女がオレって言って悪いか?
ぽえーひろーん_(_っ・ω・)っヌーン
姓は――
べつに
なにかキッカケがあるとか
複雑な家庭の事情があるとか
そういう訳では無かった。
この
生まれついて授かったものでもない
ただ、気が付いたらいつの間にか
`そうなって`いた、というだけの話だ。
そう
`私`だったはずの自分は
いつの間にか`オレ`に変わり
長かった髪の毛も短くなった。
服装も
動きやすくてスタイリッシュ
それでいてカッコイイ物に変化した。
べつに
コンプレックスじゃない
恥ずかしい事だとも思わない
改善の必要があるとも感じない
唯一の悩みと言えば
少々、顔が可愛すぎる
いやナルシストではなく
その言動や身なりに反して
いささか童顔すぎると言うか
……そう`可愛い`すぎる事ぐらいか。
しかし、しかしだ
オレはオレなのだから
`女の子らしくあれ`だとか
てめぇの尺度でしか物を見れない
型に嵌めることしか出来ない
固まったコンクリートみてえな
カビの生えた価値観のクソ親の言葉も
`あんたそんなんじゃ結婚出来ないわ!
恋人だって、きっと出来やしない!
育て方を間違えたのよ、間違えたの!`
そう、あんな言葉も
オレからすればただの雑音だ。
そして
成人した日の夕方
クソッタレな親に向かって
こう言ってやったんだ
「オレはこれで良いんだ
変える必要も今の所は感じない
アンタがそれを失敗だと思うなら
無理に分かれとは言わねぇ
けどな
オレはここを出ていく
育ててくれてありがとよ
ここからは、もう良い
……あぁ、今までの教育費
口座に振り込んでおいた
これにて縁切りだ、じゃあな」
「……は?ふざけないで!
今まで育ててやった恩を――」
――重く
重く重く鳴り響く音
それは扉が閉まる音であり
新たな行先が開かれる音であり
過去は閉ざされた
振り返ったところで
そこにはもう何も無い
あの女はやがて屍となり
その哀れな人生を終えるだろうが
もうオレには関係の無いことだ。
隔離された過去
そして向かうべき未来
オレは決して後戻りしない。
たとえそれが
「さて、何処に行こうか」
全くなんのアテもない
ものだったとしても……。
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
「……それで?そのまま家を出て
金を使い果たし、行くあてもなく
家も無くて雨に打たれてたところを
俺に声を掛けられ、ナンパだと勘違いし
殴りかかってきた挙句
ボッコボコにやられて
返り討ちって事か」
金髪、短髪、童顔
呆れたような顔をして
そいつは喋る。
「……いでぇ」
口の中が切れている
あちこち打撲してるし
頭の奥がガンガンする
情けねえ
情けねえったらない
なんだってこんな無様に
床にぶっ倒れてんだオレは
威勢貼ってただけかよ
喧嘩クソ弱ぇじゃねぇかオレ
情けねえ情けねえ
哀れだ惨めだ残酷だ。
なにより
1番ムカつくのは
「おい聞こえてるか?オレっ娘
ひょっとしてくたばったか?
喪服にでも着替えた方が良いか?」
「誰が!てめぇ!なんか!に!
殺されるかこのちんちくりんが!」
このチビがオレのことを
馬鹿でも見るみたいな目で
見下ろしていやがることだ。
無傷で
服にシワひとつ無いまま
偉そーに
ポケットに手を突っ込んで
クソ寒い煽りをかましてくる
ムカついて仕方ない。
「ちんちくりんだと……
おいテメー雲の上の王国に
社会科見学にでも行くか?
そのまま永久就職させてやるよ」
などと
シャレの効いた暴言を
余裕そうに吐きかけてくる
そのすました顔に耐えられなくなった
いや、元はと言えば
いきなり殴りかかった
オレの方に過失がある
100:0でオレに非があるし
ここは大人しく地に頭付けて
謝るべきなのだろうきっと
それが人としてのマナーであり
礼儀であり、求められるべき
人間としてのあり方であり
道徳的かつ善良で秩序的な判断を
この場では恐らく下すべきであり
つまるところ今すべきことは!
「……油断したな死ねオラァ!」
「ぐああああああああ!!!!」
こいつを殺すことだ……。
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
その日
土砂降りの雨の中で
街ゆく人々は奇妙な物を見たという
それは
「避けてんじゃねえよチキン野郎!」
「どこ狙ってんだよアァ?
