武具の魂
「クックックッ…安心せい。そのつもりならば、
「……」
そうは言われても、娘は
「ただそうやって頂ける魂は、それ程多くはない。そこでだ、女よ。この池の
付喪はそこで一旦話を区切った。
「……」
娘は戸惑っていた。
「――」
付喪はそんな娘を眺めながら、しばらく黙っていた。何を考えているのか、娘には見当もつかなかった。しかし娘は何やら心の底を見透かされているような、そんな気がしていた。その時付喪がまた話し出した。
「先刻の行動から察するに、女よ、お前は戦で男を亡くしたのであろう。」
「!」
やはり娘が感じた通り、付喪は娘の心の底を見透かしていた。
「女よ、池の底の
言われて娘は、もう一度池の底に見える武具に目をやった。
「我の提案を受け入れるならば、お前の魂は頂かん。そして武具を沈めたならば、代わりに我は、その武具の魂の持ち主の姿をお前に見せてやろう。お前の男であれば、その魂も頂かん。我が頂けば、その魂は我の一部となるが、頂かなければ、今世では無理でも、来世では一緒になれるやもしれぬぞ。」
「!」
和尚に聞いた事があった。輪廻転生。生き物の魂は、延々と生き死にを繰り返しているのだと。
「それに千の魂を頂いたならば、付喪は付喪神へと昇華するそうだ。そうなれば、我は曲がりなりにも神。今世で一緒にさせてやる事も、もしかしたら……」
「……!」
「どうだ?」
“次郎と来世で⁉いや、もしかしたら今世で!”
娘の心は揺らいだ。しかしこの提案を受け入れるという事は、他人の魂を付喪に喰わせるという事だ。決して人として許される行為ではない。
娘は迷った。しかし結局提案を受け入れた。他人の魂を付喪に喰わせてでも、娘は男と……
やはり付喪は娘の心の底までを、見事に見透かしていた。こうなる事が分かっていて、付喪は娘に提案したのであろう。
娘はそれから、戦場跡で武具を集めては池へと沈め、付喪は代わりに武具の持ち主の姿を見せ、娘の男でなければ娘は武具と魂を切り離し、付喪が魂を頂いた。
そんな関係を、娘は付喪と続けていたのだ。
付喪に喰われた魂は来世へは行かない。輪廻転生から外れ、延々と付喪の一部として過ごすのだ。
娘はいつからか、武具を池に沈める際、男から教わった念仏を唱えるようになった。少しでも罪悪感から逃れられるように、少しでも、喰われた魂が救われるように。
そんなある日の事だった。いつものように武具である槍を池に沈め、戻った槍を手に、娘は槍の持ち主の魂の姿が現れるのを待っていた。
「!」
その姿が現れると、娘は言葉を失った。現れたのは、娘が良く知る顔であったからだ。
「…次郎…」
娘はその名を呼び、その場にぺたんと座り込んだ。どんどんと涙が溢れ出し、槍を持たぬ方の手をわなわなと震わせながら、上半身まで現れたその姿へと伸ばしていった。
感情が溢れてくる。この瞬間を何度も想像し、落胆し、それでも繰り返し、他者の魂を犠牲に、罪悪感を心の奥底へ沈め、そこまでしてでも、やはり諦めきれず、この瞬間を夢見て、信じて、娘は武具を運び、沈め続けてきた。
その結果、今、愛する男の姿が目の前にあった。
「……次郎…!」
もう一度その名を口にした。そして腰を上げて、その姿に
「ぬい!」
後方の森の中から、聞き慣れた自分の名を呼ぶ声がした。
「……?」
娘は動きを止め、ゆっくりと後ろを振り返った。
「…!……?…」
そこにいたのは、先程池から現れた姿に瓜二つの姿であった。
娘は正面に向き直り、池の男の姿を確認し、そしてまた後ろを振り返り、自分の名を呼んだ男の姿を確認し、また正面に向き直り、…
娘は混乱していた。池に男が現れたという事は、男は死んでいる…しかしその死んだはずの男が、背後から自分の名を呼び現れたのだ。
どうなっているのか……?
その時だ。
「ぬい!」
「!」
もう一度名を呼ばれ、娘は背後に現れた男をしっかりと見た。
間違いない。それは娘の愛した、会いたくて会いたくて、何度も夢見た男の姿であった。
男は、生きていたのだ…!
娘は立ち上がり、男に駆け寄ろうとした。
「⁉」
しかしその瞬間、娘は何かに羽交い絞めにされた感覚と共に、池へと引きずり込まれた。
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