め込む!
垂直にジャンプして、剣の切っ先を氷に突き刺す。
アイリンお姉ちゃんの魔力で作られた氷は、明らかに岩よりも硬かった。けれど光剣はそれを貫く!
分厚い氷を抜けた先に、銀髪をなびかせるアイリンお姉ちゃんがいた。
「あのタイミングから立て直すなんて非常識な……けれどシリルくんならそのくらいやると信じてました」
死ぬかも知れない攻撃を躊躇なく繰り出してくる。それはボクなら死なないと信じてくれているから。
何事も信頼されるというのは気分がいい。
ボクがここまで進撃して来ると信じていたからこそ、アイリンお姉ちゃんは迎撃の準備をしていた。
炎の大蛇……いや龍? 十二匹いる。
あんな大きな氷塊を出した直後に、こんな炎を用意できるものなのか?
いくらアイリンお姉ちゃんの魔力が強くなったとはいえ、計算が合わない気がする。
……考えるのはあと。
あの龍の群れを叩くのが先決だ。
こちらの魔力チャージだって完了している。
十二匹の炎龍と十二本の光剣が激突。相殺。
ボクの上昇はまだ止まっていない。
一方、アイリンお姉ちゃんは落下している。落下しながら右手に氷剣、左手に炎剣を握った。
二人が交差し、三本の剣が鍔迫り合う。
「!?」
刃を交え、ボクは自分の違和感が本物だと確信した。
アイリンお姉ちゃんが放った魔力と、剣の破壊力に、大きな差があるのだ。
こっちの想定よりも強い。
感覚がくるう。
空中で幾度も切り結び、互いの剣が崩壊したところで着地する。
「氷……炎……分かったぞ。 アイリンお姉ちゃんの炎は、氷とセットなんだ。炎魔法だけを連続で使うことはない。同時か、直前か……とにかく氷魔法があってこその炎なんだ」
なにかを冷やすというのは、つまり、熱を奪うということだ。
巨大な氷を作れば、そこにあった熱が別の場所に移動する。
普通の氷魔法は、熱をそこら辺に捨ててしまう。というより熱を意識しない。氷魔法とは氷を作る魔法であり、冷やす前の熱がどうなるかなんて考えない。
アイリンお姉ちゃんは違う。
奪った熱を、炎魔法として再利用している。
だから少ない魔力で二属性を使える。
「この短い攻防で気づくとは、シリルくん、やりますね。しかし気づいたところで、どうにもならないでしょう?」
そう。
分かっても対処法がない。あったとしてもこの試合中に思いつける気がしない。
アイリンお姉ちゃんは一の魔力でニの威力を出してくる。
ボクはおそらくアイリンお姉ちゃんより魔力の総量が多いけど、二倍の差はない。
だから持久戦になれば、こっちが圧倒的に不利だ。
ならばボクが取るべき選択は一つ。
短期決戦である。
魔力の
「全力で剣光砲を使う。ボクの最強の一撃で、今日最後の一撃だ」
剣光砲。そう『砲』なのだ。
ボクが今まで使ってきたのは剣だ。剣を飛ばす技も多用したけど、砲というより矢の類い。
今から砲撃を行う。
パルからやり方を習っている。けど練習で一度も成功していない。
練習でできなかった技を、実戦でやろうなんて甘えた話だ。
それでもやる。
「アイリンお姉ちゃんにボクのありったけをぶつけたい。受け止めてくれるよね?」
「〝どこからでもかかってこい〟なんて言っておきながら、私が受け止める側ですか。いいですよ。私はシリルくんのお姉ちゃんですからね。返り討ちにしてあげます」
「ありがとう」
いつものように光剣を作って宙に浮かべる。ただし一本だけだ。その一本に出せる魔力の全てを注いでいく。
それを撃ったあと自分がどうなるかなんて微塵も考えず、魔力を振り絞る。
光剣は刃渡り五メートルを超えた。
これを放てば、どれだけの威力になるかボク自身も想像できない。
ただ間違いなく『砲撃』と称しても恥ずかしくないものになるはずだ。
「これが、剣光砲……っ!」
アイリンお姉ちゃんは一歩だけ後ずさる。一歩だけだ。それ以上は下がらない。
再びリング上に、氷の森が生まれる。今度は目くらましじゃない。
ボクの攻撃を迎え撃つ火力。それを得るため熱を集めた結果だ。
剣光砲と同規模の炎龍が空で踊る。
互いの全力を解き放つ。その直前の睨み合い。
競い合うとはこんなにも心躍るものだったんだ。
この時間が永遠に続けばいいと思う。同時に、この緊張から早く解放されたいとも思う。
――いや、待てよ。
こんな攻撃をぶつけ合ったら……どっちが勝つにせよ、客席にも被害が出るんじゃないか?
