ある村の男
娘は戦場跡から、そう遠くはない村に住んでいた。
そして、娘には
しかしある日、その男はとうとう戦に刈り出される事になった。その段になって、娘はようやく男の言っていた事を、現実として受け止められるようになった。
「戻ってくるよね⁉」
唐突な不安と恐怖に、娘は男に
「もちろんだ!必ず生きて帰ってくる。そうしたら一緒になろう。」
男はそれに未来を語る事で、娘を、そして自分自身を、その未来に繋ぎ止めようとした。
そして男は戦場へと向かい、帰って来なかった。代わりに、戦で死んだという報せだけが届いた。遺体も形見もない。ただ死を知らされた。
娘の、…二人の未来は、その瞬間に消えた。
遺体も形見もないから、娘は現実として受け止められなかった。
…現実も、未来も無いと、過去すらも無くなっていく気がした。
男の死の実感もないまま、ただどこまでも闇の底へと沈んでいくようであった。
ふわふわと、地に足の着いていない感覚のまま、しばらくの時が流れた。その時と共に、男の死の実感が徐々に表れてくる。
『死んだ者達が、せめて安らかに眠れるように、念仏でも唱えてやるがええ。』
和尚が男に言ったという言葉を、ふいに思い出した。男が娘に念仏を教え込んでいたのは、この時のためであったのだろうか…
娘は震える手を、ゆっくりと胸の前で合わせるように動かし始めた。同時にそれまで抑え込んでいた感情が首をもたげる。その感情の濃さが、動きと違った方向へと娘の心を突き動かした。
“…嫌……!…二人じゃない未来でいい…!受け止められない現実でいい!…二人で過ごした、…過去だけでいい‼“
娘はすくっと立ち上がると、強い意志を目に宿し、そのまま男が死んだ戦場跡へと駆け出した。
何でも良い。何か形見が欲しかった。過去を、…二人を繋ぎ止める何かを……
しかし戦場跡に着いてみれば、死体は膨大な数があり、肉は腐り始め、判別も出来ない状態だった。
“……――”
娘はただ茫然と、その場に膝をつき、尻をついた。娘の中で、娘を繋ぎ止めていた何かがぷつんと切れたようであった。
気が付けば、娘は過去からも、未来からも、現実からすら切り離されたような、そんなふわふわとした感覚で森を彷徨っていた。そしてやがて池へと行き着いた。
池の淵に座り込み、娘は何の気なしに池を覗き込んでいた。その池の水はとても透き通っており、底まではっきりと見て取る事が出来た。その底には多くの武具が沈んでおり、底である砂地はまばらに見える程度であった。
「……」
ぼんやりと、娘はその池の水を眺めていた。
「…次郎……」
男の名を呼んだ。自分の顔が水面に映っていた。その顔がくしゃくしゃと崩れていく。ぽろぽろと涙が流れ、波紋が向こう岸へと流れていく。
「…ああぁ……あああぁぁ……」
娘は声を上げて泣いていた。
どのくらい泣いていただろうか。
“女よ。何を泣いておる。”
「⁉」
娘は突然響く声に驚き、背後の森を見回した。しかし、そこには誰の姿もない。
「!」
娘は背後に視線を感じ、視線を池へと戻した。するとその池の中心の水面に、鎧武者が立っていた。
「……」
娘は言葉もなかった。鎧武者は、ガシャン、ガシャンと、水面を歩いて近付いてくる。しかし水面には波紋すら立っていない。鎧武者は岸まで来ると、地の上に立った。
娘は隣に立つその鎧武者を、身体を震わせながら凝視した。
「我は、甲冑の付喪だ。」
「つく、も…?」
「人の持ち物には、長年使われる事で、持ち主の魂が宿る。百年もすれば、我のように姿を持つ事が出来る。それが付喪だ。要は、
「!」
妖と聞いて、娘はびくりと全身を震わせた。
「そう怖がるな。我が甲冑は、甲冑の持ち主と共に、とうの昔に池の底へと沈んだわ。こうやって姿を見せる事は出来ても、池以外では物に触れる事も出来ん。」
そう言って付喪は娘にゆっくりと手を伸ばした。娘はまたびくりと全身を震わせたが、付喪は構わず手を伸ばしてくる。そして付喪の手が娘に触れるといったところで、しかし付喪の手は、スッと娘の身体をすり抜けた。
「⁉」
驚きを隠せぬ娘に、付喪は話を続けた。
「とは言え、このままでは折角姿を持ったというのに消えていくだけだ。だから池へ迷い込んだ者を、池の底へと引きずり込み、その魂を頂いて生き延びておる。」
「!」
娘は
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