第4話 何が間違っていたのよ?

 フェニアは、夫を失った。彼女の地位は夫の死とともに、大きく低下した。彼女の子供が次期皇帝の地位についたので、彼女は名目的には皇太后となったものの、子供からは引き離され、半ば幽閉状態にされ、全く権力もなく、わびしい生活を送ることになった。外国人の女に、へたに権力を持たれると困るからである。

 国中で、彼女がこの敗戦の責任者、戦犯と罵る声で充満していた。聖女という声より、魔女という糾弾の声が多くなっていった。これは、彼女を悪者として、不満の矛先を彼女に向けさせようとする国の幹部達の思惑と扇動、操作もあった。

 彼女は、

「どうしてこうなったのよ?」

と毎日のように、半ば幽閉された館のバルコニーから外を見ながら自問していた。コーン王国は、彼女の祖国、ドラ王国と比べると、制度も何でも古く、権威主義的だったがゆえの措置である。ドラ王国なら、こんな荒っぽい措置はなかったと彼女は思った。かつては、それが王族が国民全体に気をつかうような祖国のそれより、ずっとよいと思っていたが、こうなってみると、その反動性を感じてならなかった。サロン一つをとっても、華やかさも、優雅さも、楽しい会話もなかった。婚約者と共に招かれたサロンでは、思想家や科学者が論争し、音楽家や芸術家が演奏や描いた、製作した作品を競って賑やかだったし、面白かったと今頃になって感じていた。コーン王国には、サロンは貴族が衣食を競う、ダンスを踊る、退屈な音楽や絵画を聞き、見るだけで、阿諛追従ばかりしかなかった。それがうるさくなくて良かったと思ったことが、今となってはどうしてなのか分からなくなっていた。この国は、思想家等うるさい連中が出ない善政が敷かれた国ではなく、まだ出ない或いはその発言をすることが許されない遅れた国だということが分かったような気がした、今になって。

「なに?王宮の装飾の貧相さは?食事の不味さは?野菜も果物も、お菓子も、…。」

 そんな言葉が出てくる自分に驚いた。

「あの頃、見返すことに…何かスゴいことをしていると、いや、聖女の力が覚醒したということで夢中になって…、自分中心に、自分中心に思って、いえ、思わされていてわからなかった…のよ?」

 元婚約者の優しい姿の方が、その日々の方が、亡き夫の精悍な姿や結婚生活より、良かったように思い出されてきた。

 ある日、ふと思い出した。

 元婚約者が、理想と世の進歩の流れを見据えて王太子として、その政治の舵取りに悩んでいる姿を思い出した。その王太子に対立し、全てを邪魔していたのは、誰だった?自分の父親だった。その時、自分は何をした?何もしなかった。冷たく無視したではないか?ミアは?法服貴族の娘だけに、進歩思想に共鳴、関心が強かったし、そういうサークルに足繁く通っていたらしい。

 そういう彼女と話を、議論を闘わせ、語り合うのは、彼は楽しかったろう。夢を語り会っているうちに、共に理想を実現する同士として歩みはじめ、いつしかそれが愛を…となっても当然だったかもしれないと思い立った。“私は、市民の中に入っていく、農民と共に草刈りをして、足を滑らせてぶっ倒れる、あの人の傍らに立とうとさえしなかった、嫌悪さえしていた。”

 彼は、改革のため、守旧派の総帥であるニクス公爵家との関係を切り、そしてミラと二人三脚で改革に邁進することを選んだ。だから、自分との婚約を破棄したのだと思い至った。

 さらに、コーン王国側は、ドラ王国への侵攻を以前から計画していた、そして、父達の反乱、救援要請を口実にそれを実行したのだ。それは、自分を拾った、拾えたからこそ実行できたのだと思い知った。彼らは、私を見て狂喜したのだ、便利な駒を手に入れたと。彼女は、道具でしかなかったのだ。そのようにすら思った。