確実に出るに決まっている。コロシアムの形が変わる。破壊は街に達するかもしれない。
『おい、私の素晴らしい弟子ども。被害の心配はするな。リングの外側は私が守る。怪我しても治してやる。存分にやれ』
突然、エルスさんの声がした。そしてリングと客席の間に魔力障壁が張られる。
これならボクたちがなにをやっても大丈夫。
やっぱりエルスさんは凄い。こういう人に追いつきたい。ボクたちが歩む先に凄い人がいるというのが嬉しい。
「行くよ、アイリンお姉ちゃん」
「ええ、シリルくん。行きますよ」
魔力のほとんどを剣光砲に注いでしまったボクは、すでに立っていられないほど疲労困憊だった。まるで実家にいた頃のようにフラフラだ。
けれどまだ倒れない。
ボクたちの戦いの結果を見届けるまでは二本の足で立ち続ける。
わずかな差もなく、二人の攻撃は同時に放たれた。
光と炎が互いを食い合う。魔力が撒き散らされる。世界が砕けるんじゃないかという轟音が鳴り響く。
そしてボクの剣光砲が競り勝った。炎龍を食い尽くしたのだ。
「くっ!」
アイリンお姉ちゃんに光が迫る。
それを撃ち落とそうと、リングから生える無数の氷が飛び交い、ぶつかっていく。
氷の波状攻撃を受けても剣光砲は止まらない。
減衰して弱っていくけど直進をやめない。
「届けぇぇええっ!」
剣光砲はいつの間にかナイフくらいの大きさになってしまった。
アイリンお姉ちゃんは両手を突き出し、魔力障壁を作って受け止める。
反動でその両足が浮いた。
リングの外に体が飛ぶ。
地面に落ちて土煙を上げながら滑り、止まった。
起き上がらない。
仰向けのまま動かない。
「アイリンお姉ちゃん!」
ボクはもつれる足を引きずって、アイリンお姉ちゃんのところまで歩く。
目を開いている。息をしている。生きている。
そして。
「シリルくん……あなたの、勝ちです」
喜怒哀楽が読めない無表情で呟く。
勝った。
ボクはまだ立っていて、アイリンお姉ちゃんは寝そべっている。
誰の目にも明らかな決着だ。
ボクは今、充実感に満ちている。当たり前だ。だって勝ったんだから。
激戦だった。苦戦した。全力を出した。そして、勝った。
これ以上、望むものはない。
それはボクの話だ。
この戦いは二人の戦いだ。
主人公は二人いる。
互いが満足しなきゃ、ハッピーエンドじゃない。
ボクはもう立っていられなくなり、座り込む。
顔が近くなった。
だから、というわけじゃないけど、ボクは声をかけた。
「アイリンお姉ちゃんは、この試合……満足してる?」
「激戦でした。苦戦しました。全力を出しました。そして、負けました……負けたんです。勝つつもりでここに来たのに。満足できるわけ、ないじゃないですか……!」
アイリンお姉ちゃんは言いながら、涙を流した。
負けて悔しい。その感情を、実のところボクは正確に理解できない。
だって病気で寝てばかりで、勝負できなかったんだ。
全力の勝負を、今日初めて経験した。
そんなボクがアイリンお姉ちゃんにかける言葉は、全て薄っぺらくなるかもしれない。
それでも伝えたいことがあった。
「ボクがどうして座ってるか分かる? もう立つ気力がないからだ。アイリンお姉ちゃんとフェリシアさんとの戦いを見て思ったんだ。こんなに強い人と戦ったら、ボクはもっと高みにいけるって。そうだった。ボクは試合中に強くなれた。きっとフェリシアさんでもエルスさんでも駄目だ。アイリンお姉ちゃんじゃなきゃ駄目だった。強かった。本当に。アイリンお姉ちゃんは強かったよ。だからこそボクは胸を張って言う。強いアイリンお姉ちゃんに勝ったのはボクだ。みんなはボクに自信を持てと言ってきた。ボクも自信を持てたと思ってた。けど。アイリンお姉ちゃんに勝って、やっと分かったよ。強いって、こういうことだったんだ」
