2話


「夢…夢かぁ~…」


 いくら考えても答えの出ない問に頭を抱える。

 将来のことをいくら考えてもピンと来ないのだ。

 俺は本当に就職したいのか?

 そもそも働きたくないのでは?

 もういっそのこと無職でも…


 奏多が将来について諦めかけた時、公園の広場から人が争うような騒がしい音が聞こえてきた。


「なんだ?」


 暗闇に目を凝らすが全くわからない。

 酔っ払い同士の喧嘩か?

 警察に通報するべきか?

 アルコールで鈍った脳みそを無理やり回転させて状況整理を行おうとする。


 争っているのはおそらく2人だろう。

 土の擦れる音、何かが転がる音がする。


 少し怖いけど近づいてみようかな…


 ベンチからゆっくりと立ち上がり、忍び歩きで音のする方へ歩く。

 開けた広場には二人の人影があった。

 やはり戦っているようで、お互いに何か武器のようなものをぶつけあっている、激しくぶつけられた金属からは火花が飛び散って見えた。


「男と・・・女?」


 奏多よりも大柄の人影、おそらく男なのだろう。

 もう一人は小柄で線が細い。女性特有の流線形なフォルムを見て取れた。


「撮影かなにかか?こんな夜中に?」


 だとしたらカメラや照明はどこだ?

 監督らしき人影も見えない。

 周囲には奏多以外見知らぬ男女の戦闘を見ているものは居なかった。


 戦闘は徐々に激しくなっていた。

 女性と思われる人影は自身の身長を優に超える鎌を携えている。

 遠くから見ても圧倒的な質量を感じるほどの鉄を流麗に振り回し、舞のように振るわれる鎌は猟奇的で美しい。

 男の方は武器は持たず、どうやらこぶし一つで立ち回っているようだ。

 豪快で大ざっばに見える立ち振る舞いは力その物を体現しているかのようで恐れを感じた。


 格闘技経験のない奏多でもこの戦闘が常軌を逸しているものが理解できる。


「なんかすごいものを見てるな…夢か?」


 戦闘に見とれているとお互いが吹き飛ばされた。


「あ…ふっとんだ」


 ゴロゴロと転がった後、ピクリとも動かなくなった2人。

 左側には大柄の男、右には女の影があった。


「えぇ・・・これ、どうすればいいの?」


 混乱する思考を隅に追いやって今しなければならないことを考えた。

 奏多は左側に転がっている男に声をかけた。


「あの~、大丈夫ですか?」


 恐る恐る声をかける。

 もし動かなかったら公園の電話ボックスで救急車を呼ばなければ…


「うぅ…」


 大男はもぞもぞと動き出した。

 どうやら鎧のようなものを着ているようで、身じろぎするたびに金属の擦れる音が聞こえてくる。


「だ・・・だれだ?」


 満身創痍で返答した大男、フルフェイスの仮面を被っているせいで表情が分からないが苦しそうな声から相当な痛みを感じていることが想像できた。


「あの…なんて言うか、撮影?とかじゃないですよね?」


「うっ…くそっ!こんなところに一般人が…」


 一般人と言われたて少しむっとしたが、怪我人を放っておくこともできなかった。

 男のつぶやきを無視して話しかける。


「大丈夫ですか?警察とか…救急車呼びましょうか?」


「いや、平気だ」


 大男はスクッと何事もなかったかのように立ち上がった。

 鎧に見える鉄鋼とスーツはボロボロだが、足取りはしっかりとしていた。


「ほ、本当に大丈夫ですか?」


「委細ない」


 いやあるだろう。

 どう見たって重症だ。

 鎧のように見えるスーツから血が滴り落ちているのが分かる。

 何かしなければ瀕死であるが、奏多は警察や救急車の呼び出しも断られてしまった。

 もうやることがない。


「できれば、椅子に座って休みませんか?」


 奏多の足りない頭で考えた精一杯の提案だった。


「うむ、委細ない」


 どっちだ?


