20031229―蛇の足の如く―

 ゼイルガイルリオン迷宮管理会社第三支部は、今日も朝から大忙しだった。迷宮否定主義者からの嫌がらせに加えて、世界最強の迷宮破りと名高い『迷宮狼』からの予告状が届いたからである。ここ二日間で、一番迷宮と二番迷宮がそれぞれコースレコードを記録されて簡単に打ち破られており、残るゼイルガイルリオン第三番迷宮に社運が全て委ねられている。失敗は、許されない。

 テリアハムラフィ罠設計担当は、この一週間自宅に戻っていなかった。経路設計系事務室と、迷宮内で罠を仕掛ける現場、それに罠制作室の三つを往復する日々が続いており、まともな睡眠を取った記憶はない。二日に一度だけシャワーを浴びて、食事は罠の設計をしながら軽食で済ませている。肌はぼろぼろに荒れ、目の下の隈は化粧でも隠し切れないだろうし、そもそも化粧などしている場合ではない。

「テリハムさん」

「……妙な愛称はやめてくれる?」

「ああ、はい、すみません。あの、ルート九の場合に、G-ろ-⑬に何か一つくらい罠張ってもらいたいんですけど、無理ですかね?」

 向かい合わせにしたデスクの向こうから、疲れの感じられない声が聞こえてくる。キルトカルテット順路変更担当だ。彼女の生活は、ここ数日テリアハムラフィ罠設計担当よりも過酷な状況であるはずなのだが、顔色もよく、本人もいたって普段通りで、多少皺のよった服装以外にその壮絶な状況を物語る部分はまるで無かった。テリアハムラフィ罠設計担当は、彼女の正体を知っているので別に不思議には思わないが、他の社員は少し不気味な思いでそれを見ていることだろう。

 ただ、その元気さがとにかく羨ましい。テリアハムラフィ罠設計担当は、順路別に分けられた迷宮の地図と配置された罠リストを突き合わせて、鈍くなった頭で少しの間思案を巡らせた。

「……G-ろ-⑬って、ルート九だとゴール直前?」

「ええと、一五メートルくらい先のワープから直接ゴール前まで行ける感じになってます」

「一五メートル……丁度ゴールを見逃す感じのトラップがいいかしら?」

「致死的なやつでもいいんじゃないでしょうか?」

「さらりと怖いこと言わないで。そもそも『迷宮狼』は大抵の罠を無効化させながら来るから、たぶんどんな罠敷いても無駄だと思うけど……」

 『迷宮狼』に破れなかった迷宮は無い。どんなトラップを敷こうが、どんなに複雑な順路を描こうが、『迷宮狼』は最短経路で財宝を確保しながらゴールまで駆け抜ける。

「床面全部を落とし穴にしちゃえばどうですか?」

「迷宮作成基準法に触れてるって……。あああ、もう、もっとぱっとした罠ってないのかなあ……」

 キルトカルテット順路変更担当が、机の上に乗り上がるようにしながら、こちらの手元の地図を覗き込んだ。

「じゃあ、ここと、ここを落とし穴にして、その下のここにルート変更スイッチを置いておいて、さらにランダムワープに放りこめば、脱出は不可能になるんじゃないですかね?」

「……うーん、その発想は悪くないんだけど、去年似たようなことやって、普通に破られたからねえ……。この吊り天井の退避場所をサイレントワープにして、振り子式棘付き鉄球の通り道と一致させておけば、逃げ道の関係で間違いなく落とし穴には落とせるとは思うけど、その後のルート変更スイッチは避けられちゃうと思う……」

「じゃあ、もういっそ、床面全部をサイレントワープにしちゃえばどうですか?」

「だから、それも迷宮作成基準法に触れるんだってば……」

 真顔でボケたことをのうのうと口走る同僚の顔を苦笑とともに見つめ、テリアハムラフィ罠設計担当は椅子の背もたれに体を預けた。ブラインド越しに差し込む朝日が、徹夜明けの目には痛いくらいに眩しい。