目ン玉グリンピースかテメェ」
「殺す……!」
「ハッ!」
そんな間抜けな会話をしながら
全力で殴り合う男女の姿だった。
――もしもし警察ですか?
人混みの中で
誰かがそう呟いたが
彼らの耳には届かなかった……。
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
「すみませんでした」
「ご迷惑をお掛けします」
深く頭を下げる2人
相手は警官ここは警察署
……の玄関口
「今回は見逃すけどね
本当なら逮捕だからね
ニュースになるやつだからね!」
腕を組み、眉間に皺を寄せ
親戚のジジイみたいなノリで
オレ達に説教をしてくる警官
その言い分はもっともであり
絆創膏を貼ったオレの顔面は
恥と、悔しさと、痛さのせいで
いささか歪んでいた。
「はい、本当に申し訳ありません」
「もう二度としません、ごめんなさい」
2人同時に頭を下げる
その時ふと横を見ると
あいつもオレと似たような
表情をしているのが見えた。
もちろん同じなのは
表情だけでなく怪我もだが。
「……まぁ私も鬼じゃあない
だから金輪際、しないように」
「肝に銘じます」
「深く反省します」
「じゃあ気を付けて帰ってね」
「ありがとうございました!」
「お仕事頑張ってください!」
……
……
……
「……で、だ」
警官が警察署の中に戻り
玄関からそのまま2人並んで
お互い黙ったまま歩き続け
ある程度の時が経ち
信号機に差し掛かった頃
向こうが口を開いた。
何を言われるやら、と
一瞬身構えてしまったが
「お前どうするんだ?この後」
意外にもこのチビ野郎は
落ち着いた様子だった。
毒気を抜かれてしまったオレは
やや、言葉につまりながらも
同じく冷静に返事をかえす。
「その辺で野宿……ってとこだな」
「お、お前野宿って……おい
良いのか犯されるぞオレっ娘」
「おか……おか……な、
てめぇ急に何言ってんだ!」
突然の下ネタ?に声を荒らげる
オレはそういうのに弱いんだ
どうしてかは分からないが何故か
顔が熱くなって、赤くなるからだ。
「そんなナリで純情なのか
訳分からないな、おまえ」
「うっせぇな悪いかよ
苦手なんだよ、そういうの……」
恋愛経験が無いわけじゃない
セックスだってした事がある
だが、それとこれは
話が別というやつだ。
「可愛い顔した女が
1人で雨に打たれてるから
さぞ可哀想な奴かと思えば
ブチ切れた殺人マシーン
みたいに殴りかかってきて
クソ弱いくせに
かと思えば今度これかよ
しかもオレっ娘だと?
キャパオーバーだクソッタレ」
こいつ口が悪いな
なんて思いつつ、先程から
ずっと気になってた疑問をぶつける。
「その`オレっ娘`って
さっきから言ってるけどよ
……なんなんだよ、それ」
いや、なんとなくニュアンスで
言いたいことはわかるのだが
気になったのだから仕方ない。
オレとしては単純に
気になって聞いただけなのだが
何故かオレと目が合ったあと
数秒間、そのまま固まり
やがて
「……おまえみたいな
奴のことを言うんだよ」
顔を逸らしながら
ボソボソ小さい声で
そう答えてきた。
「なんだよ、なんで
そっち向くんだよお前」
「いいだろ別に……」
「なんだよ、言えよ」
そんな態度をされて
`いいだろ別に`は通らない
なにも良くない、気になる。
追求の姿勢は緩めない
聞かせてもらおうじゃないか
その妙な態度の理由を。
「……怒るなよ」
「怒んねぇよ」
「殴りかかってくるのナシな」
「待て、何を言う気だてめぇ」
しばしの沈黙
やけに重い空気
いや、緊張感か?
チビ野郎はそして
こんなことを言ってきた
「可愛くてつい見惚れた」
「………………サンキュー」
なんで英語で返事してるんだ
ていうかなんで下向いてんだ
顔が熱い、なんか居心地が悪い
生憎にもこの症状が何か
オレには心当たりがある。
くそ
照れちまってる。
「……」
「……」
何だこの変な空気は
非常に不愉快だ
ムズムズする
でもなにも喋れねえ
というかチビ野郎の方を見れない
どうなってる、なんなんだコレは。
いや
こうなる症状の名前に
心当たりが無いわけじゃないが
まさか冗談だろ?