「こんなもの!」

と亡き夫や支持者達から贈られたものを払いのけた時、

「え?これは…。」

 どこにあったのか、かつての婚約者からの誕生日、15歳の時のが、出てきた。見事な細工のブローチ。豪華な宝石をいくつも散りばめた品、夫達が贈ってくれた物、と比べるとはるかに小さかったが、ずっと素晴らしい細工のものだった。

「私は間違っていたのよ。」

 そして、

「私が、あの方を裏切っていたのよ!その挙げ句、国を売って、あの方を殺して…こんなこと惨めな…。」

 そのように思ったが、もはやどうすることもできなかった。その日も、そのままでは眠れそうになかったので、侍女が置いていった、少量だが、甘く、アルコール度数の高い、香りの良い酒を寝酒に彼女は飲んでから、その夜、悲しみながら、ベッドに入り、そのまま眠りに落ちた。そして、そのまま目覚めることはなかった。コーン帝国は、皇太后が喪に服した後、実際にそのように過ごしていたわけだが、亡き夫である先代皇帝に殉じるため毒薬を飲んで自害したと発表した。


 目を覚ますと、

「フェニア。試験勉強で寝不足かい?」

 そこには、若き元婚約者がいた。何となく、15歳の自分が彼の前にベンチで座っているということが分かった。この頃は、まだ仲は良かった、良かったように思える。彼女は、すかさず意を決して、

「殿下。最近の市民の間にある進歩思想について興味があるのですが…。」

と口にした。婚約者は、意外そうな顔をしたが、それでも嬉しそうに、彼女に語り始めた。“次は…、お父様がどう言おうと、殿下の味方になるのよ。今度こそ、この人の隣には私が座るのよ!”

と彼女は心の中で叫んでいた。

 彼は、熱心に、そして、本当に嬉しそうに語った。“この人は、こうして、私と語り合いたかったんだ、私に理解して欲しかったんだ、本当は。なのに私は…。何も分かってあげなかった…。”

 彼の話は、分かりやすく、面白かった。

 話が終わると、彼女は薄めで見上げて、口を微かに開いた。王太子は、彼女が何を求めているのか、すぐに理解できた。すぐに、唇を重ねた。軽い、甘い、口づけ。二人の顔が離れると、

「殿下。この口づけは、それはそれでいいのですが…、私も15歳、社交界入りしましたし…大人の…恋人の、婚約者の…口づけを、キスを…そのを…。」

 体が勝手にモジモジとなって、また、目を閉じて見上げた。戸惑った王太子だったが、再び唇を重ねた。二人の舌が互いの中に入っていき、絡み合って、唾液が流れこんだ、互いの中に。互いにぎごちない動き、“初めてでないのに…今は初めてだけど…。”何故か、初めての恥ずかしさ感じてならなかった。

 それから、彼が通う、彼が催すサロンに、足繁く通うことになったが、そこでの会話、論争は面白く感じられたし、新進気鋭の芸術家の作品に感動さえした。あのミラにも会った。彼女は、性悪の泥棒猫ではなく、聡明で、純粋で、誠実な、優しい、気さくな女性だった。この頃の二人は、思想を語り合う友人に過ぎなかった。フェ二アもその中に加わり、彼女は共通の友人、そして同士になった。ミラは、決してそれ以上にはなろうとしなかった。そういう女性なのだ。フェニアは、彼女を親友と感じるようになった。

 そのうち、父が、彼女の態度に不満を言うようになったが、彼女は、

「私は、王太子殿下の婚約者であり、将来の王太子妃なのです!」

と言い放つのが常だった。


 彼女の選択は、その後をどう変えたのかは、王太子の政治方針との対立から婚約破棄の動きがあった時、若い婚約者達が婚約破棄は嫌だと抱き合って、強く抗議したという別の物語となる。

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ざまあした悪役令嬢のその後 確門潜竜 @anjyutiti

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