第2王子の本音
「やぁ、シャロ。久しいね」
「お久しゅうございます、エミール殿下」
「ねぇ、そろそろ“エミール”って呼んでよ?」
「ご冗談を。一介の伯爵令嬢が殿下を名前呼び出来るわけがありませんわ」
「ゴードウィン男爵令嬢は“勝手に”名前で呼んでたよ」
「私に非常識を求めないでください」
「ははっ、懐かしいな、このやりとり」
少年の面影を残した笑みは7年前と同じだ。
「あの、先ほどは…ありがとうございます」
「…それ、『ありがとう』って思ってる顔かなぁ?」
「……失礼いたしました」
助けてくれたことには感謝している。本来ならば、颯爽と現れた王子様に胸キュンしてしかるべきなのだろう。恋愛小説なら恋が始まる重要なイベントだ。しかし、シャーロットにとっては胸キュンポイントというよりジト目ポイントだった。
「もしかして、余計だった?」
「いえ、そんなことはないのですが…」
「じゃぁ、その顔のワケ、教えてよ」
「…………」
こうも都合よくエミールがあらわれるなんて、やはりシャーロットは、いやエミリアはファビアンの素行の悪さを詳らかにするためのエサになっているのではないか。ファビアンを蹴落とすためにわざわざだエミールが来たのではないだろうか。第1王子に盾突けるのは同じく王族しかいないのだから。
オブラートを厳重に重ね付けして、本音が明け透けにならないようしっかりと梱包して伝えたら、エミールはさらに愉快そうに大笑いを始めた。
「はははっ、君やっぱり面白いね!」
「…………」
「ごめんごめん、そんなに膨れないで。まぁ、確かに兄上の素行調査しているのは本当だけど…エミリア嬢をエサにはしてないよ?」
「なるほど、エサは私ですか」
「いや、それも違うって」
シャーロットのジト目が解除されないまま、エミールは参った、と言わんばかりに両手をあげて、シャーロットの耳元で囁いた。
「俺はシャロが絡まれてたから、助けに入っただけだよ」
「はぁっ?!」
子細を聞こうにも、エミールは手をひらひらと振って「またね」と立ち去って行った。
(俺、ってなに?! 私だからってなに?!)
莉子の記憶を遡ってみても、仕事一筋バリキャリで恋愛経験は学生のときまでで、片手で足りてしまう。そんなおこちゃまな経験則ではエミールに対応する術はなさそうだ。
(7年前までは一刀両断できてたのに、7年間で恋愛強者になったっていうの?! なにそれ王族怖い!)
頭の中では大混乱を起こしているが、マリーの教育の賜物もあって、一切顔には出していない。むしろ微動だにしないので、別の意味で目立ってはいるが…。
「シャロ?」
「っ?! お、父様っ?!」
「どうしたんだい、その…ステッキを飲み込んだように突っ立って?」
「問題しかありませんが、問題ありません」
「問題だらけだよね? お父様に話してごらん?」
父に話そうかとも考えたが、喜んでエミールとの婚約を取り付けそうな気がしたので、シャーロットは笑顔でごまかした。
*
入学を祝うパーティーは在校生も含め参加している。
ファビアンが婚約者のエミリアではなくルイーザをエスコートしているのには、新入生は驚いていたが、在校生はそうではないようだ。きっと今までもエミリアを蔑ろにして、ルイーザをエスコートしていたんだろう。
しかし、あのルイーザという女狐はファビアンだけでなく、複数の男子生徒を誑かしているようだ。ファビアンとルイーザを守るように壁ができており、在校生のご令嬢たちは白けた顔で彼らの輪を見ていた。
「シャロ、あれがこの国の膿だ」
新入生のファーストダンスで踊っているときに、父は静かな口調で呟いた。
「お父様、さすがに不敬では?」
「なぁに、周りの騒音が言葉をかき消すから大丈夫さ。重要な話こそ、こそこそではなく堂々と、ってね。ダンスタイムはこういう秘め事を話すには絶好のチャンスだよ。さて、大法官補佐官殿。あの膿をどう処理するのが一番いい治療法だと思う?」
「その肩書は7年前に返上しましたよ? それに、彼らはまだ、法を犯していません」
「まだ、というところに治療の余地が残っていそうだね」
ファーストダンスが終わったら、次はあらかじめ決められた相手とのダンスだ。
デビュタント用の扇子にダンス予約がされており、令嬢はその予約順に男性とダンスを行うのが習わしだ。
