戦場跡の鎧武者
突然の声に、小僧が驚いて振り返ると、見回りの足軽達が小僧を見ていた。武具は壊れていなければ次の戦に使える。いや、多少壊れていても、下っ端の者は用をなせば使う。その貴重な品を守るため、下っ端が代わる代わる戦場跡を見回っているのだ。盗んでいるのを見つかれば、どんな目にあうかは言うまでもない。だから、小僧は一目散に逃げ出した。
「逃げたぞ!」
「さては武具を盗んでおったな!」
「捕まえろ!」
足軽達は逃げた小僧を追いかけた。だが小僧にとって幸いな事に、そこは森に近かった。森に逃げ込めば隠れられる場所は多い。
「⁉」
しかし小僧は
「⁉」
その揉み合いの中、小僧に馬乗りになった足軽が、小僧の胸を押え付けた瞬間、驚いた表情で小僧を、いや、小僧の胸を見た。そして素っ頓狂な声を上げる。
「お前、女か⁉」
小僧は格好だけ見れば、どこからどう見ても小僧だった。髪も短い
他の足軽達も二人に追いつくと、その顔に
小僧、…いや娘は必死に足掻いたが、馬乗りになられたままでは徒労でしかない。やがて足軽達は右腕に一人、左腕に一人、右足に、左足にと、娘の自由を奪っていった。そして馬乗りになった足軽の両腕が、娘の胸ぐらを掴んだ時だった。
ガシャン、ガシャン…
「⁉」
森の中から一人の鎧武者が現れた。
足軽達は驚き、馬乗りになった足軽も動きを止めた。
鎧を纏うのは間違いなく武士だ。そして自分達足軽は、厳密に言えば武士ではない。戦のために刈り出された農民や、農民と武士の間に位置する身分の者に過ぎない。それだけでも尻込みするというのに、鎧武者は今、両手に一本ずつ抜き身の刀を持っていた。
それでも足軽達は人数で勝っていたため、どうにかその場に踏み止まっていた。いや、これからの娘への行為を諦めきれなかったのかもしれない。
「な、何者だ⁉」
馬乗りになった足軽が、精一杯の虚勢を張って声を上げた。
「……」
鎧武者は黙して語らない。それが一層足軽達の不安と恐怖を煽った。
馬乗りになった足軽は、この場を切り抜けるため、これでもかという程頭を回転させ、そして奇妙な違和感に行き着いた。
戦はとうに終わっている。新しい戦が始まったとも聞いていない。見回りは下っ端の仕事で、武士がするなどと聞いた事がない。しかも目の前の鎧武者は、甲冑だけでなく、兜や面具まで付けているのだ。そこまでしての見回りなどありえない。そこでふと思いついたのだ。馬乗りになった足軽はその考えを口にした。
「貴様、武士ではなかろう?」
「え?」
仲間の一人が、それを聞いて間抜けな声を漏らした。
「その恰好に驚いたが、戦はとうに終わっておる。味方の武士はもうそんな恰好はしておらん。とはいえ敵の武士にしては時が経ち過ぎておる。」
「た、確かにそうだ。敵ならどこか遠くへ逃げたはずだ。」
仲間が納得したように相槌を打つ。
「貴様、この女の盗人仲間であろう?」
言われてみれば、娘が鎧武者を見て驚いた様子がない。娘を助けるため、仲間が盗んだ甲冑を着込んで助けに現れたと考えれば、辻褄が合う気がした。黙っているのも、下手に尻尾を出さないためか、または脅えて声も出ないと考えれば説明がつく。そう考えが至って、足軽達は俄然強気になった。そして馬乗りになった足軽を残して、他の足軽達が鎧武者を囲もうとした、その時であった。
「グアァ――‼」
突然の唸り声が辺りに響き、鎧武者の姿がドクンと一瞬大きくなったように見えた。
「⁉」
一瞬で足軽達の動きが止まった。
「グアアァ――‼」
そしてもう一声唸り声が上がったかと思うと、鎧武者の姿が、ドクン、ドクン、ドクン、と、脈打つように律動し、段階を経て大きくなっていった。
「⁉」
「⁉」
鎧武者はすぐに大人四人分程の高さとなり、足軽達は腰を抜かして、お尻を着いたまま後退りする。
「グアアアァァ――‼」
そして鎧武者がもう一声唸り声を発すると、足軽達はわけの分からぬ叫び声と共に、我先にと逃げ出していった。
最後に馬乗りになった足軽だけが、その場で動けずにいたが、鎧武者がぐっと顔を近付けて睨み付けると、足軽はよろよろと立ち上がり、じりっ、じりっと後退りし、ある瞬間に声も出さずに一目散に走り去って行った。
足軽達の姿が見えなくなると、面白そうに笑う鎧武者の声が聞こえた。
「クックックッ……」
その笑い声を聞きながら、娘は立ち上がり、お尻を
「まだお前を死なせるわけにはいかぬからな。我はまだ、魂を頂かねばならん。我にはお前が必要だ。」
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