第5話 アンショウの仕事
俺らの事務所がある警視庁3階へと戻れば、フロアの一番奥の左手に作られている観察室へとそいつを連れて行き、3部屋あるうちの一室へとそいつを収監する。
人間の施設で言えば取調室のようなものだった。
ここでアンドロイドに記録していることを語らせることもあるし、壊れているものを保管して修理する場としても使用する。
簡単に言えばアンドロイドの滞在場所であり、椅子と机、電源を落とした後に寝かせる台と充電設備がある以外は何もない殺風景な部屋だ。
四方を強固な壁で作られ、その一つの面は制御不能アンドロイドであっても直ぐには壊せない強化ガラスがはまっており、スイッチのオンオフのみでマジックミラーが切り替えられる仕様になっている。
「お前はここから動くな。分かったな。」
「はい。分かりました。」
部屋の中央においてある椅子に座らせ、俺は雨宮を呼びに観察室を出て向かいの事務所へと顔を出す。
「アンドロイド、持って帰ったけど任せていいか?見てただろうから知ってると思うけど、様子がおかしい。暴れはしないはずだぜ。自己分析に狂いがなければな。」
所属人数分の席が用意されており、その一番奥に雨宮は着席していた。
手元は見えないがきっと事務作業に追われていることだろう。
この事務所もほぼ雨宮しか使っておらず、俺らは現場に出ずっぱりのため、形だけの事務所となっている。
代わりに事務仕事は全て雨宮が担っており、ここで俺たちのカメラを通して全員の行動把握と、必要に応じて指示などを出しながら事務作業を片付けている。
暖かい場所で羨ましいと突入前に思ったが、実際代わってここでやれと言われれば気が狂いそうになるほど忙しいはずだ。
俺たちもほぼ出っ放しで休む暇もなく忙しいが、体を動かせている分ストレスは発散出来ているように思う。
「それは別に構わないけど、お前いい加減やめろよ、刑事課に喧嘩売るの。小言言われるのは俺なんだからな。」
「あからさまに嫌そうな顔するからだろ。そもそも相手が悪すぎるわ。」
「だから早く離れろって言ったんだよ。」
「あの状況は無理だろ。そもそも自分のとこの仕事押し付けといて偉そうにすんなって話だろ。挙句に化け物とか言いやがって。見殺しにされても文句言えねぇレベルだぞ。」
「確かに言い方は悪いけど、お前もお前で喧嘩腰だろ。もっと穏便にしてくれ。他部署に顔を出す俺の身にもなれよ。」
「だからお前も言い返せって言ってるだろ。」
「俺は無駄な争いはしたくない。ただでさえ忙しいのにこれ以上仕事増やされて堪るか。」
こいつは昔からこうだった。
俺と雨宮は幼馴染であり、母親同士が友達だったこともあり、赤ん坊の頃からよく遊んでいた。
それから幼稚園も小学校も中学高校大学も、就職先も部署さえも同じ道を歩み続けている。
気持ち悪いほどの腐れ縁であり、こいつのことは嫌というほど知っている。
いつも人を気にかけ自分が我慢すればいいというタイプであり、あんな暴言を吐かれようとも言い返さずに適当に流して切り上げる。
だからこそ上層部もこいつを部長にしたのだろう。
アンショウの前にいた部署でこいつの評判は良かったし、才色兼備で婦警のみならずファンが多かったと聞く。
それに比べて元々警察に所属していた俺と右京、蓮見はそれぞれ所属していた部署で自我を貫き通して厄介者扱いされていた。
協調性がないわけではないが、自分が納得できないことには従えず、意見も文句も面と向かって決着がつくまで物申すタイプであり、アンショウの選考を言い渡された時はお払い箱にされたのかと疑ったぐらいだ。
そんな血の気の多い俺らが理不尽な小言に黙って他部署と交流など出来るはずもなく、雨宮の抜擢は必然だったように思う。
この部署に来てから妬み嫉みが酷いため、優しいこいつは気苦労が絶えないだろう。
「あんま抱え込むなよ。なるべく早く戻るから、逃げ出さないか見張っとくだけでもいいぜ。」
「時間を見て考えるよ。気をつけろよ。」
「おう。」
伝達が終われば事務所を出て直ぐ右手の窓を開け、そこから階下に見えているフラットな屋根に向かって飛び降りる。
着地する瞬間に受身を取って体を一回転させ、そこから1階駐車場へと降り立つ。
俺はここに入る前から趣味でパルクールを習得しており、それを活かしてショートカットとして重宝していた。