「とりあえず、G-ろ-⑬には、ルート変更スイッチを限界量までばら撒いておく感じでいいんじゃない? ここの落とし穴から落ちてそれを踏んでくれるかもしれないし、ゴールを偽財宝トラップのように偽装しておけば、故意に踏んでくれるかもしれない」

「えー、それじゃあ生温いですよー。それに加えて壁一面から毒針と毒ガスと毒矢が飛び出すくらいじゃないと、倒せないですよ!」

「あんた、もしかしてわざと言ってる……?」

 そもそも、不死種族の発想と人間の考え方では実は根本的に大きな隔たりがある。のんびりした雰囲気に騙されがちだが、キルトカルテット順路変更担当の考え方の大元は、やはり不死種族の血が支えているのだ。

「じゃあ、ルート八のコース設定の時、正解ルートは常に毒矢を放ち続けてるっていうのはどうでしょうか? 迷宮作成基準法に違反しない頻度ぎりぎりで――」

「愛しのマイゼルグラフト警備主任が迷宮内を巡回しなきゃいけないことも考慮にいれておいてね」

「う…………」

 しおしおと、花が萎むようにキルトカルテット順路変更担当が自分の席に戻って行った。

「非常に分かり易いリアクション、どうもありがとう」

 テリアハムラフィ罠設計担当の言葉に、ぐったりと机にうつ伏せたキルトカルテット順路変更担当が、

「ここ一週間、一度も警備主任のお顔を拝見してないんですよ……」

 と、死にそうな声で呟いた。

「そんなに一緒に居たいんなら、警備担当に配置換えしてもらえば良いじゃない。本来ならそっちの方が適任なわけだし」

「それは駄目ですよ、テリハムさん」

「だから、その呼び名やめて」

「上司と部下の関係になったら、恋愛がいかがわしいものみたく見えるじゃないですか」

「……知らないわよ、そんなの。勝手なイメージでしょ……」

 キルトカルテット順路変更担当は、恨めしそうに顔を上げる。

「テリハムさんには微妙な乙女心はわからないんですよ! いいですよねえ、昔から幼馴染の彼氏がいて」

 当てつけのように言うが、元の声が無邪気なものなので、悪意があまり見えてこない。

「……あー、でもそれは、そんなに羨むほどの代物じゃあないかもよ……」

 瞼の上から目を揉んでマッサージしつつ、投げやりにテリアハムラフィ罠設計担当が答える。急激に襲って来つつある眠気。集中力が完全に途切れたらしい。

「えー、いいじゃないですか。ラルフさん強いし、かっこいいし、仕事出来るし」

「……あいつの愛称はまともなんだ……」

「今も彼、見張りの最中なんですか?」

「うん、やっぱり、『迷宮狼』が来るとなると、侵入のタイミングとか一番大切だしね。彼の力は外せないでしょ。『迷宮狼』が侵入した後は、たぶんすぐ休めるんだと思うけど」

「それからは、私達がさらに忙しくなりますしねえ」

 テリアハムラフィ罠設計担当が、深い深い溜息を吐く。迷宮内に侵入した迷宮破りに対して、社員が直接対処することは禁じられている。迷宮破りが法に触れている場合などは警備担当が対処して構わないが、正々堂々と攻略している内は、トラップを仕掛けるか順路変更を行うかの対抗策しかない。準備から働き詰めの二人には、まだまだ休まる暇が無いのである。

