謝安2  妬記

後世に編纂されたつよつよ女性たちの伝記集、妬記とき。ここには謝安しゃあんの妻である劉氏りゅうしのエピソードが載っている。せっかくなので紹介しておく。


夫に妾を持つことを許さなかった女性としては隋文帝ずいぶんていの妻、独孤伽羅どっこきゃらが有名であるが、劉氏もその手の女性であった。


謝安は音楽を好み、おそらく歌姫の中にすこぶるお眼鏡にかなった女性がいたのだろう。芸姑のひとりを妾にしようと考えていた。


とは言え、ダイレクトにそんな話を持ち込めば戦争勃発は必至。そこで謝安、姑息にも兄弟姉妹の子たちにこのことを間接的に伝えさせようとした。その内容は以下の通りだ。


「おば上、詩経しきょう關雎かんしょ螽斯しゅうしには妾を厭わぬ徳が歌われておりますね」


劉氏はすぐさまそれが謝安による当てこすりだと気付く。そこでこう切り返す。


「詩経に關雎や螽斯を撰じたのは誰だったかしらね」


甥たちは答える

周公旦しゅうこうたんでございます」


劉氏が言葉を継ぐ。

「周公は男子だからそれらの詩を撰じたのよ。もし周公の婦人が撰じておられたら、採用されるはずもないわ!」




謝太傅劉夫人,不令公有別房。公既深好聲樂,後遂頗欲立妓妾。兄子外生等微達此旨,共問訊劉夫人,因方便稱關雎螽斯有不忌之德。夫人知以諷己,乃問:『誰撰此詩?』答云:『周公。』夫人曰:『周公是男子,相為爾,若使周姥撰詩,當無此也。』


(妬記)




關雎

https://kakuyomu.jp/works/1177354054918856069/episodes/1177354054918859429

螽斯

https://kakuyomu.jp/works/1177354054918856069/episodes/1177354054919031786


どちらでも別に不妬の徳は歌われていない。後世の人間の解釈でしかない。周公旦もいい迷惑である。


しかし謝安さまが素晴らしくヘタレで良いですね! このひとたぶん桓温かんおん前秦ぜんしんより奥方のほうが怖かったでしょ。「アレの怖さを知っている以上、他のものなど……」とか思ってらっしゃりそうです。キュート☆


ちなみに劉氏が妾を許さなかったエピソード、世説新語にも載ってます。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884883338/episodes/1177354054887097690

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