ワンフロア丸々アンショウの部署となっている3階には、自分の居場所に応じて下りれるように3箇所場所を用意しており、入所後に全員に基礎を叩き込んで下りれるように教育をした。
俺らはたった7人しか居ない部署なのにも関わらず、仕事量は桁外れに多く、悠長に階段やエレベーターを使って下りるのはあまりにも時間の無駄だと感じ、着地場所を中間地点に設けてもらい、パルクールを応用した。
幸い身体能力の高い奴の集まりであるアンショウのメンバーは直ぐに習得し、全員がこの場所から降りて現場へと向かっている。
ここまでしなければならない職場もどうかと思うが、人が増えない以上出来る限りのことをするほかない。
アイツ等は俺たちを高給取りだからと妬んでいるが、本音を言えば代わってもらえるなら喜んで代わってあげたいぐらい忙しい。
毎日ほぼ寝る時間もなく、あのワンフロア内に設けられた自室に寝泊りを強いられ、帰省どころか帰宅も出来ず、ご飯を食べていても寝ていても緊急要請が入れば何をしていても出動させられる。
年中無休の24時間体勢で俺たちは業務をこなしている。
高給取りであろうが、俺たちには使う時間がなかった。
見合った給料は与えられているのかもしれないが、使いもしない金に何の価値があるのだろうか。
アイツ等のように家に帰ることができ、休みがあり、趣味に打ち込む時間があり、家庭を持って家族と生活を共に出来ている時間のほうがどれだけ価値があるだろう。
そんなに羨ましいのなら1ヶ月、いや1週間でもいい。体験してみればいい。
どれほど忙しいか身に染みて分かるだろう。
そう言おうと、制御不能アンドロイドが怖くて現場に来ないような奴らだ、請け負えるはずがないのだが。
俺はその後も数件、盗難被害のアンドロイドの捜索や犯罪グループの洗い出し、周囲のパトロールも兼ねて広範囲に移動しながら業務をこなしていく。
結局、アンドロイドを雨宮に預けたのが午前10時ごろだったが、俺が帰社したのは22時過ぎだった。
いつもどおりの時間ではあったが、戻れば待ち受けている午前の押収品のことが引っかかり荷が重い。
バイクを止めに駐輪場へ入れば、そこには先ほど帰社したであろう同僚の
「お疲れ。今戻りか?」
「そ。如月も戻り?」
こんな時間に駐輪場に居ても今戻りかを尋ねるのは、これから別件で出る可能性が俺らには大いに有り得るからだった。
参勤交代では間に合わない業務量のため、朝から夜まで出ずっぱりのほぼ皆同じ生活リズムを取っているが、終わり時間は受け持った案件によって変わってくる。
先に戻っている奴も居るだろうし、まだ帰ってきていないものも居るだろう。
「あぁ。戻ったら、午前に押収したアンドロイドが待ち受けてんだけどな。」
「午前って、刑事課に捕獲押し付けられた案件だろ?保護で済んだんだ?」
「保護というより押収だな。あいつの所有物で、娯楽用だった。制御不能にされてなくて、犯罪目的じゃなさそうなのを考慮すると、そいつを買うために不能を作ってたってところだろうな。」
そのような話をして情報共有をしながら蓮見と共に事務所へと戻る。
3階エレベーターホールまで帰ってくれば、部署を入って直ぐに設けている団欒場のロビーのソファーに、先に帰ってきていたらしい向坂と
2人は中学からの友達らしく、向坂がここに応募したのを聞いて好奇心で榊も応募をしたらしい。
短絡的で喜怒哀楽がはっきりしている向坂と違って榊はいまいち何を考えているのか分からないタイプであり、ただいつもニコニコ笑っているのが印象的だが、2人してここに選ばれたのだから似たもの同士なのだろう。
「おかえり。如月、雨宮が呼んでたぜ。」
帰社早々呼び出しとは何事だろう。
あのアンドロイドを聴取する時間でも取れたのだろうか。
それに返事を返しつつ俺は事務所の方へと向かい、蓮見はその二人の話に混ざりにそこに合流していく。
この様子だと、残りの右京と
右京に至っては犯人を連れて行ったっきり戻ってきすらもしなかった。
向坂が写真を撮っていたので必要ないと判断して違う案件に向かったのだろうが、面倒ごとに巻き込まれたのか遅いようだ。
アンドロイド索敵部隊 川崎葵 @tatsua
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