「ラルフさんに会えなくて、寂しいですか?」

「まさか。何年一緒にいると思ってんのよ。もう、空気みたいなもんよ。居ても居なくても同じ」

「へえ、そんなものですか。でも、それって――――」

 卓上の無線通信機が、突如大きな音で鳴り響いた。テリアハムラフィ罠設計担当は、起き上がり、咄嗟に時計を確認して時刻を正確に把握し、それから通信機を取った。

「もしもし、こちら経路設計系事務室です、どうぞ」

「こちら見張り班。テリアっすか? 『迷宮狼』の迷宮への侵入、確認したっす、どうぞ」

「了解。侵入位置の座標、お願いします、どうぞ」

「K-は-②、つまり、一四番入り口っす、どうぞ」

「ええと、順路変更担当です。午前六時一七分、一四番入り口からのスタートということで、おそらく現段階の正解ルートはルート七あるいはルート四だと思います、どうぞ」

 キルトカルテット順路変更担当が、自分の無線機から回線に割り込んだ。

「了解っす。アリファルグレキオ総指揮へはこちらから伝達するっす、どうぞ」

「助かるわ。今から直接、迷宮管制局に向かいます、どうぞ」

「テリア、随分疲れてるみたいっすけど、大丈夫っすか?」

「…………」

 突然の労わりの言葉に、テリアハムラフィ罠設計担当は何も言えなくなった。少しの沈黙の後、溜息のような重いぼやきを吐き出す。

「あんまり大丈夫じゃないけど、私がやるしかないでしょ」

「そう気負わない方がいいすよ。『迷宮狼』止められなくても、それは誰の責任でもないすから」

「……ま、それもそうなんだけどね」

「終わったら、結果はどうあれこんな生活から解放されるんすから、どっか打ち上げで飲みにでも行きましょ。いつまででも付き合うっすよ」

「楽しみにしてるわ、じゃね」

 テリアハムラフィ罠設計担当は、素っ気無くそれだけを告げて、無線機を置く。大きく息を吸い込み、それから長く緩く吐き出していく。机に手をついて体を支え、もたもたと立ち上がる。こめかみの辺りを強く押さえて覚醒を促すが、痛みは鈍くそこに残るだけで脳まで届いてはくれなかった。

「やっぱり仲が良いんですねえ、お二人は」

 と、こちらは既に立ち上がり、迷宮管制局に向かうべく扉の方に歩き出しているキルトカルテット順路変更担当。

「そう?」

「そうですよ。空気って、普段はあるのかないのかわかんないですけど、無かったら生きてはいけないですからね。テリハムさんにとって、ラルフさんがそうなんでしょ?」

 にやにやと、キルトカルテット順路変更担当にしては珍しいからかうような笑顔を見て、テリアハムラフィ罠設計担当は、自分の失言を思い知る。

「いや、あのね、キルトカルテット順路変更担当、私は別にそんな意味で言ったんじゃないからね」

「非常に分かり易いリアクションをありがとうございます」

「あ、あのねえ……」

 すっかり醒めてしまった頭で、テリアハムラフィ罠設計担当はキルトカルテット順路変更担当を睨む。キルトカルテット順路変更担当は、逃げるように扉の向こうへと消えてしまった。テリアハムラフィ罠設計担当もそれを追い、部屋を後にする。前を行く小さな背中を追って迷宮管制局までの複雑な道のりを歩きながら、テリアハムラフィ罠設計担当は思わず笑みをこぼした。もう少しだけ、頑張ろう。そしてこれが終わったら、浴びるほど酒を飲もう。前後不覚に陥るまで飲んで、意識を失って次の朝目覚めたら、二日酔いでガンガン痛む頭を抱えながら、久しぶりにラルフリーデス見張り担当と本音で話そう。

