螽斯(子孫繁栄への願い/嫉妬せぬ妃)

螽斯しゅうし 引用16件

子孫繁栄 正妃の徳 不妬 国の繁栄



螽斯羽しゅうしう 詵詵兮せんせんけい

宜爾子孫ぎじしそん 振振兮しんしんけい

 キリギリスが羽を翻し飛ぶ、

 ぶんぶん、ぶんぶん。

 そなたの子孫によろしく。

 増えられよ、増えられよ。


螽斯羽しゅうしう 薨薨兮こうこうけい

宜爾子孫ぎじしそん 繩繩兮じょうじょうけい

 キリギリスが羽を翻し飛ぶ、

 ごうごう、ごうごう。

 そなたの子孫によろしく。

 盛んなれ、盛んなれ。

 

螽斯羽しゅうしう 揖揖兮しゅうしゅうけい

宜爾子孫ぎじしそん 蟄蟄兮ちゅうちゅうけい

 キリギリスが羽を翻し飛ぶ、

 しゅうしゅう、しゅうしゅう。

 そなたの子孫によろしく。

 栄えあれ、栄えあれ。 




○国風 周南 螽斯

キリギリスのなす子が多いことを子孫繁栄にかけ、我々の子孫にも繁栄してもらいたいという気持ちをうたう詩である。ところでキリギリスと書いたが、解釈を見るとイナゴと書かれることも多いようである。中国といえば蝗害に悩まされることも非常に多く、こういったバッタたちの子孫繁栄の様子を無邪気に喜んでいて大丈夫なのかという気もせぬではない。さすがに後世の人間の中には第二句にある「薨薨」の字を見て「おいなんだこの不吉極まりない詩はよ」と思った者もおったのではあるまいか。もっともキリギリスと、イナゴのうち蝗害をもたらす種では外観の艶やかさがまるで違う。その意味ではきちんと別口のものともみなされておったのやもしれぬな。

なおこの詩についての儒家センセーがたの解釈があまりにもウルトラC過ぎてキョトンとしておる。し、嫉妬……?




○儒家センセー のたまわく

「后妃子孫眾多也。言若螽斯不妒忌,則子孫眾多也。」

妃が嫉妬せず、側妾らとともに多くの子をなすのが素晴らしきことである! キリギリスは嫉妬せぬ! 嫉妬せず子をなす! ゆえに子だくさんである! なおこの点について裏付けは取れておらぬ! 想像なのだがきっと間違いない!




■螽斯、子孫繁栄の詩

そのものズバリ「子供がたくさん生まれますように」と語られる。特に荀淑伝に見える皇帝の心掛けるべきこと、的な内容における「配陽施」は「妃に陽の気を施されよ」という意味であり、つまり「たくさん子種をばらまけ」という意味である。とてもストレートで趣深い。


・後漢書30.2 襄楷

 今宮女數千,未聞慶育。宜修德省刑,以廣螽斯之祚。

・後漢書62 荀淑

 一曰通怨曠,和陰陽。二曰省財用,實府藏。三曰脩禮制,綏眉壽。四曰配陽施,祈螽斯。五曰寬役賦,安黎民。此誠國家之弘利,天人之大福也。




■夫人の徳

晋書32 明穆庾皇后

夫坤德尚柔,婦道承姑,崇粢盛之禮,敦螽斯之義。


東晋明帝が即位するにあたり、正妻の庾文君を皇后に立てた。その時の詔勅である。夫人の徳とは穏やかで柔らかく、姑より家の婦人としての道を継承し、百穀豊穣の祈りを盛んとし、子宝に多く恵まれるようにせよ、と命じるものである。この流れで「不妬」を持ち出すのはおかしいので、子だくさん要素のみで述べられておるのであろう。




■オセッセセの心がけを説く

三國志24 高柔

且以育精養神,專靜為寶。如此,則螽斯之徵,可庶而致矣。


魏明帝、曹叡の治世のこと。曹叡の子供が次々と死んでしまい、後継ぎがヤバくなった。この辺りについて高柔が説く中の言葉。精神を充実させ、静かな心を旨とせよ。さすれば子宝にも恵まれるであろう、と語られる。ここで「育精養神,專靜為寶」と言ったメンタリティは漢代の皇帝向けセックス指南書「素女経」にも見える。いわく「心を清め慮を遠らげ、其の衿袍を安定せしめ……女に令し盛んに動かしめ、乃ち往きて之に從うべし。」つまりコーフンしまくってのオセッセセだとなかなか子宝には恵まれづらいよ、とのことである。