 奏多は混乱する思考を隅に追いやり、鎧の男をベンチまで誘導する。


 よっこらせとおじさん臭い声をあげながら椅子に座る大男。

 その横に控えていた奏多は街灯の明かりに照らされた彼の全貌をはっきりと見た。


「ヒーロー…?」


 大男の鎧のような恰好は奏多が幼少の頃より憧れていたヒーローの姿にそっくりだった。

 細かな部分ではかなりの違いがあるのだろうが、昔の曖昧な記憶と現在の衝撃的な出来事が相まって細かな差異は気が付かなかった。簡単に言えば混乱していたのだ。



「ははっ!ヒーローか…そんな肩書で戦っていたこともあったな」


 男はなにか懐かし気な風を出していた。

 どこか遠いくにある憧れの風景を見ているような、そんな雰囲気に当てられた奏多は少し離れたくなった。


「あの…もしよければ水とか買ってきましょうか?大怪我してるみたいですし、そんな余裕なさそうですけど」


「お気遣いどうも、ありがたい…できれば三ツ矢系の炭酸が良いのだが頼めるだろうか、それと季節系の限定味が出ていたらそれも頼む…あと仕事帰りにエナジードリンクを飲むのが習慣でな、3本買ってきてもらえるだろうか」


 注文が多い!


 安い水くらい出しておこうかと提案したつもりが千円程度の出費を頼まれてしまった。

 大男はその体格に似あうほど大きな態度だと思った。

 自分から提案したことを取り下げるのは良くないと思った奏多は心の中で毒を吐きながら自販機へ向かう。


「えっと…ふつうのサイダーと季節限定の…今は桜風味か。あとエナドリ3本…どんだけ飲むんだよ」


 計5本のドリンクを両手いっぱいに抱えてベンチに戻った。


「おお!青年、ありがたいありがたい」


 大男は奏多から飲み物をふんだくる様にぶんどってごきゅごきゅと飲み始めた。

 仮面の下は普通の、どこにでも居るようなおじさんの顔だった。

 おそらく40台半ば程度、首筋に走る筋肉は相当な鍛え方をしているのだと物語っていた。


「いえ…それより平気なんですか?」


 何が、とは言うまでもないだろう。

 そこでハッと思い出した、そういえば女性の姿もあったなと。

 奏多は女性が倒れていた場所を見ると未だに地に伏せている姿があった。


 近づこうとすると大男にガッと腕を掴まれる。


「アレに近づいてはダメだ」


 何故だ、と問いかけたい気持ちがあったが大男の射るような眼差しと、恐怖や畏怖と言う感情とは似ている様で異なるような複雑な表情を読み取ってしまった。

 何か良くないことが起こると本能で察しているかのような勢いがあった。


「アレは放っておけばそのうち消える、それよりも青年!名は何という?」


 消える…

 人が消えるとは…?

 奏多は飛び出しそうになる好奇心を必死に抑えて大男の質問に集中した。


「藤井 奏多かなたです、その…貴方は?」


「私は恩田おんだ 恭二郎きょうじろうだ。藤井君は見たところ学生かな?」


「はい大学生です」


「ここら辺にある大学と言えば…あそこか?国立の」


「そうですそこの文学部です」


「頭いいなぁ君!おじさんも昔はそこに行こうと思ったけど落ちちゃってねぇ」


 がははと豪快に笑う恩田、過去の受験失敗談を笑い話として持ち出されても反応に困ってしまう。

 面倒な話を続けないために奏多は話題の切り替えを行うことにした。


「ところで、恩田さんはここで何をしてたんですか?」


「ああ、そうだね…そうだったね」


 恩田は奏多の質問に困惑と諦めの表情を出しながら言い淀んでいた。


「先ほど私に言ってくれた言葉だが…君は『ヒーロー』って知っているよね?」


「はい」


「では君にとってのヒーローってどんなものだい?」


「それは…」


 突然の質問に考える、奏多の持つヒーロー像。

 幼少の頃より憧れたかっこよくていつも正しい英雄を。


「悪を討ち、人を助ける正義の味方…でしょうか」


 恩田はうんうんと満足そうな顔でうなずいていた。


「では簡単だ、あそこに倒れている女がいるだろう?あれが悪だ」


 恩田はピクリとも動かない女を指さして答える。

 その顔には冗談や嘲笑等の彼女を陥れようとする感情は微塵もなかった。




「そして…私が『ヒーロー』だ」





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