 いつか伝えられなかったような気がする、その思いを言葉に込めて。

 かけがえの無い幼馴染の彼に。

――

「ねえ、天城ちゃん」

「何」

「…………」

「だから、何だよ。呼びかけといて黙るなよ、気持ち悪いな」

「いや、前々から訊こうと思ってたんだけどね」

「うん」

「浦上さんっていう親戚いない?」

「……誰?」

「いや、高校まで習ってた古武術的なものの師匠なんだけど」

「そんなのやってたんだ。道理で肝が据わってるわけだ」

「うう、そんな風に言われるの嫌だから今まで黙ってたのに」

「とりあえず、うちの親戚に浦上って苗字は無かったはず」

「そっか」

「何で急にそんなこと言い出したの?」

「似てるから」

「は?」

「どことなく、こう、面差しと言いますか、顔立ちと言いますか、全体的な雰囲気も似てる気がしてね……」

「へえ……世界には三人くらい自分と似た顔の人がいるって言うからなあ。信じてなかったけど」

「うーん、歳取るに連れて天城ちゃんがどんどん師匠に似ていくように見えるんだよね」

「その人、今幾つくらい?」

「私より二〇歳くらい上だったはずだから……四〇過ぎかな。ああ、でも、見た目結構若いよ。昔から、威厳つけるためって理由でわざわざ髭伸ばしてたくらいだし」

「じゃあ、俺も髭伸ばしてみるかな」

「えー、天城ちゃんは似合わないよ」

「だって、俺に似てる舞の師匠は威厳があったんだろ?」

「いや、本人は気付いてないけど、あんまり似合ってなかった」

「それはそれは……」

「小さい頃から道場通ってたんだけど、色々お世話になったなあ。家に帰りたくないって駄々こねたりしたし」

「随分懐いてたんだな」

「当然のように初恋の相手だったし」

「……ふーん」

「おー、妬いてる妬いてる」

「五月蝿いな」

「でも、綺麗な奥さんがいたんだ、師匠には」

「……ふーん」

「おー、安心してる安心してる」

「五月蝿いって」

「国際結婚なの、なんか。初めて見た時、すごいびっくりしちゃった。金髪碧眼のお人形さんみたいな顔した若い女の人が、ぺらぺらの日本語喋ってんの。握手とかしちゃった」

「ミーハーだな」

「いや、なんか、相手から求めてきた。国際交流の一環じゃない?」

「……ふーん」

「でも、ほんとに似てるなあ……天城ちゃんと師匠……」

「俺、そいつのクローンだったりしてな」

「あ、その設定ちょっと面白いね」

「設定、ね……」

「……あのね、天城ちゃん」

「何」

「これだけは言っておくけど、別に私、師匠に似てるからって理由で、天城ちゃんのこと好きになったんじゃないからね」

「……じゃあ何で?」

「……うーん、なんとなく、かな」

「…………」

「怒った?」

「……いや、別に」

「怒ってるでしょ?」

「いいや」

「怒ってるってば」

「いや、本当に怒ってないよ。俺もだもん」

「何が?」

「いや、なんとなく、ってのが」

「…………」

「…………」

「…………」

「……自分も言ったことなんだから怒るなよ」

「別に怒ってないもん!」

――

 小さな村で暮らす一組の夫婦、若い夫が身重の妻に告げる。

「なあ、もしも、お腹の中の子供が女の子だったら」

「女の子だったら?」

「キヨカ、という名前にしないか?」

 妻は、昔から変わらぬ、柔らかく優しい笑顔を夫に向ける。

「良い名前ですね」

――

 この丘に来るのは、初めてのはずだった。こんなにも綺麗な夕陽が拝める場所に以前来ていたら、非常に強い印象が残っているはずだ。そんな記憶は、桂の頭のどこにもありはしなかった。街中から丘を眺めたことはあっても、丘から街を見下ろすこんな体験は、覚えている限り一度も無い。

 なのに。

 夕焼けに染まるオレンジ色の街を眺めて、そして緑の葉をつけ林立する木々に囲まれて、今、桂は懐かしい思いに胸打たれていた。

「綺麗ね」

 腕を絡めてもたれかかってくるシャーリーが、呟くようにそう言った。甘い香りが舞う。

「確かに、綺麗だ」

 煉瓦造りの宿屋が見える。巨大な十字架を屋根の頂点に戴いたあの白い建物は教会だ。自宅は、ここからでは見えないか。路地にはぽつぽつと小さな灯りが燈り始めている。夕闇迫る中、子供達は家路を急ぎ、母親達は夕餉の準備を始めている頃だろう。酒場は開店に向けて動き出し、入れ違いに目の前の雑貨屋がそそくさと店仕舞いをする。昼から夜へ、と、街がシフトする時間帯だ。山間に沈み行く太陽は、明日の朝までしばしの休息を得る。一日の終わり、最後の仕事に、世界を真っ赤に染めてから。

