少女の色

老婆が店を去ってから一時間後、来客を知らせるベルが鳴った。

靴と床のリップ音はベルとハーモニーを奏で、少女を歓迎した。

近くの高校の制服に身を包んだ少女は、おずおずと店内を見回す。


「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ。」

「は、はい。」


少女は窓際のテーブル席に座った。

メニューをじっくり見つめ、熟考していた。

沈黙の果てに少女は口を開く。


「アールグレイでお願いします。」

「かしこまりました。」


棚からアールグレイの瓶を取り出す。

ティープレスとカップを熱湯で温まったのを確認し、ティープレスに茶葉を入れ、熱湯を注ぐ。

熱湯により茶葉はダンスを踊り始める。

三分程蒸らし、フィルターを下げカップに注ぐ。

スプーンを添え、カップとティープレスを少女のテーブルまで運ぶ。


「お待たせいたしました。」

「ありがとうございます。」


少女は礼を告げると、すぐ紅茶に息を吹きかけ冷ます。

僕は微笑ましく思った。

この様子では少女が飲めるようになるまで、少し時間がかかりそうだ。

少女はカップを置き、僕に聞く。


「記憶の色を作っていただけますか?」

「かしこまりました。その記憶についてお聞かせください。」


少女はポツリポツリと話し始めた。


私の初恋は中学生だった。

周りの子の初恋は小学生だったから、少し焦りを感じていたのかもしれない。

私は人よりも本の方が好きだった。

友達と話すのはとても楽しい。

でも本の登場人物と話すのは、何倍も楽しかった。

ベルは真の愛を、シャーロック・ホームズは探求心を教えてくれた。

その日も図書室で本を読んでいた。

本棚の上の方にある本を、取ろうとしていた。

背伸びをして本の背に指を掛けようとした時、他の指に捕らわれてしまった。

後ろに立っていたのは、少し地味な少年だった。

彼は本を差し出し、星の王子さまは好きか、と聞いてきた。

まさに私が今取ろうとしていた、本のタイトルだった。

私が大好きだと答えると、彼も同じだと言った。

気付いたら彼に恋をしていた。

私はとても嬉しかった。

私の心は淡くて優しくて明るいピンクに染まった。


「あの時の心の色を作ってください。」

「かしこまりました。」


僕は棚から十二色のインクセットを取り出した。

赤から黄色までの色見本を用意し、少女に見せる。


「この中で一番近い色はどれですか?」

「これです。もっと喜びに満ちた色です。」


淡紅色に黄色を一滴、薄めた赤を数滴垂らし、撹拌する。

真っ白い紙に調整したインクを一滴垂らす。


「このような色ですか?」

「そうです!」


中紅色と桃色の中間くらいの色。

僕はインクを瓶に詰め、緩衝材のドレスを着せた。

丁寧に箱詰めし、少女に渡す。

少女は飲みやすくなった紅茶を口にして、外を眺めていた。

数分後、少女と同じ高校の制服を来た少年が、店のドアを開いた。


「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ。」


僕は少年を、少女のいるテーブル席に案内する。

少年は席に座り話し始めた。


「少し遅れちゃってごめん。お店の場所が分からなくて。」

「大丈夫。まだ少し紅茶が残ってるもの。」


記色堂は周りが木や草で覆われているため、パッと見では分かりにくい。

少年も、一目では気付けなかったようだ。

少女は紅茶を飲み干し、お会計を済ませた。

少女は僕に近付き、こう囁いた。


「彼が初恋の人なんです。」


少年は、会話の内容が気になったようだ。

少年の頭上には、疑問符が三つ浮かんでいた。

少女はそんな少年の手を握り、軽く礼をして店を後にした。


「またのご来店をお待ちしています。」


今日も新しい色が生まれた。

僕は余ったインクをノートに垂らし、色の情報を書く。

もしこの色に名前を付けるなら、『B-612の初恋』と名付けるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る