第3話 元悪役令嬢の皇后は戸惑う
「亡き国王陛下のご意志を!」
若きグリファ将軍は、その栗色の髪を風に靡かせて、数万の将兵を前に訓示した。彼女は、次々に裏切ったり、降伏した将軍が多い中、一人抵抗を続けていた。名将として、国王夫妻は彼女を信頼していた。彼女なしに戦わざるを得なかったのは、彼女には、彼女の戦線に全てを集中させたかったからだった。そのおかげで、彼女は連戦連勝、常勝だった。しかし、その代償として、彼女が欠けた上に、裏切りが続出した国王軍は大敗、国王夫妻は捕虜となってしまったのだ。その結果…。
「私が、間に合わなかったばかりに、力不足だったばかりに…。お二人に引き上げていただいたご恩に報い、そして、お二人の成果を無駄にせず、理想を引き継ぎます!皆の者!その我に従うのであれば進め!命が惜しい者は去れ、皆が去っても我は恨まない!我一人でも行く!」
彼女の元に、次々に集まってきた将兵は、涙ぐみながらも、目を輝かせて、
「我らも同じです!」
「ドラ人の意地を見せましょう!」
と呼応していた。
ドラコーン帝国軍は、旧ドラ王国王都ケルベロから撤退したが、反撃の軍を進めようとした。しかし、自慢のノーム将軍の騎兵軍団は、ウンディオの騎兵、歩兵、砲兵、手動機関銃隊を組み合わせた騎兵隊のここかと思えば、またまたあちらという襲撃に翻弄され、討伐に向かった部隊は各地で敗退した。本隊も、サラマンドのいつの間に作った砦群を、突破できずに進軍が滞っていた。さらに、シルフの少数の部隊に、変幻自在に分かれ、集まりながら戦うことを得意とした勇将ラバイアの騎兵隊が、逆に至るところで奇襲され敗北し、後方部隊まで大損害を受けた。この3人も、故国王に引き上げられた者達だった。彼らの抵抗で、帝国軍の本隊の動きが遅れる中、帝国軍の別働隊を、グリファ将軍の軍が各個撃破して連戦連勝、彼女の軍は次第に雪だるま式に兵力を増やして進撃を続けた。
「我々は、あの日、陛下を裏切ったゴーレ将軍の軍の中にいた。そして、彼のために我が国軍の大敗のために大砲に砲弾を込め、照準を合わせ、本陣に向けて、国王陛下に向けて、砲弾を放って貢献してしまった、心ならず。私達は、そんなことを望んでいなかったはずだ。今こそ、私達の真の心に従うのだ!陛下ご夫妻の無念を今こそ晴らそう、陛下ご夫妻の理念を守ろうではないか!」
若い小柄な砲兵大佐サイコロは、兵隊達を前に演説し、彼らを率いてグリファ将軍の軍に合流した。彼の動きは波のようなものをつくり、貴族の将軍達は止めることが出来なかった。それだけではなく、彼の砲兵の用兵、火砲の開発、生産手腕で、旧ドラ王国軍の戦力は格段に向上していた。彼も、亡きドラ王国国王が、王太子時代に見いだして、引き上げた人材だった。そうこうして、旧ドラ王国軍将兵は、平民出身者や貴族も、進歩派の貴族だけでなく保守派の貴族達すらも、含めて雪崩を打って、次々にグリファ将軍の軍に加わっていった。
このような情勢の中、帝国軍はここぞというときに、ありったけの兵力を動員して大軍を進めたが、それは正しい判断、戦略だったが、全て大敗、雪崩をうつように本国に向けて退却を余儀なくされた。グリファ将軍達は、旧ドラ王国領を解放した。
「ま、待ってくれ!お、おら達は頼まれただけなんだ。」
「そ、そうよ。わ、私達は、言われるままに…。」
フェニア皇后を讃えて、農兵隊を編成し、砦を作り、彼女とその夫を歓呼して迎えたはずの農民達の指導者達が引きずられていった。
「国王ご夫妻を裏切った、あなた方を赦さないわよ!」
「裏切り者には、死あるのみだ!」
「国王ご夫妻の仇を!八つ裂きにしてやるのよ!」
「そうだ!その通りだ!」
との声の中で、彼らは既に処刑された、彼らと行動を共にしていたコーン王国の農民達、コーン王国軍の工作員がその正体、を恨むように見た。また、ミラ王妃惨殺に加わり、恩賞を受けた者達が八つ裂きにされているのを絶望した目を向けるしかなかった。
