キャッチ・ボール
沈黙は嫌か?
しーん、とした間を埋めるために、頭をフル回転させている状況は酷く無駄なのではないか? ……会話なんて、結果である。
喋りたい内容があるからこそ喋るのだ。
会話をしたいがために内容を探すのは「これ、なんの時間?」である。
たまたまボールを見つけたから、隣にいた友人とキャッチボールをした。これが、キャッチボールをしたいがためにボールを探すのは、違うだろう。
ボールを探すくらいなら黙ってまったりとしているのもいいのではないか?
沈黙は悪ではない。
誰も喋らず、視線だけでタイミングを見計らい、無理に場を転がす必要はないのではないか? 全員が戸惑うくらいなら、下を向いてスマホをいじっていた方がお互いに有意義な気がするが。
しかし如何せん、人は沈黙を嫌がる。
音がないことを不安になる。それは日頃から無音に慣れていないせいだろうか?
家にいれば家電の音が。町を歩けば走行する車の音が。ヘッドホンをしても流れてくる音楽がある……、無音は日常生活の中で最も遠いものなのかもしれない。
意図して作らないと出会えない状況……貴重なものだ。
ならば。
自然とできたその無音を、我々は存分に楽しむべきなのではないか?
「……飲み会で黙ってると、食が進むなあ……」
よく喋る人は得だ……得なのか? 酒を飲み、煙草を吸い、わいわいと騒いでいる人はテーブルの上の食べ物には見向きもしない。
喋る、吸う、飲む――その最後に『食べる』ことが設定されているために、ほとんど胃の中に入れないのだ。
逆に、会話が苦手な者は喋らないからこそ箸が動く、ドリンクが進む進む……、食べているのだから得をしているのだが、解散する頃にはお腹の中はたぷたぷで満腹である。
動くのもつらいほどに――毎回、これがあるから飲み会は嫌いなのだ。
せめてスマホでもいじれたらなあ……。さすがに先輩の前で、スマホで動画とかを見るわけにもいかないし……、それに注目されて、会話に引き込まれても面倒だ。
ゆえに、端っこで飯を食っているのが最も目立たない立ち振る舞い方だ。
「飲み会をしたがる人はどうして全員を誘いたがるんだろうか……」
断れない誘い方をしてまで。
……どうせお前ら、喋りかけてこないじゃん。
なら、いてもいなくても問題ないんじゃないか? 誘わないのは申し訳ないから誘ってくれているのかも……? でも、どうしてその気遣いはできるのに、別の気遣いはできないかね……視野が狭まってるの?
飲み会が楽しみ過ぎて?
そう考えたら『可愛いやつめ』と思うけど……。
「…………会話が途切れないのも才能だな」
話題を探すのではなく溢れ出てくる――事前に用意したのでなければ別次元の技術だ。
天才だな。
突発的な飲み会が天災だとしたら、それを巻き起こす飲み会好きも天才か。
まあ、憧れないけど。
「どうしてそうぽんぽんと話題が出てくるんですかね……ふむ、聞いてみるか」
今、この機会を逃せばなかなかないチャンスである。
せっかくだ。
――ドリンクを握り締め。
久しぶりに、席を立ってみた。
……どうせ途中で帰れないのだ、だったらこの会を楽しんでみようじゃないか。
ミニッツ・ブック 渡貫とゐち @josho
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます