鬼退治

香久山 ゆみ

鬼退治

 なんで?

 なんでなんでなんで。

 目の前に立ちはだかる奴らの姿に、ただ呆然とするしかなかった。目の前には赤い肌をした鬼の軍勢。そして。どうしてお前たちがそっちにいるんだ、犬、猿、雉よ!

 この数日間、苦楽をともにして、やっとここまで辿り着いたんじゃないか。ようやくこの長い旅のゴールが見えたのだ。こっそり深更に鬼ヶ島に上陸し、奇襲作戦により鬼を制圧する。そのはずだった。なのに、上陸した途端、鬼の軍勢に囲まれた。寝入っているはずなのに。そして、犬、猿、雉は、奴らの方へ進み出た。「待て! 危ないぞ!」引き留める僕の声に振り返りもせず、あいつらは「ご苦労」とかなんとか言われて鬼の軍勢に合流してしまった。なぜだ!

 呆然と立ち尽くす僕に、猿が意地の悪い唇を上げて言った。

「もう、うんざりだったんだ。桃太郎さんよ!」

「なにが!」

 崩れ落ちそうになる足を必死で踏ん張りながら、問い返す。

「吉備団子一つでここまで働かせるなんて、鬼はあんただ!」

 犬がガウガウ大声を張り上げる。なに馬鹿なことを。僕はたった三つしか持っていなかった食糧をすべてきみ達にやったのだ。きみ達が吉備団子を食らっている間、僕は水しか飲まなかった。そもそも。きみ達は食べ物にありつくためだけに僕についてきたのか。そうじゃないだろ。僕たちは、大きな目標のために。鬼退治、人助け、世界平和。そのために、志を同じくして旅に出たのではなかったか。

「そう思ってたのはあんただけさ。あんたは自分の理想ばかりおれ達に押し付けて。自己満足じゃねえか。このナルシスト野郎」

 猿が口角に泡を溜めて言い放つ。

「馬鹿いうな。いつ僕がきみ達に押し付けたのか。不満があるなら、その場で言ってくれればよかったのに。僕たちは仲間なのだから」

 ケケッ。猿のいやらしい笑い声が岩間に響く。

「言わせなかったんじゃないか。あんたが。おれ達は何度もあんたに訴えたよな。少し休もう。食うものがない。足が痛い。熱がある。なのに、あんたはいつも! そんな弱気でどうする、熱がなんだ、気合が足りないからだ、皆が待っているんだからそれくらい我慢しろ。そんな精神論ばかり押し付けて。おれ達のことなんて一ミリも心配しなかった、見向きもしなかった。それのどこが仲間なものか!」

 尻だけでなく目まで赤くして猿が喚き散らす。こいつは駄目だ。怒りに我を忘れて冷静さを欠いている。話にならない。溜め息が出る。やはり、猿なぞ仲間にするんじゃなかった。変に知恵があるから困る。どうせ、こいつが犬と雉を唆したのだろう。そういえば雉は。ずっと押し黙ったままだ。きっと猿に強引に誘われて、あっち側に付いたのだろう。彼女なら、話せば分かるはずだ。

「ねえ、雉……」

「うるさい。そのくさい口を開かないでくれる。気安くあたしを呼ばないで」

 ぴしゃりと言い切る。

「言っとくけどさ、あたしが犬、猿を誘ったのよ。もう桃太郎とはやってけないって」

 呆然と雉を見つめる。雉はこれまで見たこともないような鋭い目をしている。

「あたしはあんたを許せない」

「どうして!」

「昨晩あたしに言ったよね。もうすぐでこの旅も終わるって、故郷へ帰ったあとの夢を熱く語ったわね。持ち帰った財宝でおじいさんおばあさんに楽させてやれる、村人たちも安心して暮らせる、僕もお嫁さんをもらって、子どもを授かって、とかなんとか。その中にあたしたちはいなかった。所詮あたしたちは、あんたの自尊心を満たすための都合のいい駒にすぎなかったってことよね」

「そんなこと……」

「いいえ、そうよ! あんたは桃から生まれた化け物だって、村人から疎まれてた。だからひといちばい承認欲求が強いのよ。なのに鬼退治に行ってこいなんて、体よく村から追い出された。あたしたち、それがかわいそうだと思ってあんたの仲間になった。本当はいい子だもの。友達になろうって。なのにあんたときたら……」

「鬼はお前だ!」

 咽び泣く雉の背を擦りながら、犬が声を上げる。猿は唇を一文字に結んで俯いている。

 ちがう。ちがうちがう。そうじゃない。僕らは皆同じだった、仲間だったじゃないか。確かに僕は村人から嫌われていた。でもそれはお前たちだって同じじゃないか。犬は石を投げつけてきた子どもを噛んで村人から追われる身だし、猿だって畑を荒らして。雉に至っては罪なく狩猟の対象にされている。そんな僕らが村人のために鬼退治することで何か変わると思ったんだ。なのに、どうして。

 ぱんぱん。

 突如鬼が大きく手を打った。

「もういいだろう」

 僕らは皆真っ赤な目をして鬼を見上げる。

「わしらの島でケンカはやめてくれ。ここは争いのない平和な島なのだから。きみらは各々ずっと独りで居たせいかな、意思疎通が足りんようだね。もっと話し合ってごらんなさい。自分の考えだけが正しいと固執するのが、齟齬を来たす原因じゃないかな」

 鬼の意見に、犬、猿、雉はうんうんと頷く。

「こらこら、きみ達もだ。さっきからなんだ。桃太郎くんのことを鬼だ鬼だと。まったく鬼のことをなんだと思っとるんだね。確かに伝説として鬼と人間が反目しあったという言い伝えはある。しかし、ここ数百年間、我らがよその種族を襲ったことなどないし、ここにある財宝もすべて我らが鉱山から掘り出し加工したものだ」

 犬、猿、雉、僕らはしゅんと俯く。そんなはずは。だっておじいさんおばあさんがずっと僕に言い聞かせてきたのだ。

「ここまで旅してきたのだ。きみ達ももう立派な大人だ。しっかりと自分の目で世界を見極めなさい。真実を。まあ、きみ達は二つしか目玉がないから少し時間が掛かるかもしれんが」

 がっはっは。と、三つ目の鬼が笑うと、ほかの鬼も笑って、緊張が解けたように皆ぞろぞろと動き出す。鬼は僕らの背に手を添えて、島の中へ誘導する。ご馳走を用意していると。腹が減ってはいらいらするからなあ。鬼が言うと、すかさず雉が、「そうよ、腹が減っては戦はできぬ、よ」と僕の方を睨みつけて、こらこらと鬼に窘められている。犬はもう「肉だ魚だ」とスキップしながら駆けていく。僕と猿はいちばん後ろで俯いて。僕らは皆ばかだ。今まで友達なんていなくって、だからケンカの仕方だって分からない。不器用で。でも、きみ達は特別なんだ。初めて僕を受け入れてくれた。仲間。僕は、きみ達と友達になりたい。そう上手く伝えるには少し時間が掛かるかもしれない。伝えても上手くいかないかもしれない。でも。

 顔を上げると、前を歩く鬼と目が合い、鬼は僕にウインクした。思わず俯いたけど、なぜだろう。もう独りじゃないんだって、なぜか心の底が温かくてわくわくしている。

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