ブラザー・シスター制度
「たかだか伯爵家ごときがエミール様と1回ダンスを踊っただけで調子に乗らないことね!」
「そうよそうよ!」
「エミール様から特別扱いを受けてるだなんてかんちがいしないことね!」
「そうよそうよ!」
*
「と、なってもおかしくない状況だったのに、なぜなっていないんです?!」
入学を祝うパーティでエミールが踊ったのはシャーロットだけ。シャーロットの妄想内では顔なしの好意令嬢たちから裏庭に呼び出されていわれのない悪意を突き付けられたるのが定石だと踏んでいたのに、実際はどうだろうか。
「なんでみなさん微笑ましい目で見ていらっしゃるんですか?!」
両手で顔を覆って、シャーロットはテーブルに臥せった。その様子をエミールはニコニコと眺めている。サミュエルは眼鏡をくいっと持ち上げた。
サミュエルの顔には『財務立て直しの女神にはどの領も感謝しているから』と書いてあったが、シャーロットは気付いていないようだ。
「『リヒター伯爵令嬢はエミール殿下の最愛』と認識されてるもんね」
「今すぐ熨斗をつけてお渡ししたいですわ!」
「ははっ、俺を拒むのはシャロくらいだよ。…俺のこと、嫌い?」
「うっ……」
エミールは小首を傾げてシャーロットを覗き込んだ。なまじ顔がいいだけに、捨てられた子犬のような表情で見つめられると弱い。それをわかってやっているのだから、やはりエミールは油断ならない、と思った。
現在3人がいるのは生徒会室。学院では授業の一環としてブラザー・シスター制度というものがあり、上級生が下級生の指導役となる。しかもこの制度は学院の方針にのっとり、身分関係なくブラザー・シスターに任命される。シャーロットの姉・ヴィクトリアが学生時代に現クライン侯爵がブラザーとなったのが縁で結婚している。このような縁も多いため、授業の一環とはいえ、学生たちはブラザー・シスター制度に前向きに取り組んでいる。
橋渡し役の教師から生徒会室でブラザー・シスターを待つよう言われたので、相手は生徒会役員の人間なのだろうと思っていた。しかもちょうど兄は生徒会の人間だ。兄であれば嬉しいなと思い生徒会室にやってきたら、兄とエミールがいた、というわけだ。
「ところで、エミール殿下とお兄様が一緒にいらっしゃったのは、お二人がブラザー関係だからですか?」
「いいや、違うよ。あぁ、だからといってシャロのブラザーでもないんだ」
「そうなんですね」
兄がブラザーならすごく楽なのに、とシャーロットは落胆した。
「兄弟姉妹はブラザー・シスターには選ばれないからね」
「お兄様、私の心を読みましたね?」
「読まなくてもそのくらいはわかるさ」
「ちなみに俺も生徒会室で待つよう言われているんだ。俺もサミュエルが相手かと思っていたんだけどなぁ」
「学院内でまで殿下の御守は御免被ります」
「ははっ、本当にリヒター兄妹はそろって手厳しいんだから」
そうなると、自分のブラザー・シスターは誰なんだろうか。ほかに生徒会のメンバーなんてわからない、という顔をしていたんだろう。サミュエルが心配そうにシャーロットの顔を見つめている。その横でなぜかエミールまで心配そうな目をしていた。解せぬ。
「振り分けは完全にランダム。相手との相性にもよるが、よほどのことがない限り変更はできない。とはいえ、必ずしもブラザー・シスターがつきっきりで指導をしなくてはいけない、というわけでもない。合わないと思ったらいつでも兄を頼ってくれ」
話をしていると、生徒会室の扉が開き、橋渡し役の教師と見知った顔が3人入ってきた。
「すまない、すっかり待たせてしまいましたね。改めまして、僕はジェイド・フィオーレ。君たち6人のメンバーの統括を担当します」
狐目の教師ジェイド・フィオーレは恭しく礼をした。ジェイドの後ろから、第1王子のファビアン、婚約者のエミリア、ルイーザが顔を出す。
「さて、6人揃ったところで、ブラザーとシスターの紹介をいたしましょうね。エミリアくんとサミュエルくんには先にお伝えしましたがもう一度聞いてくださいますね?」
(ちょっと待って…! この6人つまり3ペアってことでしょ…。上級生はファビアン殿下かルイーザさんじゃない!)
「エミリアさんのブラザー役はサミュエルくん」
「よ、よろしくお願いいたします、サミュエル様」
「お久しぶりです、エミリア嬢。エミール殿下の誕生日パーティ以来ですね。随分と美しくなられましたね」
エミリアの初恋泥棒サミュエルはサラリと誉め言葉を口にした。貴族間で男性が女性を褒めるのは挨拶として当たり前のことではあるが、エミリアはわかりやすく照れていた。その様子を見てファビアンは面白くなさそうに、苦虫を噛んだような顔でエミリアを睨んでいる。自分はルイーザを侍らせているのに、だ。
「続いて、エミールくんのシスターはルイーザさん」
「…よろしくね、ルイーザ嬢」
「わからないことがあれば何でもシスターの私に聞いてくださいね、エミール様っ♡」
エミールの笑顔が作りものだというのをこの場で気づいているのはサミュエルとシャーロットだけかもしれない。そんな社交辞令の笑顔を好意と捉えたのか、ルイーザは猫撫で声でエミールにすり寄った。ファビアンと“仲良く”しているにもかかわらず、この女狐は相変わらずのようだ。
エミールの作り笑顔と対照的に、シャーロットの顔色は一気に曇天模様となった。それもそのはず。
「シャーロットさんのブラザーはファビアンくん。以上3ペアを僕が統括してみていきます。何かお困りごとがあればいつでも僕にお伝えくださいね」
「ふんっ。草ブスが俺様の相手かよ」
「……ファビアン殿下、どうぞよろしくお願いいたします」
「可愛げがないな。俺様によろしくされたいならもっと可愛らしくおねだりしてみせろ!」
(何なのよこの暴君…。まったくよろしくしたくないんだけど…)
なるほど、兄が言っていた『合わないと思ったらいつでも兄を頼ってくれ』というのは、シャーロットの相手がファビアンだと事前に知っていたからなのだろう。エミールも横で心配顔をしていたのはそのせいか。ようやく腑に落ちたシャーロットだが、変えられないものは仕方ない、とどうやってこの生意気な第1王子を扱いやすくするか、に考えをシフトした。
(ファビアンはおそらく、美人顔が苦手。じゃなきゃ、エミリア様のことを『ブス』だなんて言わないわ。シャーロットも美人顔の系統だし。ルイーザさんのような可愛い顔、庇護欲を掻き立てられるような感じがお好きなのね。とはいえ、ルイーザさんみたいに媚売りは断固拒否だわ)
「『可愛らしくおねだり』だなんて、淑女教育でも習いませんでしたからわかりませんわ。ここはブラザーとして、ぜひ『可愛らしくおねだり』の見本を見せてくださいませ、ファビアン殿下」
シャーロットの発言にエミールはこっそりと吹き出した。ファビアンは『そんなことできるか!』と顔を真っ赤にして声を荒げている。ジェイドは『たしかに下級生に示しをつけるのは上級生の務めですねぇ』と天然な発言をしているし、ルイーザは『可愛らしくおねだりをするファビアン様も素敵です!』と謎のフォローを入れていた。カオスな状況の中、オロオロとするエミリアをサミュエルは優しく宥めていた。
転生伯爵令嬢は異世界でを采を振る 香月咲夜 @add_rose
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