3話

「ヒーロー?貴方が?」


奏多は一度、恩田をヒーローと言った。

しかしそれは外見のことであって、決して人間性や華やかさといった面ではヒーローだとはかすりもしていなかった。


「まあ便宜上というか、あえて分類するのであればという但し書きが付くのだがな」


「便宜上…」


分類に苦労するとはいえ、常人には到底の真似できない戦闘行為をしていたらヒーローとも言えなくもないのか…

いや、目的無く力を振るっていればそれは英雄ヒーローではなく奇人怪人のたぐいだ、決して他人から尊敬されるような行為ではない。


恩田は自らをヒーローと言った、であれば強大な力の先には崇高な目的があるのだろうか。


「恩田さんは先ほど仕事終わりにエナジードリンクを飲むと仰っていましたね」


「ああ、この一杯がなによりの至福だ」


「では恩田さんのヒーローもどきの活動は仕事なのですか?」


「ヒーローもどきとは…言い方に棘を感じるが概ねその通りだ、誰だって好き好んで得体のしれない奴らとドンパチしたくないだろうな…まあ、それなりの給料をもらっていれば別だろうがな」


恩田は再びがははと豪快に笑う。

酒が入っているようには見えないが、まるで酔っ払いのように見えた。

おそらく底抜けに明るい性格なのだろう、奏多はそう思うことにした。


「藤井君、この世界は君が思っている以上に複雑なんだ」


どこかで聞いたセリフ、大人が子供をなだめるときに使用する常套句にも似た主語の大きな言葉。

20歳を過ぎて今更響く感性も無いが、この時ばかりはまじめに耳を傾けようと続きの言葉を待った。


「この世には想像もできないような悪もいれば、地べたに這い蹲ってでも世界を救おうとする正義もいる、私は絶対的な正義だとは思っていないし今日の活躍が日の目を見ることなどないだろう、それでも…少しでも安心して暮らせるように我々は体を張るんだよ」


「なんだか良い事言おうとして肝心なことは秘密にしている感が残念ですね」


「言うなぁ君!」


再びがはがはと笑う。

まるで接待をしているような気分になったが、そんな経験のない奏多は勘違いだろうと思うことにした。


「まぁ、私の権限で一般人の君に教えられる事は悪と正義は昔から戦っているということかな」


「昔から?ならなぜ世間は知らないのですか?」


「それは部外者の君には教えられない、教えたところで忘れてしまうからな」


「忘れる?」


「君はこの戦闘が終わったら我が社の科学班によって記憶処理をされる、今日の夜のことはサッパリ覚えていないだろう」


「そんなっ…!」


記憶処理と聞く限り、他人の記憶を操作する技術なのだろう。

そんな話は聞いたことはないし安全な技術とも限らない。

得体のしれない嫌悪感が全身を支配した。


「…戦闘が?」


「そうだ!失礼するよ!」


恩田は奏多の襟を強引に持ち上げて後ろの草むらへぶん投げた。

いきなりの行動で受け身も取れず、思い切り背中を強打する奏多。

肺の空気が一気に押し出され、呼吸が苦しい。

後頭部を地面に打ち、頭がくらくらとしていた。


「な、なにが」


言葉にできたのはそこまでで、現在の状況に追いつけないでいた。


揺れる視界には先ほどまで倒れていた女が大きな鎌をもって恩田に襲い掛かっている光景が映っていた。


…倒したのではなかったのか。


そんな気持ちが湧いて出てきた。

状況を見るに、女の方も重症だったはずだ。

しかしそんな怪我による動きの衰えは全く見せず、超人的な速度で恩田へ迫っていた。


「藤井君は逃げろ!ここは危険だ!」


恩田が叫ぶ、いつの間にかフルフェイスの仮面を取り付けていたようだ。

そして両手には鈍く輝く銀色のガントレットが装着されていた。


奏多は女を警戒しながら音を立てないよう慎重に後退りした。


暗闇に乗じた女の武器が奏多の視界には全く映らない、恩田が何を見て防いでいるのかすら確認できないほどの速さだった。

奏多が確認できるのは武器同士の接触で飛び散った火花のみ、その小さな明かりがかろうじて恩田と奏多の距離を教えてくれていた。


「痛っ…!」


不意に何かが頬を掠めた。

鋭い痛みの後に熱感が襲う。

つうっと血が滴り落ちるのを感じた。


視線を感じる、何気なく顔を向けた方向には女が立っていた。

うっすらと街灯の電気に照らされた顔は無表情で、無機質な印象だった。

幼くともとれるほどの容姿で世間では美少女と呼ばれるほどの美貌を見た、瞳は恐ろしいほどに澄み切っていて爛々と輝いていた。


なぜ華奢で幼い容姿の美少女が恩田のような筋肉ダルマを圧倒できるのだろうか。


そして容姿に見惚れていたせいで反応に遅れてしまった、ゆっくりと張り上げられた凶刃がまさに眼前に迫っていた。



目の前が真っ白になる。

月光の反射か、街灯の光か。

調光機能が失われ、極限まで開かれた瞳孔が体感時間を引き伸ばす。



…ぁあ、死んだな。


短い人生だった。

悔いの残る一生……だったか?

なんだかんだで好き勝手に生きてきた気がする。

こうと決めた事に勝手に突っ走って、友人達の忠告も聞かず結果に後悔する。

悔いの残る結果ばかりな気がするけど、行動に後悔は無いような……?


彼女も欲しかったけど今は特段欲しいとも思えないし…。


…ってかいつ死ぬの?


頬の熱感をヒリヒリと感じながらゆっくりと目を開けた。

防衛本能が働いたのか、知らぬ間に右手が頭上まで挙げられている。


そして右手には何かが握られていた。


「……なんだこれ?」


いつの間にか女は遠くに離れているし、恩田さんは走って来ている…走って……。


遅いなぁ。


まるでスロー再生を見ているようだ。

恩田さんは右手をこっちに伸ばしながら走っているようだ、野太い声で「ゔぉぉおぉぉおぉ」と叫び声が聞こえる。

走馬灯?にしては面白すぎる、こんな記憶ないぞ。


何が起こっているのだろうか…。

変わった事と言えばグッと握られた拳が光っているくらいだけど…。


光ってる?

なんで……?


グッと握られた拳の中には何かが握られていた。

開かれた手の中には土と草、そして見慣れない金属片が煌々こうこうと光っている。


原因はこれか…。


恐らく原因だと思われる金属片をじっと見つめる、左指で突くとピカピカと点滅した。


衝撃を与えると手のひらの上でプルプルと震えだした。


…なんか可愛い。


ひたすら指で突く。

プルプルプル



数回繰り返すと点滅の感覚が短くなり、急にヒビが割れて崩壊した。


パキンと音がした瞬間、世界が広がった。


視界が開け夜の暗さを感じ取った。

静かに思えた世界から急に環境音が鼓膜を叩く、風の音、虫の声、遠くから響く車の移動音。

今まで没頭していた世界から引きずり出されたような気持ちだった。


視界の端から恩田さんが駆け寄ってくる。


「藤田くん!平気か!」


肩を思い切り揺さぶられて視界がガクガクと揺れる。


「だ、大丈夫です!大丈夫ですから!ちょっと離してください…それより何が何だか…」


「藤田くんが急に光出したのだ」


その言い方はどうかと思うが…知っている、俺は光っていた。


「藤田くん…君は、持っていたのか?」


「え?何をですか?」


「デバイスだよ、君もヒーローだったのか…?」


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悪と正義と変身デバイス くるくるくるり @cycle_cycle

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