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 ああ、今日も暑いなあ。

 ぎらぎら照りつける太陽を見上げて、ぼくは自転車を停める。


 開店前の右代谷質店はシャッターが下りてて中が見えないけど、それでもやっぱりオシャレ。

 あらためて見ると、物語の舞台みたいな建物だなあって思う。

 ううん。「みたい」じゃなくて、実際に、「物語の舞台」なんだよね。

 質入れするものが「夢」でも、そうじゃなくても。右代谷質店を訪れるお客さんには、それぞれ物語があるんだから。


「おはようございます」

「おう、早いな」


 挨拶しながらスタッフルームに入ると、衝立パーティションの奥から声がした。

 声の持ち主は、案外さん。開店準備が終わって、スタッフルームにもどってきたところみたい。


 タイムカードを機械に入れたぼくは、声がしたほうを見て――。


「……えっ?」


 って、声を上げた。


 Tシャツにズボン姿の案外さんは、今日も変わらず、質屋の副店長っぽくない感じ。

 だけど、今日の案外さんには、普段と違うところがひとつある。

 それは――茶トラ猫が入ったゲージを、持ってること。


「あ、猫アレルギー、持ってねえか?」

「はい……」


 まさかとは思うけど……。「夢」として、猫を質入れしたお客さんがいるの?

 いくら何でも、それはちょっと、だめなんじゃないかな。生きてる猫を質入れするなんて……。


「……あれ?」


 ちょっと待って。

 この茶トラ猫、見覚えあるかも。

 でも、一体どこで見たんだろう。

 ぼくの周りで猫を飼ってる人なんていないのに――。


「……あっ!」


 この子、ぼくがバイト先を探してたときに見た猫じゃない?

 一瞬で駆け抜けていったせいで確信は持てないけど、最近猫を見かけたのは、あのときくらいだから、多分そうだと思う。


「どうした?」

「あの、この猫って野良猫ですか?」

「いや、飼い猫だよ。まあ、店長が保護したっていう昨日の夜までは行方不明だったらしいけどな」

「行方不明……」

「おれも詳しいことは知らねえんだが、隣町の人が飼ってる猫らしいぜ。新しい首輪に替えようとしてたら外でデカイ音がして、びびって逃げちまったとか何とか」


 ってことは、ぼくが見かけた日に逃げちゃったのかな。

 もしそうなら、行方不明だった期間は一週間以上ってことになる。

 飼い主さん、きっと、すごく心配してただろうな。無事に見つかってよかった。


 それにしても……。


「もうすぐ飼い主が引き取りに――どうした?」

「あ、いえ……」


 ぼくが右代谷質店の求人チラシに気づいたのは、猛スピードで駆け抜けていったこの子がチラシを跳ね飛ばしていったから。

 そして、行方不明だったこの子を見つけて保護したのは「勘がよくて色々当ててる」っていう左京さん。

 これって、ただの偶然?

 それとも――。


「……世の中そういうこともあるんだって、思っただけです」

「はあ?」


 首をかしげた案外さんに、ぼくは、そっと微笑む。



 もしかしたら、ただの偶然かもしれない。

 だけど、ぼくは、こう思うんだ。

 勘がいい左京さんには、視えてる、、、、んじゃないかって。


 「将来の夢」を持ってない羽根悠斗ぼくが、右代谷質店で働くうちに、自分だけの「夢」を見つける――その日が。

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ぼくと「夢」の集う場所 眠理葉ねむり @nemuriba_nemuri

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