今、生まれて初めて、声を張り上げて自慢をする。
「ボクは強い!」
ああ、ちゃんと堂々と誇らしく言えた。
「凄い、ですね……」
アイリンお姉ちゃんはもう泣いていなかった。
涙はまだ乾いてないけど、ボクを見て微笑んでいた。
「あのシリルくんが、生意気なこと言ってます。私が言わせたんですね」
「そうだよ。アイリンお姉ちゃんのおかげだよ」
「負けて悔しいのは変わりません。けど、私の努力は無駄じゃなかった……ええ、この決勝戦、大満足です」
その言葉は、ある意味、勝利そのものよりも嬉しかった。
「おーい、シリルぅ! アイリン!」
パルが観客席からボクの胸に飛び込んできた。
「お前ら、マジで凄かったぜ。手に汗握るってのはこのことだぜ!」
「ありがとうパル。ボクが強くなれたのはパルのおかげだ」
「へへ。どういたしまして。けど、まだまだこれからだ。シリルはようやく剣光砲の入口に立った。もっともっと強くなってもらうからな!」
「そっか。これからもずっとよろしくね、パル」
「おうよ!」
今こんなに満足しているのに、未来がある。
なんて素晴らしいんだろう。
全ての出会いに感謝したい。
「待ってください」
アイリンお姉ちゃんは急にむくりと上半身を起こした。
「さっき私のおかげで強くなれたみたいなこと言ったくせに、その舌の根も乾かぬうちにパルくんに同じこと言うんですか?」
「えっと……怒ってる?」
「そこそこ」
なんで……?
「ここでハッキリさせましょう。シリルくんは私とパルくん、一番好きなのはどっちなんですか?」
「え」
それは難しい問題だ。
どっち、というのを考えたことがなかった。
強いて答えるなら――。
「どっちも同じくらい大好きだよ。この答えじゃ……駄目なの?」
「はぁぁ……分かりました。シリルくん好きは、そういう好きしかないんですね。駄目じゃないですけど、いつまでもそれでは駄目です」
アイリンお姉ちゃんはとても難しい話をする。
剣光砲より難しいぞ。
「パル。アイリンお姉ちゃんが言ってること、分かる?」
「さあなぁ。オレっちも女心には詳しくないから、軽はずみなアドバイスはできないぜ。ま、ちょっとずつ学んでいけよ」
「私が教えます。私以外から学んではいけません。いいですね?」
アイリンお姉ちゃんの目……なんか抜き身の刃みたいだ。
怖い。
ボクは本当にこの人に勝てたのかってくらい怖い。
それから三位決定戦が行われた。
ボクが準決勝で戦った人と、フェリシアさんの戦いだ。
もちろんフェリシアさんが三位入賞して、三人で表彰式に出た。
「やった! 賞金が出た! これでかわいい服を買う!」
「そうですね。シリルくんのかわいい服を買いましょう」
「なんでボクの服なの……?」
国王陛下が来て、ボクたちを王宮騎士団にスカウトしてきた。
光栄ではある。ちょっと前のボクなら飛び跳ねて喜んでいただろう。
けれど、ボクには帰る場所がある。
第三冒険者船団の母船『ステラリス』に、みんなで帰るんだ。
追放された病弱少年の無自覚無双 ~健康法と思って極めたのが最強の魔剣技『剣光砲』だった~ 年中麦茶太郎 @mugityatarou
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