「では、シャロ。良いダンスタイムを」
父が珍しくニコニコした顔を見せたときに気付けばよかった、と後悔した。
7年間領地に引きこもって、社交界デビュー前にお茶会などで仲良くしていたご令嬢もご子息もいなかったことと、面倒事であるエミールが遊学に出ていたことでシャーロットは完全に油断していた。誰に申し込まれようが、どうということはないと思っていた。扇子にまさか、エミールの名が書いてあるとは思わないではないか。
「『またね』って言ったでしょ?」
「こんなに早い再会とは思ってもおりませんでした」
「デビュタントの扇子、事前に見なかったの? 慎重な君らしくないね」
「…エミール殿下が遊学されてから領地で過ごしておりましたから。特に親しい人もおりませんし、誰が相手でも何の問題もないかなって」
「俺にとっては僥倖だ」
「あの、殿下。先ほどから『俺』とおっしゃっていますが…」
「ん? あぁ、君の警戒心を解くには取り繕ったままじゃダメそうだから。さぁ、シャロ。お手をどうぞ」
王子様然とした仕草にほかの令嬢たちは心を奪われる。いや、相手は正真正銘の王子様だった。目立ちたくはないと思いつつも、断る理由も成す術もなく、シャーロットはエミールの手を取るしかなかった。
ダンスはあまり得意とは言えず、父や兄と踊ってもせいぜい及第点のシャーロットにとって、エミールとのダンスは非常に踊りやすく、実力の数倍以上の出来で踊れていることにびっくりしていた。リードがうまいと、これほどまで踊りやすくなるものなのか。まじまじとエミールの顔を見つめていると、エミールは嬉しそうに微笑んだ。
「君がこんなにも熱視線を送ってくれるなんて。ダンスの練習頑張った甲斐があるね」
「不躾に申し訳ありません」
「シャロの空色の瞳を独占できたから構わないさ。さて、『君だから助けた』といったのが気になっているんでしょ? 今なら答えてあげられるよ」
ワルツのステップを踏みながら、エミールは思い出に浸るように語り始めた。
「一番最初に君を見つけたのは、兄上8歳の誕生日パーティーでのこと。侯爵家までの挨拶がすんで、兄上も疲れが出たんだろう。気が付くと王族の席から離れていたんだ」
離れたすきに餌食になってしまったなんて。シャーロットも大概運が悪い。
「兄上を探しまわっているときに、君が兄上に絡まれているのを見つけたんだ。俺と同じ5歳の少女がわがまま放題の王族にも毅然とした態度で立ち向かっている姿に興味を惹かれた。あ、先に謝っておく。ごめんね?」
「何の謝罪ですか」
「あのとき君は兄上に突き飛ばされて池に落ちたでしょ。俺も現場を見ていたのに助けるのが遅くなってしまったし、兄上に謝罪させることすらできなかった」
今謝られても、当時は5歳の子どもだったわけだし、できることとできないことがあって当然だ。
「君に瑕疵を作った補填で兄上との婚約打診があったでしょ? リヒター伯爵が断ってくれたから、というのもあるけど、あのとき俺も一枚かんでるんだよ? 兄上に君はもったいなさ過ぎるし、何より俺が君を渡したくないと思ったんだ。だから2回目に君に会ったとき、俺の8歳の誕生日パーティでは、君を領地に逃がさないよう王宮へと誘ったんだ」
音楽はゆっくりとテンポを落とした。曲の終わりが近いのだろう。ここにきて、エミールのリードが変わる。お手本のような型にはまったものから、まるで御伽噺の主人公たちのような甘い雰囲気に。
「ずっと気付いていたでしょう? 俺はシャロのことをずっと特別に想っていたんだよ」
エミールの甘く優しい声が耳元を擽る。そのままエミールはシャーロットの手を取り唇を落とした。優雅なまでのダンス終了の感謝と挨拶だ。顔を赤らめて口パクしているのはシャーロットだけで、エミールは飄々とした表情で微笑んでいる。
「そういうわけだから、これから学院でもよろしくね、シャロ」
「なっ……?!」
何事もなかったかのようにエミールが立ち去っていくものだから、さっきまでのダンスでの会話は嘘か夢だったんじゃないかと錯覚してしまう。
しかし、早すぎる胸の鼓動と、触れられた手の甲の熱が事実であることを雄弁に語っていた。
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