「平和だな、この街は」

 だからどうした、ということもない。極めて当たり前のことだ。桂の記憶にある限り、この街や自分の周りで陰惨な出来事が起こったことなど一度も無い。つまらない日常だった、といえばそれだけなのかもしれないが、それはとても幸福なことだ、と桂は思う。

 自分は、恵まれた人間なのだ。

「そうね……」

 シャーリーは、眼下に広がる夕暮れの街並みに見惚れている。

 間もなく世界に闇の帳が下り、人々はそれに怯えながら、温かい灯りの下に集い、密やかに暮らす。空には数え切れぬ星々が瞬き、人々にほんのわずかな勇気を与えてくれる。

「そういえば、知っているかい? この丘に生えている木は、時期によってとても綺麗な花をつけることがあるらしいよ」

 桂が、視線を転じる。今、その木は青々と茂る葉に覆われ尽くされている。

 シャーリーも、オレンジの街に背を向けて、そちらを見やった。

「知ってる。昔、見に来たもの、皆で」

「皆って、孤児院の?」

「うん。ハイキングでね、ここに来たの。綺麗だったわ。すごいのよ、本当に。真っ白な、雪みたいな花びらが、吹雪みたいに舞い上るの。私子供だったけど、はっきりと憶えてる。はしゃぎ回ったり、空中で花びら掴もうと必死で手を伸ばしてみたり、楽しかった」

「そうか、それは見てみたいなあ」

「桂は、見たことないの?」

 桂は、頷きかけて、しかし、その動きを止める。視線を宙に彷徨わせ、それから、

「たぶん」

 とだけ答えた。風が鳴って、さわさわと木々がざわめく。一枚だけ、その力に耐え切れずに葉が落ちてきた。桂が手を伸ばすと、それは彼をからかうように指のすぐ横をすり抜けて行った。

「たぶんって?」

「ここに来たことはないはずなんだけど、見たことある気もする。よく、わからない」

「……小さい時に来たから、憶えてないんじゃないの?」

「かもしれない」

 懐かしい、そんな気持ちが強く襲ってくる。この場所で何かがあったような、そんな漠然とした思い。楽しいはずなのに悲しくなるような、幻覚の中の回想。

「じゃあ、今度また、花が咲く頃に、ここに来ましょうよ」

 いいことを思いついた、といった風にシャーリーが手を打った。その瞬間からそれは提案ではなく決定なのだと、その笑顔を見た桂にはわかった。

 桂は、苦笑した。

「そうだね。それもいいかもしれない」

「何か不満そうね」

「……いや、ちょっと、センチメンタルに浸りたい年頃でね」

「何それ」

 呆れたように笑い、シャーリーは桂の背を強く叩いた。二三歩オーバーによろけてから、桂は夜闇が迫りつつある空を見上げる。

 今日も、平和な世界がここにある。

 明日も、きっと平和な世界がここにある。

 昨日も、平和な世界がここにあった。

 自分の心のうちなど知らぬ風に、世界は毎日回り続けている。

 愛する人が傍にいて、愛する人の傍にいる。

 昨日も今日も明日も。それは続いて行くだろう。

 これが本当の幸せでなくて、何を幸せと言うのだろうか?

「シャーリー」

「何?」

「好きだ」

「な、何よ、急に改まって」

 少し照れているシャーリーの正面に立ち、向かい合う。一歩の距離を詰めて、力強く抱き締める。温もりを逃さぬように。どこかへ消えてしまわぬように。身じろぎ一つしていなかったシャーリーの両腕が、背中に回される。お互いの存在を、確かめ合う。

 桂は、わけもわからず泣きそうになる。さらに強く抱き締めて、少し身をよじり赤面したシャーリーの耳元で、臆面も無くこんなことを言う。

「もう絶対に、君を放さない」

――




 そしてゴズドラムは、一人の女性の行方を捜し続けている。

 安寧の中で幸せに暮らしていることを信じながら。

 ただ、信じながら。




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罪と罰、そして安寧の羽根 今迫直弥 @hatohatoyama

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