マスクを忘れただけなのに

結騎 了

#365日ショートショート 260

「ほらっ!お前も謝るんだよ!」

 売り出し中の若手俳優・錦野にしきの恭介きょうすけは、マネージャーに頭を掴まれた。

「ちょっと、やめてくださいよ。セットが崩れるじゃないですか」

「馬鹿を言うな。スポンサー様に謝るんだ。しでかしたのはお前だろう」

「はいはい……」

 仕方なく、といった様子で錦野は頭を下げた。その先には、大手菓子メーカーの営業部長が不機嫌そうに座っている。

「困るんですよね。マスクを付け忘れてロケ番組に出演するなど」

「もちろんです。今後はそういったことがないよう、錦野にも徹底させますので」。マネージャーは壊れた玩具のようにお辞儀を繰り返した。

「まあ、初めてのことですし。次がないようにしてください。よろしくお願いしますよ」


 部屋を後にした錦野は明らかに荒れていた。

「……ったく。なんだよアイツ。マスクを付け忘れたくらいであそこまで怒るか? 頭おかしいだろ」

 マネージャーは呆れかえっていた。

「頭がおかしいのはお前だ、恭介。先方から渡されたマスク、お菓子のロゴがプリントされているだろ。あれをお前が付けるのがスポンサー契約なんだよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マスクを忘れただけなのに 結騎 了 @slinky_dog_s11

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