第三の魔女

「ねえエリス……なんで魔獣が一匹も出てこないの? さっきまでは腐るほど出てきたのに」


 エリスとロミナは馬車なんて操縦できるわけもなく、二人揃って森の中を歩いていた。

 そして、先ほどエリスが一人で歩いていた時同様、魔獣など一切姿を見せない。まるでこの森には二人だけかも、と錯覚するかのような静けさが二人を包み込んでいた。

 しかしロミナが言うには、先ほど男たちに連行されていた時は、結構魔獣が襲ってきたらしい。


「魔獣……? よくわからないけど私もここ歩いてきたけど出てこなかったよ?」


「そう……とりあえず貴女のおかげっていうのは分かった」


 納得したようで、ロミナは前を向いて歩き出す。そして少し歩き、沈黙も気まずくなってきた頃、今度はエリスがロミナに尋ねた。


「……ねえ、貴女も魔術使えるでしょ?」


 その言葉に、ロミナは少し驚いたような表情で、エリスを見つめる。そして徐に呟いた。


「なんでわかったの?」


「見ればわかる」


 ロミナの体をめぐる潤沢な魔力。魔術を使えない人間には、清流の如く魔力を体に流すことなどまず間違い無く不可能。故にロミナは魔女であると一発で分かった。


「そうなんだ……それより、貴女は何者なの? さっきは高位の魔女なんて言ったけど、実際それどころじゃない。魔女として……というよりは生物としての領域を逸脱してるように見える。洪水みたいな魔力……貴女は何者……? いいえ、貴女はナニ?」


 今度は私の番だ、とでもいうように捲し立てるロミナ。


「貴女に私はどう見えてるの?」


「化け物」


 考えるまでもなく即答され、エリスは思わず自嘲気味に笑う。人を殺すのも、他の動物を殺すのも、何も感じない。


 ーーああ、確かにバケモノかもしれないな。


「ふふっ……化け物……ね、残念だけど本当の化け物は他にいるよ。ロミナが会ったらきっと気絶するんじゃない?」


 例えばルシフル、彼女に関してはエリスがどう頑張ったところで間違いなく勝てないだろう。魔力……それどころか生命力を全て搾り尽くし、それを一撃に込めても倒し切ることはできない。それだけの差が、エリスとルシフルにはある。

 そしてルシフル曰く、10年前に国を滅ぼした魔女たちも皆、今のエリスよりも強いという話だ。


「……嘘、そんな化け物がいるなら、人間なんかとっくに滅んでいる。……というかそんな化け物、いてほしくない」


 ロミナは、エリスの言葉を信じることはできなかった。……というより信じたくなかった。


「……まあ普通に生きてれば、私が知ってる方の化け物と会うことはないと思うから気にしなくていい。……それよりさ、ロミナは集落に戻らなくていいの? いいのならこのまま大きい街に向かうけど」


 ロミナがずっと苦しそうにしている理由。それがようやく分かった。恐らくは殺されたであろう村人たちを弔いたいはずだ。ただそれを言い出しづらいため、複雑な表情になっているのであろう。

 そう考えたエリスは、彼女自身から話を振ることで、ロミナから話を引き出すことにした。


「できれば戻って弔いたい……でもまだ騎士がいるかもしれないし……エリスを巻き込んでまで……」


「別にいいよ、私を巻き込んでも。それに騎士がいるんだとしたらロミナ一人だと危険だし、魔獣? だって危ないでしょう?」


 エリスの言葉に、ロミナはぐうの音も出なかった。決してロミナが弱い訳ではない。むしろ同年代の魔女と比べれば潤沢な魔力量であるし、むしろ強い部類なのだ。

 ただ武装した複数の大人だったり、森の奥にいる強い魔獣なんかが相手だと少しまずい。ただ、それに関してはエリスを連れていけば解決するだろう。

 しかしロミナの小さなプライドと、巻き込むことへの罪悪感がエリスにそのことを言い出すのを、否としていた。

 だが、彼女から提案されたのならば話は別だ。故に、ロミナは一緒に来るように頼むことにした。


「それなら……一緒に行って欲しい」


「ん、わかった」


 そもそも、エリスから言い出したことなのだ。彼女が断ることなどもちろんなかった。

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魔女の孤独と復讐 肩こり @kntyswr

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