■螽斯則百堂……あっ(察し)

・後漢書10.2 順烈梁皇后

 夫陽以博施為德,陰以不專為義,螽斯則百,福之所由興也。


にて「キリギリスの子供たちが百を超す」と語られるのが、そのまま子だくさん祈願の言葉として用いられるようになっておる。以下の通りである。


・晋書9 孝武帝

・晋書27 宋書32 五行

 冬十二月,延賢堂災。螽斯則百堂、客館、驃騎庫皆災。

・晋書102 劉聰

 聰所居螽斯則百堂災,焚其子會稽王衷已下二十有一人。

・宋書29 符瑞下

 元嘉十四年二月,宮內螽斯堂前梨樹連理。


ここで重要なのは劉聡載記である。「二十人余の劉聡の子が焼け死んだ」。つまり、子が沢山いた堂、即ち幼き皇子皇女のための堂である、と見なすことができよう。螽斯則百、つまり「たくさんの子宝に恵まれますように」という願いが伺える。




■皇帝の恩徳よ、どこまでも

晋書22 楽志 中宮所歌

『螽斯』弘慈惠,『樛木』逮幽微。徽音穆清風,高義邈不追。遺榮參日月,百世仰餘暉。


張華がものした皇室称揚の歌。この詩が恵みを与えるとなれば、妃が子をなしてゆくこと、そして「樛木」の示す徳が「幽微」なる者に及ぶ、ともなれば、皇帝夫婦の恩徳が遠く民衆にまで及ぶことを願われた、とするのが良いのやも知れぬ。




■不妬の淵源?

宋書41 孝武文穆王皇后伝

宋世諸主,莫不嚴妒,太宗每疾之。……上乃使人為斅作表讓婚,曰:「……夫螽斯之德,實致克昌;專妒之行,有妨繁衍。」


劉宋の明帝劉昱は、皇帝の娘たちの嫉妬がとにかくひどいという事でほとほと手を焼いていたそうである。あまりにもひどすぎるため虞通之という人に「妒婦記」なる書を作らせ、「夫人の嫉妬がどれほどよろしくないのか」を著述させたそうである。そしてそれとは別に「嫉妬イクナイ」と長々と語る中で螽斯の徳を守れば家門は栄えるが、夫人が嫉妬に狂えば繁栄は妨げられるぞ、と説く。ともなると、この辺りに螽斯中に「不妬」の属性が混じり始めたのやも知れぬ。




■キリギリスがうぞうぞと

魏書99 張寔

初,重華末年,有螽斯蟲集安昌門外,緣壁逆行。都尉常據諫曰:「螽斯是祚小字,今乃逆行,災之大者,願出之。」重華曰:「子孫繁昌之徵,何為災也?吾昨夢祚攝位,方委以周公之事,輔翼世子。」而祚終殺曜靈焉。


前涼の主君張重華が間もなく死のうかと言うとき、キリギリスらが大量発生して通常と逆の動きをなした。これは「斯蟲」を幼名とする張祚が大逆をなす兆しだ、と臣下が注意すると、張重華は「子孫繁栄の証である」と一笑に付したという。その後張祚は張重華の息子を殺害、王位を僭称した。美しきフラグである。




■子孫よ、振るわれよ

「子孫振々」と言う四字熟語と化している雰囲気のある言葉である。譙玄伝では「いったいお前は何を言っているのだ」という感じなのであるが、後漢書に注を付した唐の李賢が、該当句に当詩を踏まえたとあったので、そこに従った。なお「じゃあそれはどう援用されたのだろう」とうっかり「衆多」で検索してしまい、あっそういやそれ「兵がたくさん」みたいな意味でアホみてーに使われてたわ……と蓋をした(なお122例)。


・漢書100.2 敍傳下

 萬石溫溫,幼寤聖君,宜爾子孫,夭夭伸伸,慶社于齊,不言動民。衞、直、周、張,淑慎其身。

・後漢書55 劉勝

 河閒多福,桓、靈承祀。濟北無驕,皇恩寵饒。平原抱痼,三王薨朝。振振子孫,或秀或苗。

・後漢書81 譙玄

 臣聞王者承天,繼宗統極,保業延祚,莫急胤嗣,故易有幹蠱之義,詩詠眾多之福。




毛詩正義

https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%AF%9B%E8%A9%A9%E6%AD%A3%E7%BE%A9/%E5%8D%B7%E4%B8%80#%E3%80%8A%E8%9E%BD%E6%96%AF%E3%80%8B

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る