もう見ることのない花 (地底に咲いた花)
帆尊歩
第1話 もう見ることのない花
もう一週間になる。
暑さと疲労はピークだ。
ここには、生きるための物資はある。
ここに逃げ込んだときは、なんて自分はラッキーなんだろうと思った。
突然の核戦争は、国家的な対策もないまま、もちろん国家的な対策が出来ていないのだから、個人的な対策など出来るわけがなく、事は起こり、終わった。
核シェルターを作ろうと言う話はあったが、具体的には作られることはなかった。
今いるこのシェルターは実験的というか、位置付けはショールームだ。
核シェルターとはこういう物、という宣伝の施設だった。
だから。
こんな町中にあり、誰でも見学が出来た。
だから本当に突然ミサイルが飛んできたとき、誰もそれを信じはしなかった。
それは、シェルターにすぐに入れるところにいた人間であってもだ。
だから、この二十人入れるシェルターに五人しかいない。
私と小学生の娘。
大学生の女の子二人組。
二十代位のサラリーマン風の男性、それだけだ。
少なくとも、二十人が暮らせる物資があるところに五人だ。
水や食べ物もかなり余裕がある。
そいう意味では、このシェルターに入れた事は本当にラッキーだった。
ドアは自動的に閉まるようになっていた。
でないとさまざまな理由でドアを閉めることが出来ない。
私たち五人が入ったところで、ドアが閉められた。
定員に達するかどうかは関係がない。
危険が迫っている事を機械が判断したところで、ドアが閉められた。
おそらくこのシェルターの入り口には、数百人の遺体が並んでいる事だろう。
このシェルターにも時間が来て、ドアが閉まるその時になって、危険を知った人たちが我先に来ただろう。
でもそれでは遅かった。
きっとそいう人達はこのシェルターの前で、息絶えていることだろう。
「僕たちどうなるんでしょうね」三日ぶりに男が口を開いた。
「さあね」と私はどうでも良いように答える。
女の子達は何も言わない。
初めのうちは二人して、このシェルターに入れた事を喜んでいた。
ところがスマホで外が絶望的と知って、それからはずっと泣きわめいていた。
別の不幸に打ちのめされたからだ。
それは、このまま死を待つということだ。
日本の人口の九十九パーセントが、死滅した事は確かだ。
おそらくもっと多いだろう、助かったのは何らかの形のシェルターにいた人達だけだ。
地下の深いところにいた人は助かったかもしれないが、食料もないし放射能だって地下に侵入してくる。
スマホに情報を伝える政府直轄の公共放送も、数十人だけで情報発信しているだけだから、いつ途切れるか分からない。
ここだって空気や、食料が無尽蔵にあるわけではない。
いつかは尽きる。
組織だって救助活動が出来る組織はもう無い。
「こんなことなら、あの時死んでいた方がよかった」女子大生の一人が言う。
その友達が、膝を抱えたまま、無言で頷く。
こういうときはイライラが募り、罵声が飛び交う物と思っていたが、いよいよ覚悟を決めなければならなくなると、自暴自棄にもなれず、何も出来なくなるらしい。
「あの時死んでいれば、苦しまずに済んだのに。ここにいるからこそ、食べ物も飲み物もなくなってみんなが、餓死して行くんだ」男がぼそぼそ言う。
「やめてよ」と女子大生が力なく言う。
そうだ、生き残った方が、じわじわと真綿でクビを絞められるように死ぬ。
「パパ、いつになったらここから出られるの」と娘が言う。
小学生の娘もこの状況が、絶望的であることは分かるようで、言ってはみたものの、その回答を求めたりはしない。
人数が少ないことと、絶望的だと言うことで、食料を取り合ったりというようなことは起こらない。
と言うより、いかに苦しまず死ねるか、食べなければより苦しまず死ねるのか、そんな思いが、ここには充満している。
ネットはつながるが、人がいないのか、繋がるのは政府広報だけだ。
だからこそより絶望感が広がる。
娘が折り紙で花を折った。
私にはその花の名前は分からなかった。
「何しているんだい」と私は娘に尋ねた。
「お花を折っているの」
「なぜ」
「もうお花を見ることもないから。今のうちにお花を見ておくため」
イヤそんな事はない。助けが来ればまたお花を、と言いかけて、私は黙る。
それはもう無いだろうなと思う。
そして娘もそれが分かっている。
「パパも折ろうかな。折り方パパにも教えてくれるかい」
「うん」
他に三人が、私と娘をぼんやり見つめている。
「皆さんもどうですか。花の見納めですよ」
みんなそんな事を、と言う目で見ていたが、一時間後女の子の一人が娘に寄ってきた。
「お姉ちゃんにも教えて」
「良いよ」
するとその友達が来る。
最後までそっぽを向いていた男が、最後にやって来て、五人で折り紙で花を折った。
そしてシェルターの中はもう見ることのない花で一杯になった。
もう見ることのない花 (地底に咲いた花) 帆尊歩 @hosonayumu
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