少年の色

窓から陽の光が差し込み、店内が明るくなる。

どうやら日本晴れのようだ。

サンシェードを少し下げ、店内を見回す。

いつも通りの、落ち着く明るさだ。

それを待っていたかのように、ベルが鳴りドアが開いた。

ほんの少しだけ。

五、六歳の少年が精一杯ドアを開けようとしていた。

僕はドアを開けて、少年を店内に案内する。


「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ。」


少年はカウンターの、サイフォンが見える席に座った。

少年はメニューを凝視していた。


「ホットミルク作ろうか?」

「うん!」


少年は、太陽のような笑顔で元気に答えた。

牛乳を少し温めコップに注ぐ。


「角砂糖は何個入れたらいいかな?」

「みっつ!」

「かしこまりました。」


角砂糖を三つ入れ、よく混ぜる。

熱すぎない温度であることを確認し、少年の前に置く。

少年は嬉しそうに、ホットミルクを飲んだ。


「きおくのいろをつくってください!」

「かしこまりました。その記憶について聞かせてもらえるかな。」


少年はたどたどしく話し始めた。

ある日お父さんと散歩中に、道で綺麗な花を見つけた。

僕はその花を摘んで、お母さんにプレゼントしようと思った。

家に帰ってお母さんにプレゼントしたら、すごく喜んでた。

お母さんはリビングに飾ってくれた。

二日後、花の元気が少し無くなった。

それから毎日水をあげたけど、花は元気にならなかった。

六日後、花は枯れてしまった。

お父さんとお母さんは、また摘んでくればいいって言った。

でも僕は、あの花が好きだった。

同じ花はもう無い。


「あのはなのいろをつくってください!これよりあかるいいろ!」


少年はそう言って、ポケットからカタバミの花を取り出した。

よく道端に群生している植物で、小さな黄色い花弁と柱状の果実が特徴だ。

僕は棚から十二色のインクセットを取り出した。

刈安色や蒲公英色など近い色を作る。


「この中で一番近い色はどれかな?」

「これのもっとあかるいやつ!」


中黄色に透明を二滴垂らし、撹拌する。

真っ白い紙に、調整したインクを一滴垂らす。


「こんな色かな?」

「このいろ!」


少年は白い髭を生やし笑った。

黄蘖色と菜の花色の中間の色。

僕はインクを瓶に詰め、緩衝材のドレスを着せた。

丁寧に梱包し、少年に渡す。

少年はホットミルクを飲み干し、僕に聞いた。


「おにいさんは、どんないろがすき?」

「僕はこういう濃い青が好きだよ。」


僕はパルマやウェストミンスターを指差した。

少年はきれいだね、と見とれていた。

興奮が冷める前に少年はお会計を済ませた。

冬眠前のリスのように、ポケットいっぱいに硬貨を詰めて来たようだ。

お会計は全て百円玉で支払われた。

僕はドアを開け、少年を見送った。


「またのご来店をお待ちしています。」


少年は手を振っていた。

僕も小さい手を振った。


今日も新しい色が生まれた。

僕は余ったインクをノートに垂らし、色の情報を書く。

もしこの色に名前を付けるなら、『優しいカタバミ』と名付けるだろう。


カランカランと来客を告げるベルが鳴る。

次はどんな新しい色に出会えるだろう。


「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ。」

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記憶の色 リーア @Kyzeluke

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