第2話 バカップルの真実

 その時、王都の広場の一角で一人の男が声をあげた。若い、若い、黒髪の長身の男だった。バジリーという名だった。

「今、外国軍が我が国を征服した。その外国軍と勇敢に戦った方は誰か?国王陛下と王妃様だ。外国軍に祖国を売ったのは誰だ?元ニクス公爵令嬢フェニアだ。反乱を起こし、コーン王国に救援を求めた貴族達の首領は誰だった?ニクスだったはずだ!フェニアは、その娘ではないか!」

 男は、数日前に処刑、惨殺された国王夫妻の友人といえる市民、思想家だったが、国王に、王国に、仕えていた訳ではない。彼がここで、命をかける義務はなかった。実際、彼は、処刑、逮捕リストには載っていなかった。そのまま身を隠すことができたし、海外には裕福な友人、支援者が数多くいたから、彼らを頼ることが十分出来た。だが、彼は、敢えてここに立っていたのだ。

「身分制議会を廃止して、市民、農民、手工業者が主体となった民会を認め、国民議会を作らせたのは誰だ?国王夫妻だ!その民会にも、議会にも反対した首領は誰だ?ニクス公爵だ!フェニアの父親だ!」

 彼の叫ぶような演説に、罵声をあげる男女が何人もいたが、全く男は怯まなかった。

「親しく平民に気さくに話しかけたのは誰だ?市民の平等を定め、貴族の特権を廃止し、累進課税制度を定めたのは誰だ?政治犯を解放し、自由の制度を制定したのは誰だ?農民の負担を、市民の負担を減らし、権利を定めたのは誰だ?全て国王夫妻ではないか!それに反対したのは、ニクス公爵だ。売国女フェニアの父親のだ!」

 次第に周囲の男女が増え、彼を罵倒する男女の影は薄くなっていった。

「今、売国女のフェニアは、侵略者のコーン王国国王とともに、我が国を支配しようとしている。この二人を我が国王、王妃として戴くことに賛成なのか?」

 群衆になっていた周囲からは、彼の言葉を黙って聞いていたが、次第に熱くなっているのが、誰にも分かった。

「コーン王国はどういう国だ?自由も、平等もなく、貴族達が全てで、市民は無に近い国だ。彼らは、我が国をそんな国に、我が国を戻そうとしているのだ。それを許していいのか?」

 その時、

「でも、フェニア様は聖女様です!あの方のおかげでコーン王国は豊かになりました。」

と金切り声のような声があがった。多くの人間が、頷いた。が、彼は怯まなかった。

「聖女?救われたとされる者達のその後を見たか?食を得られず彷徨っていたのだ!彼女くらいの力を持つ聖女はいくらでもいるぞ。敢えて言おう、彼女の力は魔女の力だ。再洗礼教会が弾圧され、多くの人々が殺されたではないか?スーフィズムの尊き導師が殺害され、助命嘆願に向かった信者達が虐殺されたのを見なかったか?フェニアは魔女だ!それにだ、何が豊かになっただ?年貢も、賦役も、ずっと多いのだ、我が国に比べて。あの国の普通の農民の食事は、我が国の貧しい農民の食事よりも粗末だ。確かに、長年のスレイプやニスとの戦争で、我が国は疲弊したが、その戦争を終結させたのは、陛下が王太子だった時に実現させたのだ。その和平反対の急先鋒は、誰だった?それもやはり、フェニアの父親だ!奴らは、コーン王国に自分の財産を逃がし、また、資金を提供して侵攻を要請したのだ。」

 もう彼に呼応する声、声だった。そこに、

「反乱罪で逮捕する!」

と兵士の一団が現れた。が、彼はそれにすら怯まなかった。

「諸君!君らは国を守るべき兵士ではないか?どうして、侵略者の手先になっているのだ?我々の先頭に立って侵略者を、売国女を倒そうではないか!コーン王国とは何か?我が国の文化の足下にも及ばない蛮国ではないか!その国に支配されることを認めるのか?」

 兵士の一団は足を止めた。そして、次第に群衆の熱に感染していった。

「国王陛下は、既に自由、平等、三権分立の憲法案を認めていた。陛下ご夫妻のご意志を無にするのか?ドラ王国の国民として、陛下ご夫妻のご意志を守り、祖国を解放し、その成果を受け継ぐことが我らの義務ではないのか?さらに、三位一体教会や唯聖書教会、運命決定教会の信者の諸君、君たちの神父や牧師は罷免され、コーン王国の神父や牧師が来るのだ!それを許せるのか?全ての宗教の自由を目指した国王陛下ご夫妻こそ、君たちは支持するべきではないか?」

 彼の言葉に、人々は歓呼、歓呼で応えた。コソコソ逃げだそうとした男女が、見とがめられ、押さえつけられた。

「お、俺は雇われた、だ、だけなんだよ。そ、そいつらだよ!コーン王国の奴だよ、そいつら!」

と押さえられて、半べそをかいている男が、我関せずと言う顔をしていた男女を指さした。

「ま、待ってよ!」

「そ、そうだ、そいつの言葉を信じるな…」

と彼らを守ろうとする男女が現れたが、

「そいつは妻子持ちだ!そっちは、婚約者がいるぞ!」

と半べそ男が怒鳴った。

「え?」

「馬鹿な?」

 逃げようとする彼らを群衆が取り囲み、取り押さえて、その証拠を見つけ出すと、

「騙したわね!」

「騙したんだな!」

と、かの男女と半べそ男とその仲間達が先頭になって、その男女を袋だたきにし始めた。

 この日の内に、旧ドラ王国王都ケルベロは、大規模な市民蜂起が起こった。国軍の中からも、それに呼応する者が続出した。新生ドラコーン帝国首脳は、皇帝をはじめとして、命からがら脱出しなければならなかった。

「旧王都は、多くの市民が扇動されてしまっていますが、周辺の農民達は我々の味方ですわ。彼らの作った砦に留まって、反撃すべきですわ。それに、王都の中ですら、きっと暴徒以外の者が多数派のはずです。体勢を整えた我が軍が迫れば、我が軍にはせ参ずる者が多数いましょうし、暴徒達は腰砕けに、なりましょう。」

 今逃げては、総崩れになりかねない。踏みとどまることで、味方に勇気を与え、敵を敢えて進むのを躊躇させることになる。彼女は、そう考えたからだ。

 夫も宰相、将軍以下も彼女の一理も、2理もある訴えを無視はしなかった。実際、一旦は踏みとどまった。踏みとどまろうとした。

「ど、どうして、こんな…?」

 彼女は、天幕の前で燃えさかる巨大な炎を見つめるしかなかった。さらに、

「売国女を殺せ!」

という農民達の叫びが耳に入った。

「どうした?奴らは何をしておる?」

「彼らを押さえていた者達は、既に捕らえられ、最早は統制出来なくなっています。」

「しょせんは、見せかけの砦とはいえ、ないよりましだと思っていたのですが…。」

 夫と将軍、宰相達の会話が聞こえてきた。

 呆然とする彼女は、引きずられるようにして、彼らの撤退に従うしかなかった。

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