自分にできることを

1

 ゲームセンターを出ると、オレンジ色の世界は、少しだけ落ち着いた色合いになっていた。


 ちょっと遅くなっちゃったかな……。


 自転車のかごに小さな紙袋を入れて、ぼくは自転車のペダルを漕ぐ。


 あのあと、有瀬さんは無事に「夢」を買いもどして、絵画が入ったショルダーバッグとともに水瀬へ帰っていった。

 「あこがれの人に見いだされたい」って目標はなくなったから、前みたいに絵を描く生活にもどるか、まだ決めてないみたい。

 でも、もし絵を描くとしたら、これからは「絶対に叶えたい恋や夢」としてじゃなくて「友だち」として楽しく付き合っていけたらって、考えてるみたい。

 ぼくも、それがいいんじゃないかなって思う。肩の力を抜いたほうがうまくいくことって、意外と多い気がするんだよね。


 で、そんな有瀬さんの姿を見て、ぼく、思ったんだ。

 たとえ何もできないとしても、自分が何をしたいか、自分で考えて行動しなきゃって。

 だから、ぼくはさっき、ある人にメッセージを送った。

 『三十分後くらいに、ちょっとだけ会える?』って。

 そのあと「大丈夫」って返事が来たから、その人の家に向かってるんだけど……。

 もしかしたら「余計なお世話」になるかもしれないから、正直、緊張してる。


 そんなことを考えてるうちに、目的地が見えてきた。

 たしか、高校に入ってから一回も来てないから、何だか久しぶりな感じ。


「はーい!」


 自転車を停めてインターフォンを押すと、ぼくが会いたい人は、すぐに応答した。

 それから間もなく、その人が玄関先に顔を出す。


「先輩! こんばんは」

「こんばんは。遅い時間にごめんね」

「いえ。ごはんまだですから、大丈夫ですけど……急にどうしたんですか?」


 不思議そうに首をかしげたのは、眼鏡をかけた、赤毛の女の子。


 そう、ぼくがメッセージを送ったのは、西木さん。

 伝えたいことがあったから、夕飯直前の時間だけど、会ってもらうことにしたんだ。


「えっと、これ……」

「わたしに?」


 緊張しながら紙袋を差し出したぼくに、西木さん、レンズの奥で目を丸くする。

 そのあと、少し不安そうな顔で、こうたずねた。


「……もしかして、今日って、何か特別な日でした?」


 まあ、普通、そう思うよね。

 ぼくたちの年頃だと、誕生日や記念日以外に贈りものをすることって、あんまりないから。


「そういうわけじゃないけど……。あ、開けて、みて」

「そうですか?」


 少し上擦った声のぼくにうながされて、西木さんは紙袋を受け取る。

 それから、袋の中をのぞいて――。


「フェリクス!」


 って、おどろいた声を上げた。


 西木さんが取り出したのは、キャラクターのぬいぐるみ。

 そう、さっきゲームセンターで取ったばかりの、クレーンゲームの景品。

 でも、ただの景品じゃないよ。

 このぬいぐるみの名前は、フェリクス・ブラウアフォーゲル。

 ぼくと西木さんが話すきっかけになった《沈黙の女神》に登場する、ぼくたち共通のお気に入りキャラクターなんだ。


「フェリクス、もらってもいいんですか?」

「うん、よかったら。……まだ取ってないよね?」

「はい! 明日、バイトに行くついでに挑戦しようと思ってたので……」


 それならよかった。確認しなかったから、すでに持ってたらどうしようって思ってたんだよね。


「すごくうれしいです! ありがとうございます」


 西木さん、フェリクスぬいぐるみを見つめながら、顔を輝かせる。


「でも、先輩、クレーンゲーム得意だったんですか?」

「ううん。そんなことないよ」


 「フェリクスが欲しいのにクレーンゲームが下手で取れるか分からない」って言ってた西木さんと同じく、ぼくも全然得意じゃない。

 実際、ふたつ取るために、かなりのお金を使っちゃった。

 いくらかっていうと――バイト代が入っても、しばらく節約生活しなくちゃいけないくらい。


「じゃあ、どうして?」

「その……西木さんに、プレゼント、したかったんだ」


 ところどころ言葉をつっかえさせながら、ぼくは言う。


「ぼくには何もできないけど……それでも、主人公の夢を応援し続けたフェリクスみたいに西木さんの夢を応援してるって……伝えたかったから」


 それが、フェリクスぬいぐるみをプレゼントした理由。

 ゲームの序盤で仲間になるフェリクスは、叶いそうにない「夢」を抱いた主人公を、ずっと支え続けた。

 「あきらめるのは、いつでもできる」――。

 それがフェリクスの口癖で、その言葉に、主人公は何度もはげまされてきた。

 だからこそ、一プレイヤーであるぼくも、西木さんも、フェリクスが大好きなんだ。


「まあ、ぼく、こんなのだし……フェリクスみたいに『頼れるお兄さん』って感じじゃないけどね」

「そんなことないです」


 西木さんは首を横に振る。

 泣きそうになるのをこらえてるような、そんな表情。

 でも、あのときとは全然雰囲気が違ってて、何だか、うれしそうだった。


「ありがとうございます。……大事にしますね」

「……うん」


 ちょっと気はずかしいけど、ぼくの気持ちが西木さんに伝わったなら、よかった。

 そのまま挨拶して帰ろうとしたら、西木さんに引き留められた。


「あの……わたしが小説家になりたいって思った、きっかけなんですけど……」

「うん」

「……だれかに、恩返ししたいと思ったからなんです」


 えっ、恩返し?


「ほら、わたしと先輩がなかよくなれたのって、アルカナのおかげでしょう? だから……」


 アルカナ・クロウのように、だれかとだれかをつなぐ機会を、自分の手で作りたい。

 たとえそれが無理だったとしても、うまくいかないこともある日々を、ほんの少しでも楽しく過ごしてほしい――。


「そう思ったから……小説を書いて、投稿サイトに載せはじめたんです」

「……そっか」


 ぼくはうなずいた。


「きっと、西木さんならできるよ」


 今回の書籍化は、うまくいかなかったけど……。

 それでもきっと、西木さんの「夢」は、いつか必ず叶うと思う。


 だって――西木さんの小説を楽しみにしてる人たちは、すでにいるんだから。

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