晋書巻83 東晋後期の名士

袁山松  滬瀆に没す

袁瑰えんかい、字は山甫さんほ陳郡ちんぐん陽夏県ようかけんのひと、つまり謝安しゃあんらと同郷だ。曹魏そうぎ郎中令ろうちゅうれいであった袁渙えんかんのひ孫である。祖父と父はともに夭折した。死亡すると光祿大夫こうろくたいふが追贈され、きょうと諡された。子の袁喬えんきょうが爵位を継いだ。


袁喬の字は彥叔げんしゅく。36 歳で死亡すると、桓温かんおんがその喪失を甚だ傷み、惜しんだ。益州刺史えきしゅうししが追贈され、かんと諡された。子の袁方平えんほうへいが爵位を継いだ。


袁方平もまたひとかどの人物であり、大司馬掾だいしばえん、すなわち桓温の幹部候補として取り立てられた。義興ぎこう琅邪太守ろうやたいしゅを歴任し、死亡。子の袁山松えんさんしょうが爵位を継いだ。


袁山松は幼い頃よりその博識ぶりや文才を知られており、『後漢書ごかんじょ』百篇を著している。また豊かな芸術的感性の持ち主でもあり、特に音楽を得意とした。古楽の一つ『行路難こうろなん』は、その歌詞が非常に簡素なものであったのだが、この曲を特に好んだ袁山松が一度歌い上げれば、その抑制された歌詞こそが却って艶やかさにつながった。袁山松が酔うたびに行路難を歌えば、それを聞いて涙せぬものもいないほどだった。東晋はじめ頃には羊曇ようどんが歌を得意とし、のちに桓伊かんい輓歌ばんかを得意とした。袁山松の『行路難』はこの両名の歌唱に匹敵するものと評され、「三絕」と称された。


この頃、張湛ちょうたんは霊廟の前に松や柏の種をまくのを好んだ。

一方、袁山松はほうぼうに出歩くにあたり、側仕えらに輓歌を歌わせたがった。こうした葬礼にまつわるフリーダムさをあげつらうべく、ちまたでは

「湛 屋下陳屍,

 山松道上行殯。」

  張湛は屋根の下に死体を並べ、

  袁山松は路上でかりもがり。

と言われた。


袁山松はその後顯位を歴任した末、吳郡太守ごぐんたいしゅとなった。しかしこのタイミングで孫恩そんおんの乱が勃発。袁山松は兵を率い滬瀆ことくを守るも敗北、城は陥ち、袁山松は殺された。




袁瑰,字山甫,陳郡陽夏人,魏郎中令渙之曾孫也。祖、父並早卒。卒,追贈光祿大夫,諡曰恭。子喬嗣。

喬字彥叔。卒,年三十六,溫甚悼惜之。追贈益州刺史,諡曰簡。子方平嗣,亦以軌素自立,辟大司馬掾,歷義興、琅邪太守。卒,子山松嗣。

山松少有才名,博學有文章,後漢書百篇。衿情秀遠,善音樂。舊歌有行路難曲,辭頗疏質,山松好之,乃文其辭句,婉其節制,每因酣醉縱歌之。聽者莫不流涕。初羊曇善唱樂,桓伊能輓歌,及山松行路難繼之,時人謂之「三絕」。時張湛好於齋前種松柏,而山松每出遊,好令左右作輓歌,人謂「湛屋下陳屍,山松道上行殯。」

山松歷顯位,為吳郡太守。孫恩作亂,山松守滬瀆,城陷被害。


(晋書83-1)




宋書武帝紀で何の前触れもなく死んだ人です。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054888050025/episodes/1177354054888301234

伝を読むとなかなかに面白そうなんだけど、初登場退場には当時面食らったよなぁ……。




■斠注


著後漢書百篇。

隋書の経籍志では 95 卷と、舊唐書では 102 巻、新唐書では 101 卷+錄 1 卷と記載されているそうです。

『隋經籍志攷證』には「按沈約宋書禮志引山松漢百官志,水經注引山松郡國志,史通書志篇言山松有天文志,通志校讐略言有藝文志,宏簡錄載梁七錄內有後漢書藝文志若干卷,不著名山松。證以通志,當卽袁氏之。黟汪文臺有輯本。」とあるそうです。

『宋書』禮志には袁山松による後漢書の百官志が引かれていたり、『水經注』にも郡國志が引かれ、『史通』書志篇では天文志の存在が、『通志校讐略』では藝文志の存在がそれぞれ示唆されているそうです。『宏簡錄』でも梁の時代に後漢書藝文志が何冊か残っていたそうですが、それが袁山松の手によるものであったかは不明。まぁおそらくは袁山松のものなのではないか、と。清の時代の黟の人、汪文臺が袁山松の書いた文章を輯集し本にまとめているそうです。



城陷被害。

世説新語に袁山松に仕えていた兵のひとり、陳遺ちんいのエピソードがあります。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884883338/episodes/1177354054889311393

まぁ袁山松がただの背景なんですが。

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