黒い猫型ロボット
刻露清秀
🐈⬛
私と妻の住む惑星ヴィトロゥの冬は長い。住民は支え合わねば生きていけない過酷なこの惑星で、私はごく普通の、少しお人好しな人間として生きてきた。
旅行者を家に泊めて燭台を盗まれたり、丹精込めて作った野菜を買い叩かれたり、損をしたりもしたが、美しい妻を迎えて私は幸せだった。
妻とは仲睦まじく暮らしていたが、妻の妊娠により私一人では家事と野菜栽培の両立が難しくなった。そこで私たちは、この惑星の住民に人気の、猫型お手伝いロボットを導入することにした。
なぜお手伝いロボットを猫型にする必要があるのだろう? 猫型といっても私の膝ぐらいの高さの円筒形に猫耳がついて、表情を示すパネルがついているだけ。真っ黒いその姿は猫よりも椅子に近い。私は疑問だったが、その理由はすぐにわかった。かわいいからだ。
「お手伝いしますニャ! 」
言える言葉はそれだけなのだが、猫の形をしているだけで愛嬌がある。私はその黒い機体のロボットをクロと名づけて可愛がった。
クロは甲斐甲斐しく世話をしてくれる優秀なロボットだった。クロのおかげでずいぶん助かった。私はクロのことが好きだった。
しかしながら私には悪癖があった。酒である。
冬の異様に長いこの惑星では、憂さ晴らしがなければ生きていけない。人間は本来、昼行性の生き物だ。太陽のほとんど差さない冬は、人々を狂気へと駆り立てる。
深酒をした私は、擦り寄ってくるクロに苛つき、仕事用のチェーンソーでクロを真っ二つにしてしまった。
「お手伝いしますニャ! お手伝いしますニャ! お手伝いしますニャ! 」
暴力は快楽である。断末魔の中でさえ『お手伝い』をしようとする健気なロボットは、私の嗜虐心を揺さぶった。私は笑ってバラバラになったクロを蹴り飛ばした。
朝になって妻は私を悪魔のようだと非難したが、私が元来そのような人間でないことを知っていたから、ため息を吐いてその話を終わらせた。
深く反省をした私は、それ以降は家ではなく酒場で酒を飲むことにした。酒場から帰るという手間がかかるため、正体をなくすほど飲まないからだ。
酒場ではクロと同じ種類のロボットが給仕をしていた。その中に一つだけ動きがのろまで酔っ払いに邪険にされている機体があった。私は可哀想に思い、酒場の主人と交渉して、そのロボットを譲り受けることにした。妻も喜ぶだろう。
ほろ酔いの私はいい気分でロボットを伴い、妻の待つ家へと帰った。
朝、私は戦慄した。
ロボットはクロと全く同じ機体のはずだが、違いがあったのだ。私が両断したのと全く同じ場所に継ぎがある。のろまなのはそのせいだった。
「お手伝いしますニャ! お手伝いしますニャ! お手伝いしますニャ! 」
どうも壊れているらしく、ちょうどクロの断末魔のような鳴き声をしている。妻はなんとも思わないのか、ロボットを可愛がっていたが、私は時々ロボットに見張られているような気がして、恐ろしくて仕方がなかった。
ロボットは私がチェーンソーを扱っている時に限って真後ろにいることがよくあった。
「お手伝いしますニャ! お手伝いしますニャ! お手伝いしますニャ! 」
やめろ! お前に手伝えることなど何もない!
このままでは私がおかしくなってしまう。私はロボットを壊すことを決意した。妻の寝るのを見計らって、私はチェーンソーを持ってロボットを探した。
「お手伝いしますニャ! お手伝いしますニャ! お手伝いしますニャ! 」
ロボットは逃げまわり、物音で妻が起きてしまった。
「やめて! あなた最近おかしいわ! この子が何したっていうのよ! 」
妻は怯えていた。まるで私が悪魔にでもなったかのようだ。悪魔はあのロボットだ、私ではないのに。
「お手伝いしますニャ! お手伝いしますニャ! お手伝いしますニャ! 」
うるさい!
ハッと気がついた時にはすでに遅く、私は妻の首を落としていた。あの悪魔のようなロボットはいなくなっている。なんということだ。
私は妻の身体を溶剤で溶かしたが、首だけはどうしても溶かすことができず、庭を掘ってそこに埋めた。
私はどうしてしまったのだ。自分で自分が恐ろしかった。もうお終いだ。
だが、日頃の私の行いを知っている近隣の住民は、妻が夜中に出かけたきり帰らないという私の嘘をかんたんに信じた。
「お気の毒なこった、もうすぐ子どもが産まれるってのにこんな雪の中じゃ……」
「あの夜は特に吹雪いていたからね、家に帰ろうとしても迷ってしまいなすったんだろう」
「あんたも気の毒になあ。ここの冬がいくら厳しいとはいえ……」
そんな言葉を聞くうちに、私は彼らの話の方が真実なのではないかと思うようになった。悪魔のようなロボットなんて非現実すぎる。彼らの言うことの方が、私の記憶よりよっぽど真実らしい。あれは冬の長い夜が見せた悪夢だったに違いない。
悪夢から醒めた私は、妻の帰りを信じて待つ善良な市民となった。親切でお人好しな私は、冬の寒さのなか他人の手伝いをすることも厭わなかったし、酒も飲まずに勤勉に働いた。困っている旅行者がいたので、家に泊めることにした。
これこそが私だと安心する一方で、私は違和感のようなものがあった。これが本来の私なら、あの悪夢の中の私は一体なんだったのだろう。
共同体の中で信じられている善良な私はもちろん本物だ。多数の人がそう信じているものは、ただ一人の記憶の中にあるものより正しいはずだ。それなのにあまりに生々しい悪夢が私を迷わせる。真実は陽の光の下にあるべきだ。夜は狂気の時間。まともではいられない。
明朝、私は旅行者の悲鳴で目を覚ました。
「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁ」
地面の感触で何かが埋まっていることに気がついた旅行者は、出来心を起こし、庭を掘り返した。何か大切な物を埋めていることに気がついたのだろう。
旅行者が掘り返した妻の首の上に、あのロボットがいた。
「お手伝いしますニャ! お手伝いしますニャ! お手伝いしますニャ! 」
旅行者は失禁してガタガタと震えている。可哀想に。妻の美しい首は凍りついて変色し、閉じたはずの瞼は開いて旅行者を見つめていた。
私はチェーンソーを手に取った。
「お手伝いしますニャ! 」
(了)
偉大なる小説家、エドガー・アラン・ポーに敬意を表して
黒い猫型ロボット 刻露清秀 @kokuro-seisyu
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