光の主

 確認するまでもない。付喪つくもであった。

“…どういう事だ⁉”

“クックックッ…持ち主の姿とは嘘っ八よ。あれはわれが魂をこねくり回して作り上げただけのモノ。まさかお前の男にそっくりに作り上げてしまうとはな。しかもその刹那に本物まで現れるとは、…この世のことわりとは不思議なモノよな。ガッハッハッ……”

“そ、そんな⁉”

“こうなっては仕方あるまい。お前が男会いたさに頑張ったお陰で、我がこれまでに喰らった魂は九百九十八。お前と、お前の男を喰らえば、我は付喪神となる。我に喰われれば、今世でも来世でも結ばれる事などないがな。”

“おの、れ…”

 娘の意識が遠のいていき、手から槍がこぼれ落ちた。槍は水の抵抗を受けて、不規則にゆらゆらと池の底へと辿り着き、ざくりと弱々しく刺さった。

“⁉”

“…!”

 その瞬間、付喪が驚いたような感覚と共に、呪縛が唐突に途切れた。娘は少し楽になり、意識がぼんやりと戻ってくる。

“どういう事だ⁉我の身体に何かが⁉”

 付喪の本体、甲冑は池の底で砂に埋もれていた。誰にも見つからない、触れも出来ないはずであった。しかし娘を始めとした、付喪の提案に乗った者達が沈めた千近くの武具が、その重みでとうとう付喪の本体に辿り着いてしまったのだ。

“……”

 娘がその事に気付いた時、娘は付喪に喰われた千近くの魂の執念を感じた。そして同時に、池の底から千近くの魂の怨嗟の叫びを聞いた気がした。その叫びは付喪のみならず、娘にも向けられている気がした。喰われたのではない。喰わせたのだ。

“すまぬ。私が、…私のせいで…”

 今、娘には二つの選択肢があった。池の水面へと向かい男と逃げる道。そして池の底へと向かい付喪に止めを刺す道だ。

“……”

 娘はここに至って、己の罪深さを思い知らされた。とても許されぬ気がした。これは報いだ。自分だけが幸せになる事など…

 娘は一度水面を見上げ、その向こうにいるはずの男を想い、そして池の底へと向かった。

“よせっ!やめるのだっ‼”

 付喪の叫びが頭に響いた。その叫びには娘の魂を鷲掴みにするような不思議な力があった。

“…ぐっ……!”

 その痛みにより娘の動きが止まった。視線だけが池の底に向かう。水中ではっきりとは見えないが、ぼんやりと輝いているように見えるのは、これまでに娘が沈めて来た武具の数々のはずだ。

“やめよっ‼”

 付喪の叫びがまた響き、ごぼりと娘の口から空気が漏れた。薄れゆく意識の中、娘は池の底に、千近くの魂のどす黒い影のような、恨みの姿をはっきりと見た。その者達の中心にぽっかりと穴が空き、ぼんやりと光を放っていた。

“……!”

 娘は意識を振り絞り、池の底へと、そのぼんやりとした光を目掛けて潜っていった。

“すまぬ…みんな、すまぬ……せめて、安らかに、……”

 そして娘の必死に伸ばした手が、そのぼんやりとした光に届いた。自然とあの念仏が頭に浮かんだ。

“オン、バザラ、…タラ、マ、キリク……ソワカ‼”

 その瞬間、付喪の断末魔の響きが、衝撃となって娘にぶつかった。同時に先程のぼんやりとした光を中心に、その光が膨らみ、千近くの魂のどす黒い影を祓い、そして、光は娘をもその中に取り込み、爆発したように輝いた。

 娘の意識は遠のいていった。


 意識を失う、本当に寸前、池の底から、ゆらゆら、ふわらふわりと、尾っぽの着いた無数の白い球が、水面へと昇って行く光景を娘は見た。それは魂の姿に違いなかった。そしてその無数の魂一つ一つに対応するように、掌が、ぽん、ぽん、と無数に現れ始めた。やがて全ての魂と掌の組み合わせが完成すると、ぽん、と娘の前にも掌が現れた。その掌は娘を優しく掴んだ。

“……”

 その瞬間に、一気に身体が楽になるのを娘は感じた。そして魂達と一緒に水面へと昇って行った。

 水面を越えると、池のほとりで四つん這いになり、涙を流してぐしゃぐしゃになった顔で、ぽかんと娘を見つめる、愛しい男の姿があった。男はあまりの事に、時間が止まったようにその表情を変えない。呆然自失の状態であった。

 娘はまだ意識をぼうっとさせながら辺りを見回した。宙に浮いた無数の魂と掌の組み合わせ、そしてその中心に、巨大な仏の姿があった。その仏の顔と池の畔の男の間に、ぽん、と新しい掌が現れる。そしてすうっと男に引き寄せられるように真っ直ぐ向かって行った。しかし男の目の前まで行くと、掌はぴたりと止まる。しばし間があり、娘は何気なく仏の顔を見た。その表情が僅かに微笑んだように娘には見えた。そしてその仏の顔がゆっくりと娘を見た。そしてすうっと娘を掴んだ掌が男の元へと向かって行き、男の隣の地面に娘を優しく降した。男と娘はきょとんとした顔でしばらく見つめ合った後、仏に視線を移した。仏は今度こそはっきりと微笑んだ。

 そして最後に、池の中から灰色の魂がゆっくりと浮かんできた。その魂に、男の前で止まった掌がすうっと近づいて行く。すると掌が近付くにつれ、その魂は白く変貌していった。

 灰色の魂が完全に白い魂になると、男と娘は初めて目の前の光景の全体像を捕らえた。中心に仏の姿、その周りに浮遊する掌と魂。それはとても神々しく、二人は無意識に手を合わせ、口から同じ言葉を漏らした。

「…オンバザラタラマキリクソワカ。」

 その言葉を聞き留めた掌と魂が、風に吹かれて花びらが散華するように不規則に舞い、仏の姿と共にゆっくりと消えていった。

 娘と男は呆けた顔でまた見つめ合い、やがて涙を流し、がっしと抱き合った。


 男と娘は知らないが、仏の名は千手観音。その千の手で多くの魂を救い、延命し、そして男女を結ぶという。

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千の魂にて神を創りて @LaH_SJL

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