そして、ドラ王国が復活した。その王には、故国王夫妻の忘れ形見の赤ん坊、女の子が選ばれた。三権分立、法の下の平等、立憲君主制を定めた憲法が、国民から選ばれた議会により制定された。
フェニア皇后は、旧ドラ王国王都ケルベロでの市民蜂起から命からがら旧コーン王国領に、夫である皇帝とともに逃げこむこととなった。途中、父ニクス公爵領や関係の深い貴族の領地なら踏みとどまり反撃の拠点にできるはずと思ったが、そこもドラコーン帝国への反乱軍の脅威が既に迫っていて、しばらくの間ですら落ち着くことすら出来なかった。
日に日に悪化する戦況に、悩み、やつれ、混乱する夫を励まそうとしたが、彼は苛立つばかりだったし、彼女に辛くあたることさえあった。夜、彼女の元に来ない日すらあった。そういう夜は、他の女が彼とベッドを共にしていた。
それでも、彼は決して悪い夫ではなかったし、懸命に戦線の維持、政務に励み、フェニアのことをそれなりに気遣っていた。彼女への非難に対して、常にかばい続けてくれた、一応は。
彼女を以前とは異なり、戦場に同行させなかったのは、戦況が悪く、彼女を同行させると危険にさらすことになるためだった。それでも、フェニアは、
「あの頃は、良かった。」
と ふと、漏らすようになっていた、その頃になると。あの頃とは、ざまあして、喜々として処刑した(直接ではないし、命令したのは彼女の夫だが)元婚約者と過ごした日々のことだった。物心ついた時から、彼は婚約者、将来の夫、そして、自分は将来の王太子妃、そして王妃になると思い浮かべていた。彼は、ずっと優しかった。父国王に代わり政務を、軍務を担うようになってからも、その合間を縫って会いに来てくれた。父は、彼の政治に対する不満を、時々は漏らしていたが、その成長ぶりを喜んでいるようだった。だから、婚約破棄を伝えられた時はショックだった。
それ以前に、あの女、ミラと、親しげに話をしているところを度々見かけたが、彼は、彼女にすぐに気が付いて、彼女の元に歩み寄り、
「婚約者が来たから失礼するよ。」
と腕を組んでくれた。自分を、あくまでも尊重してくれていたので、大して気にしてはいなかった、その後で、きっちりとネチネチ嫌みや文句を言ったし、大いに拗ねまくったものだが。
突然の婚約破棄で、傷心の自分を拾ってくれた夫は、優しく、頼もしく、彼よりずっと美男子、聡明、精悍、誠実に見えた。だが、今となって見ると、自由闊達なところから、形式的、保守的なところに来た、既に愛人を持っている夫、市民、農民などの国民の大半が貴族に隷属している遅れた国だと感じるようになっていたし、優しい婚約者を失ったのだと思うようになっていた、この時には。
戦況が不利になるにつれて、彼女に戦争の責任を追及する声も高まっていた。彼女が、このような戦争を引き起こして、多くの軍人、貴族、国民を殺し、国庫を枯渇させたと、糾弾する声が彼女の耳にまで達するようになっていた。
とはいえ、夫の態度は、彼女の有用性が低下したことで、以前より冷たくなったとはいえ、けっして酷い状態になったわけではない、コーン王国の常識では。相変わらず、彼女のことをかばってくれた。
だからこそ、彼女は、旧コーン王国王都で、夫の無事、勝利を神に祈る日々が続いた。
それでも、いや、その新婚時代、新生帝国の建国直後までのことですら、今彼女は、
「(それ以前の)昔は良かった」
の対象になっていたのだ。
内政、外交、軍事作戦全てで、失敗した彼女の夫は、致命的な大敗を喫して、敗走した、しかも、かなりの重傷を負って。何とか、故国に戻ったものの、フェニアの回復魔法の効もなく、その寿命を終えたのだった。彼女の父、ニクス公爵も、同じ頃、その城で討ち死にした。
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