そんな訳あるか
思い違いだ。
「……あー、おいオレっ娘」
「優唯……ってんだオレの名前」
咲坂の方を言えば良かっただろ
なんで、わざわざ下の名前を
「じゃあ優唯」
いきなり呼び捨てかよ
「行くアテとかあるのか」
「いや、全く何もないな」
そんなこと聞いてコイツ
一体どうするつもり――
「――じゃあ家に泊めてやるよ」
「……………………
あ?」
なんだって?
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
いつもと違う髪の匂い
初めて袖を通す他人の服
使い慣れないドライヤーに
質感の気に入らないバスタオル
やや狭めの洗面台の鏡で
自分の顔をじっと眺める。
お風呂上がりで火照った頬
青アザが出来ているおでこ
そして口元にある切り傷
家を捨て親を捨て
なんの計画性もなく彷徨い
見知らぬ男に喧嘩を売り負け
挙句の果てには
施しを受けている始末
「なにやってんだオレは……」
改めて
自分の馬鹿さ加減に
心の底から呆れる。
2分ほどそのまま
項垂れて落ち込んだ後
いつまでもこうしても居られないと
気持ちを切り替えて、リビングに戻る。
そこには
ソファの上でくつろぐ
さっき会ったばかりの他人
金髪チビ野郎がいた。
「戻ったか……って、サイズ
全然合ってないなやっぱり」
オレの服は雨に濡れて
着替えも無いので代わりに
コイツの服を借りているのだが……
「想像以上にちいせぇ」
身長差が割とあるせいで
サイズがギリギリだった。
というか正直くるしい
出来れば下着で過ごしたい
所だが、それも現在不可能だ
なにせ
ガタガタガタガタ……
浴室で騒音を立てている
洗濯機の中に全て入っている。
つまり
「くそっ……スースーする……」
この下は何も着けていない
という、なんともリスキーで
変態チックな事になっているからだ。
「替えの服ぐらい持って
家出てきたらどうなんだ?」
不意に嫌味が飛んでくる
まあ自分の服を貸し出すなんて
それも見ず知らずの女に
相当嫌なことだろう。
「……悪かった」
「な、なんだ急にしおらしい」
「これでも反省してんだよ……」
今じゃすっかり頭も冷えてる
激情に駆られて動いていた
あの時のオレはもう居ない。
自分のことを客観視して
どちらが悪いかぐらいの
判断はできるのだ。
「本当に悪かった」
まっすぐと目を見て
誠心誠意込めて謝罪をする
これがせめてもの償いだ。
「……
あーもう調子狂うなホント
なんなんだよ、お前マジで
良いよ別に謝らなくて
もう忘れろ、わかったな?
よし夕飯にするぞ
食器運ぶの手伝え
来い」
「え?あ、お、おいそんな突然……」
呼び止める間もなく
男はオレの腕を引っつかみ
台所へと引っ張って行くのだった。
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
「うめぇ……」
口の中に広がるのは
味の王国と楽園と夢と希望
失われた活力が湧き上がる感覚
刺激が
脳みその奥に突き刺さる
とても言葉では言い表せない
オレはいま
感動していた
「これお前が作ったのか?」
こじんまりとした食卓の
迎えに座るアイツに尋ねる。
「まあな、料理得意なんだ」
得意
得意ってことはこいつは
普段から料理をするという事で
それはつまり毎日このクオリティ
という事で……なんてこった
「あぁ、オレ一生ここに住むわ……」
「ぐっ……ゴホッゴホッ!て、てめぇ!」
「そうだ、毎日お前の料理食わせろ」
「やめろ!本気の目をするな」
本気だ
もうこいつが
将来の旦那でいい
さっさと結婚しろ
「ちゃんと家事やれるぞ?
お前彼女とか居ないだろ?
もうオレが嫁で良いんじゃねえか?
たぶん運命だ、運命だから結婚しろ」
「待て待て待て、1回落ち着け」
「オレは至って冷静だぞ?
ダーリン」
「やめろ!!!!!!!!!!!!!!!」
机ダァン!
怒号ドーン!
……何もそんなに
怒ることないだろう
ちょっとした冗談じゃないか
割合はもちろん10割ではないが。
しかし、しかしだ
オレはただ褒めてるだけだ
喜んでくれても良いんだけどな
「本当にうめぇから言ってんだ
心の底から感動してるんだよ
だから、そんなに怒んなよ」
「怒ってねぇ」
「ああ、ただの照れ隠しか」
「そこ言うか?フツーよぉ……」
「……え」
「え」
「え?」
そして流れる微妙な空気
洗濯機だけが頑張って
無音にならないように
気を使ってくれている。
ここは地獄、地獄、地獄
奴の失言のせいで今やここは
真の地獄と化していた。
「照れ隠しであんなにキレんのかよ」
「うるさい黙れ、またボロボロにするぞ」
「やっぱてめぇ、彼女居ないな?」
「黙れ黙れ黙れ……」
「童貞か?」
「どうせお前もだろ」
「……そう思うか?」
顔面がニヤリとする一部始終を
たっぷりと時間をかけて見せてやった。
「……そうか」
「おいなんだその微妙なツラは」
てっきりまた怒るか
顔を赤らめたりするかと
そう思っていたのだが
予想していた反応とは
180度違う様子に戸惑う
「いや、俺よりもお前の方が
経験値高いんなら、ここで
張り合ったところで
ダセェだろって話だよ
お前の言う通り俺は
彼女居たことないし
あっちの経験もない
負けだよ」
「……」
この時
オレが感じたのは
奴に対する軽蔑でもなければ
意外な性格への驚愕でもなかった。
オレはただ
果たしてオレがこいつの立場で
今みたいに煽られたのだとしたら
こんな風に落ち着いて
素直に負けを認めて
引く事が出来るだろうか?
という
己への疑問だった。
どうやら
負けたのはオレの方だったらしい
それは喧嘩だけの話ではなく
人間的な意味での`敗北`だった。
「お前、大人だな」
「そうかよ、そりゃどうも」
「いや本気で言ってんだよ」
「……変な野郎だなホントに」
そこから先はただ
お互い黙って下を向き
料理の味を噛み締めるように
カチャカチャと食器を鳴らす時間が
続くのだった。
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
夜は訪れる
陽の光は全て消え
影が全てを支配する時間
そこには希望はなく
人々はただ眠るだけ
孤独を感じるには十分な暗闇と
しかし、1人では無いこの現状
オレは
「……起きてるか」
自分の声が壁に跳ね返り
木霊する未来が何より怖い
だが
それでも信じたかったんだ
返事をくれる誰かが居ることを。
しかし
静寂は破られない
背中合わせで寝ているはずの
あいつからの返答は未だ無い。
……所詮は
得られるべくもない
淡い希望だったのかな
なんて
思い始めた頃
何かが
背中に、何かが
広くて頼りになって
安心感のある壁が出現した。
それは確かめるまでもなく
皮であり肉であり骨であり
つまり、つまりは
「俺は行動で示すタイプでね」
遅れてやってきた希望
なんて洒落た真似をしやがる
下げて上げるなんて、卑怯だ。
「……お前なんで彼女居ねえんだよ
おかしいだろ、どうなってんだよ」
思えば
見ず知らずの女を
それも暴力を振るってきた女を
風呂と衣服を、それから更に
食事と寝床までも提供したんだ。
ここまでする奴が
モテない理由が分からなかった。
「べつに、そんなの大して
難しい理由なんてねぇよ
ただ単に、好きになった女が
今まで
……居なかっただけだ」
「……?」
ヤケに
強調されて聞こえた言葉に
思考回路がショートする
気のせいか?いや、でも
今のは確かにわざとらしい程
あからさまに表現されていた。
「……」
「……」
重い沈黙はきっと
抱える想いが故だろう
察したと言ってもいいし
気付かせたと言ってもいい
きっとこの瞬間
2人の気持ちは繋がり
同じものを共有していたハズだ。
喉の奥から
腹の底から何かが
這い出ようとしている
ひとたび明るみに出たなら
もう二度と取り返しのつかない
大切で
尊いモノ
「……てめぇの名前
そういえば聞いてなかったな」
「
「なるほどな」
心臓がひと跳ね
「じゃあ質問2つ目だ」
「……なんだよ」
「オレの名前、言えるか?」
「……確か、優唯……だ」
心臓が
ふたたび跳ねた、そして
`ソレ`はみたび繰り返す
「残念、不正解だな」
「ま、間違ってたか……?」
「ああ、違ってるな
いいか
オレの名前は優唯
姓は――」
「――時城って言うんだぜ」
ずっと遠くの方で
教会の鐘が鳴っていた。
女がオレって言って悪いか? ぽえーひろーん_(_っ・ω・)っヌーン @tamrni
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